メディアグランプリ

「秋葉原書泉ブックタワー」は不思議な町につながっていました。ウソじゃありません!


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:あさみ(ライティング・ゼミ書塾)

 
 
どうしようどうしようどうしよう。
行きたい。でもやっぱり無理。行きたい。でもやっぱり無理。
 
わたしは、かれこれ1週間、カレンダーの前で押し問答をしていました。
 
長崎に住んでいる村山早紀先生が、最新刊「百貨の魔法」の発売に合わせ、東京でサイン会をやるらしい。
村山先生は、わたしが小学生の頃から今まで、ずっと大好きな作家さん。
近著の「桜風堂ものがたり」は2017年度の本屋大賞で5位にランクインしている売れっ子の作家さんです。
村山先生に、会いたい会いたい会いたい。とにかくわたしは、そのサイン会の情報を知ってから、毎日のようにそう思っていました。
 
“じゃあ、行けばいいじゃない?”
 
ううん、それが、そう簡単にいかないのは、1歳の娘をどうするか問題があったから。
会場は秋葉原。
都心だし、電車で1時間は少し遠い。
それに、今回のサイン会は大人向けのイベント。迷惑をかけるかもしれない赤ちゃん連れはルール違反だと思ったのです。
夫が仕事の日だったので、預けることもできそうになく、わたしはやっぱり諦めることにしました。
 
だけど、行けないとなると、よけいに行きたくなるのはなぜでしょうか?
サイン会の整理券の数には限りがあります。村山先生には以前お会いしたことがあるのだし、そんなわたしがサイン会に行くよりも初めての方に行ってもらったほうがいいだろうし……。
何度そう言い聞かせてもダメ。
カレンダーの前を右往左往するのにも限界が来て、わたしはえいや! と開催場所の書店「書泉ブックタワー」に電話をして、子連れでもサイン会に参加できるか聞いてみました。
 
書店さんの返事は拍子抜けするほどあっさりしていました。
「大丈夫ですよ。えっと、ベビーカーですか? 当日はお預かりしますね」
 
電話を切った後に、嬉しくて、部屋で一人でスキップをしました。
 
サイン会の前日はドキドキしながら寝たからか、村山先生の夢を見ました。
サイン会の準備で忙しそうな村山先生の仕事場におしかける夢でした。夢の中で先生は笑顔で「なんだ、あさみちゃんじゃない! 来たの!」と言ってくれました。
 
当日は、雨で子連れで長距離移動という超バッドコンディション。
ベビーカーを諦め、抱っこ紐ででかけると、予想以上に傘と荷物と娘が重くて……。
わたしは、電車のすみで小さくなるのに必死でした。
 
あんな都会に子どもと行くのははじめてでした。
都会には人が多いだけ、いろいろな事情の人がいます。絶対に迷惑をかけないようにしなければと思っていました。
世の中のほとんどの人は優しく、いつも大荷物のわたしを助けてくださるのですが、怖い思いをしたことも何度かはあります。頭の片隅に「中には子どもにイライラしてしまう人もいる」と思って行動しようと気を張っていました。
それは、娘を守ることにもなると思うので。
 
書店に早めについて、サインをしてもらう村山先生の新刊を受け取ります。
時間までまだあと1時間。
動きたい盛りの娘はずっと抱っこ紐の中にいれられて、動きたくてうずうず。かといってまだ歩けないので下すこともできません。
秋葉原周辺で子どもを解き放てるキッズスペースがある場所を調べておけばよかった。スマホで調べても見つからず、ウロウロした結果、ヨドバシのフードコートで二人でお茶をしました。娘はここでもイスに固定されて、ハイハイがしたくてバタバタしていました。
 
指定された時間になり、荷物が重いので本とパスモとスマホ以外をロッカーに入れ、急いで書店に戻ります。
会場に案内されると、そこには、たくさんの方が椅子に座って順番を待っていました。
奥のつい立ての向こうから、サインをしながら読者さんと話をする村山先生の優しい声が聞こえます。
思った以上に静かな場所で、わたしは慌てて嬉しさを引っ込め、気を引き締めなおしました。“どうか娘よあともう少し静かにしていておくれ。あとでせんべいでもバナナでもパンでもあげるから。”祈るような気持ちで自分の席に座りました。
 
隣に座っていたお姉さんが「いないいないばあ」をしてくれたり、反対のお兄さんがネコのぬいぐるみで遊んでくれたりして娘はごきげんでした。でも数分すると、ずっと同じ体勢に飽きてきて徐々に娘の声は大きくなりハラハラします。立ったり座ったりしてあやしました。おもちゃをロッカーに入れてしまったことを心から後悔しました。
“やっぱり子連れできちゃだめだったんだな……。”
私の心はどんどんしぼんでいきます。
 
娘の興奮が収まらないので、並んでいる席をはずし遠くで待たせてもらおうとしたとき、
奥から村山先生の小さな声で「赤ちゃんを先に……」と聞こえます。
書店の担当の方が「みなさん、赤ちゃん先にいいですか? お母さん、先生がぜひ先にとおっしゃっています、どうぞ」と声をかけてくれました。
 
優遇されたくて子どもを連れてきたわけじゃなくて、並んでいるみなさんに申し訳なさすぎて「いいです! 大丈夫です! ありがとうございます!」と必死にお断りしました。書店の方は「先生がぜひと言ってますよ。みなさんいいですよね?」と続けてくれます。
 
「いや!」ともう一度言おうとして前に座っている人たちを見ると、みんなニコニコして、わたしを目で促してくれていました。静かな顔で「どうぞどうぞ」と笑っていたのです。こんなに優しいたくさんの目にわたしははじめて出会いました。
 
「ありがとうございます」と言って席を立ったときに
わたしは、ぷつん、と
涙が止まらなくなってしまいました。
 
みっともなくグズグズしながら振り返ると、やっぱりたくさんの目が優しく話しかけてくれていました。
大学生の女の子がいちばん前の席を譲ってくれて、書店の方が雑誌の付録のおもちゃを探して持ってきてくれて、隣にいた人が“赤ちゃんかわいいですね”と言ってくれて、来てもよかったんだと安心して、また涙が出ました。
 
わたしはいろいろなニュースやネットの声に触れ、いつの間にか性善説を信じられなくなり、オドオドと暮らしていました。
娘を守らねばと必死だったのかもしれません。
 
でも、サイン会のその場所で、わたしの考えは、180度変わりました。わたしも娘も、社会に、人に、支えられて生きているんだと実感したのです。もしかしたらそこにいた方たちにとってはなんでもないことだったのかもしれません。でも、わたしにとっては人生観を変える出来事でした。
 
村山先生の書く物語の多くは、優しくて強い人たちが暮らす「風早の街」が舞台です。今回の新刊も、そう。風早の街では、いつも魔法のような奇跡が起こります。でもそれは、“ちちんぷいぷい”のような無敵の魔法ではなく、誰かの小さな優しさが起こす魔法です。
 
わたしは、その日、物語の中に出てくる不思議なその街に行ったのかもしれません。
あのとき、秋葉原書泉ブックタワーにいたのは、きっと、風早の街の人達。村山先生の優しいお話は、優しい人たちを増やしていくのかもしれません。
 
大人なのにめそめそ泣きながらつい立ての向こうに行くと
「なんだ、あさみちゃん、あなただったの!」
村山先生が優しい笑顔でわたしを迎え入れてくれました。
昨夜見た夢とおんなじ。
 
それは村山先生の本の中で起こる奇跡のような、本当にあった出来事です。
 
 
***

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2017-11-15 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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