メディアグランプリ

微熱ホテル


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:西藤太郎(ライティング・ゼミ平日コース)
 
ホテルをひとの身体に喩えたのは石ノ森章太郎だった。
シティホテルは二十四時間三百六十五日、年中無休で営業する。
受けもつ時間帯によって業務の中身は大きく様変わりする。
九時五時で働く日勤者は、予約や客室清掃、団体宿泊者の名簿づくりなどに忙殺される。
一方、夕方の五時から朝の九時まで勤務する夜勤者の主たる業務はゲストのチェックイン。
一日の仕事を終えた人びとが仮のねぐらを求め、夕方から未明まで五月雨式にあらわれる。
明け方近い三時四時にほろ酔い加減で来るゲストもいるし、五時ともなれば、チェックアウトの第一陣に備えなければならない。
ひとが目覚め、出かけ、そして一杯飲んで、深い眠りにつく。
ホテルはゲストの生活サイクルにひたすら寄り添う。
ホテルマンはそんなホテルの〈体温〉を日々検温し、重篤な事態に陥らぬよう先回りして手当する。
石ノ森章太郎はこうした様子を人体に見立てた。
 
その日、わたしは四時半には着替えを終え、フロントに降りていた。
翌朝九時までの夜勤である。
ゲストが本格的にチェックインするまでに確認しておくものは多い。
予約率、トラブルの引き継ぎ、団体客の名簿、空室状況、ゲストへのメッセージなど。
今日はすでに満室なので、当日予約については断るだけでいい。
バックアップ要員のアルバイトたちも徐々に出社してくる。
何事もなく一晩が過ぎ去ればいいが、なかにはトラブル体質のひとがいるから要注意だ。
アルバイトがわたしのそばに来て耳打ちをする。
「お客様から問い合わせですが、ちょっと変わっていただけませんか」
「トラブル?」
「いえ、カップル客の女性からで」
「──お電話変わりました」
「フロントに避妊具の用意はありますか」
「──あいにくそういったもののご用意はなく」
「ですよねえ、あはは」ガチャリ。
どうでもいい問い合わせにほっとする。
このことを先輩社員に話すと、
「買ってきてお届けしますって言えば良かったのに」
みんなでげらげら笑った。
 
一軒のホテルが満室になるとき、周辺のホテルも満室、あるいはそれに近い状態と考えてよい。
ひとの流れとは得てしてそんなものだ。
予約希望者には気の毒だが無いものは無い。
だが、無理が通れば道理が引っ込むとばかりにトラブルはそこを目がけやってくる。
「部屋はないと言ってるんですが、責任者を出せと」
アルバイトが泣きつく。
「もしもし、責任者です」
「部屋を用意しろ」
「本日は満室でございます」
「馬鹿野郎、オレは総理大臣の友人だ。部屋を取らないとホテルをつぶすぞ」
「総理大臣からのお電話でもお部屋はご用意できません。満室です」
「オレは親会社の株主だ」
「さようですか」
「お前らごときの処遇はどうにでもなる」
「どうぞご自由に」
その後、悪口雑言の限りを尽くして電話は切れた。
ホテルはいまだ健在である。
 
深夜零時、予約はあと一件を残すのみ。
アルバイトにフロントを任せ、バックヤードに下がったのもつかの間、アルバイトが駆け込んでくる。
「外国人のお客さまが到着されましたが予約がありません」
「あと一件残っているのは」
「あれは日本人の予約です」
予約数が部屋数をうわまわる事態を仲間内では「バースト(破裂)」と呼ぶ。
部屋を提供できない。
ぞっとしながらフロントに行くと、そこには百九十センチはあろうかとう初老の白人男性が立っていた。
彼は、このホテルに予約したと主張している。
うちはヒルトンやマンダリンなどの有名ホテルとは違う。
こんな辺鄙な場所を訪れ、勘違いもあるまいから彼の主張の信憑性は高い。
それに、ここを断られたら行くところもないだろう。
さて。
既存の予約カードをカウンターのしたで確認する。
『目の前の彼をチェックインさせ、あとから来るゲストには代替ホテルを手配するしかないか』
カードを睨んでいた目があることに気づく。
「御名前ヲイタダケマスカ」
「さっとんデス」
「ミスター・サットン、ライト?」
「イエース」
通常、ゲストの名前はカタカナでカードに書く。
イトウが「伊藤」と「伊東」では最悪情報の伝達ミスを引き起こす。
トラブル回避の知恵だ。
最後の一枚、名前欄には「ミシタ・サトル」とあった。
代理で予約した日本人が外国人ゲストである旨を伝えてくれなかったのだろう。
ミスター・サットンがミシタ・サトル、聞きまちがい。
これにてチェックインは無事完了。
 
風邪を引きかけたホテルは今日もどうにか持ち越した。
白鳥ではないがホテルは見えないところでいつもあたふたしている。
しかし、あたふたをゲストに見せるわけにはいかない。
あくまでも優雅が基本である。
 
今は立場も変わり、もっぱら宿泊客としてホテルを利用する。
そんなわたしの安眠と健康はホテルマンたちによるホテルの〈体調管理〉のうえにある。
日本中のホテルマンがやや高めの体温を抱えながら、日夜ゲストのため奮闘している。
感謝の念に堪えない。
 
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2017-11-22 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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