メディアグランプリ

写真屋で働き始めて、私にもやっとフィルムを送る音が聞こえた


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:中村公一(ライティングゼミ・日曜コース)

 
 
「フィルムにはね、音があるんですよ」
写ルンですから取り出したフィルムを持って、店長のSさんはそう言った。
 
私は今年の三月から、実家の写真館で見習いとして働いている。
実家とは言え、ここでの店舗業務はほぼ初めてで、カメラの扱いも素人同然だった私は、流石に緊張しながら出勤していた。
店には写真のプリントや証明スタジオ撮影等で来店するお客様が多いが、殆どがデジタルカメラで撮影した写真のプリント注文だ。その受付はさほど難しくはなかったのですぐに慣れた。
問題は、フィルムの現像同時プリントである。
これはデジタルに比べると遥かに難しい。
 
最近は10代にも、写ルンです等の使い捨てカメラブームが再燃している。フィルムカメラも減少しているので、当然ながら、フィルムの現像を頼むお客様は、殆どが写ルンですを持ってくる。
この写ルンです本体からフィルムを出すのが、まず出来なかった。固く閉じられた蓋を専用の器具でこじ開けるのが、恐ろしいのである。下手にやって中のフィルムにもしものことがあったら……。そう思うと手には中々力が入らない。
それでもようやく本体からフィルムを取り出したら、今度はもっと難しい作業が待っている。
現在一般で市販されているフィルムは、大体が35ミリフィルムである。あれはパトローネと呼ばれる筒状の容器にフィルムが巻かれてあるのだが、それを現像機に流すために「ほんの少しだけ」取り出す必要がある。
そのために、フィルムピッカーという器具を使用する。パトローネにあるフィルムの出口にピッカーのベロを差し込み、レバーを動かして、巻かれてあるフィルムの先端を出すのである。
ここで気をつけなければいけないのだが、フィルムは現像しないで中身を取り出すと、ダメになる。「感光」してしまい、全てが真っ黒けになってしまうのだ。
せっかく撮影した写真も無くなってしまうので、慎重にならないといけない。
このピッカーを使った作業で、フイルムのベロを取り出す作業が、難しかった。元々私は手先が器用ではない。未だ折り紙の鶴もまともに折れない男である。ピッカーは入っても、そこからフィルムのベロが中々出てこない。
先輩の人に
「すいません、やって下さい」
と頼むが、実はその人も不慣れで、二回三回と試してようやくベロが出せる、と言った感じだった。
それでもなんとか終わった。
そう思って一息ついたら、またフィルムの現像の注文が来た。
再び「ベロ出し」に悪戦苦闘していると、昼休憩から戻ったSさんがやってきた。彼は私が生まれる前からこの店で働いていて、店長を務めている大先輩である。
「あ、Sさん。すいません、このフィルム取り出すやつ、全然出来ないんですよ」
「ああ、ベロ出しね。分かった分かった」
そう言ってSさんは私からフィルムとピッカーを受け取ると、スッと差し込んで、フィルムの上部についている軸をクルクルと回し、止まったと思いきや、ピッカーをサーッと引き抜いた。
その引き抜かれたピッカーの後からは、スルッと、フィルムのベロが顔を出しているではないか。
早い! そう思った。
「どうやったんですか?」
Sさんは微笑みを浮かべて、
「あのね、フィルムにはね、音があるんですよ」
と言いながら、Sさんはせっかく出したベロをなんと引っ込めてしまった。
「こうね、ピッカーを入れて軸のところを回すとね、カチカチって音がするんですよ。それがね、フィルムを送る時の音」
そう言いながらSさんは実演した。
私の耳には何がどの音なのかさっぱりわからない。そうしてSさんは、再びフィルムのベロをサッと引き抜いた。
それ以降、私の課題は「フィルムの音を探ること」になった。ただでさえフィルムの注文は少ない。いざ構えていると、その日はついに一件もフィルムの注文が来なかったという日がざらにあった。
しかし、それでも時々はフィルムが来たので、悪戦苦闘しながらベロ出しをしていく日々が続いた。
そしてある日、お客様の同時プリントの注文を受けた私は、いつものようにピッカーをフィルムの中へ入れて軸を回し、耳を思い切りすませて「フィルムの音」を聞き漏らさないように全神経を注いでいた。
 
カチッ
 
私はハッとして手を止めた。回していると時々微かに鳴る、この「カチッ」という音。これがもしや、フィルムの音か?
私はピッカーのレバーを押し込んで、ゆっくりと引き出した。
するん、と言う感触で、フィルムのベロが飛び出した。
「よっしゃあ!」
私は他のお客様や従業員の手前、心の中で喜びの声を上げた。
しかし、この音がそうなのかは判断しかねる。ひょっとしたらたまたま出ただけなのかもしれない。
そう思い、この後に来たフィルム現像の際、再びフィルムへピッカーを差し込んだ。
カチッ
あの音がした。まっすぐに引く。ピッカーがフィルムのベロを引っ張って、外へスルッと顔を出した。
成功だった。
 
「Sさん! 聞こえましたよ。フィルムを送る音が!」
翌日、出勤したSさんに、私は自慢げに話しかけた。
「おお、そうですか。じゃ、これでもう安心だね」
Sさんは嬉しそうな笑みでそう返した。
「……ええ、そうですね」
私は一瞬言葉が出なくなり、なんとか一言だけ喋ることが出来た。
このSさんは60代後半で、既に定年を迎えている。中々人手が足りないこと、フィルムに詳しい人が減っていることを受けて、父である社長が頼み込んで働いてもらっているのだ。
Sさんは、幼少の頃から私を知っている。仕事場では、よくSさんの話を聞いていたものだった。
そんなSさんは、この写真館で後進が育つことを願っていた。そこに私という小倅が入ってきたので、せめてフィルムの扱いくらいは教えておかなければと思っていたらしい。
これで安心して定年退職ができる。そう言っているのだと察した私は、途端に寂しさがこみ上げてきた。
しかしSさんの年齢も考えると仕方のないことだった。
「こうなりゃ、何としてでもフィルムやカメラの扱いを覚えないとな」
そう思って、私はさっそくやってきた写ルンですの現像に取り組んでいった。
 
 
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2017-11-24 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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