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ぶどう畑を目指した0歳と4歳と37歳の旅


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:たいらまり(ライティング・ゼミ日曜コース)

 

 

「んぎゃー」

0歳の息子がぐずる。

「さ、騒がしくて、す、すみませんっ!」

私は焦って隣の席の男性に断りを入れたが、不機嫌丸出しの顔で無視された。

「ママ〜!」

4歳の娘がガタガタと自分が座る椅子を揺らして遊んでいる。

「や、やめなさい! ちゃんと座って!」

謝ったり、怒ったりを繰り返している福岡発羽田行きの飛行機の中。

まだ、離陸前。

フライト時間は1時間20分。

最終目的地は山梨県勝沼町。

羽田からはレンタカーで2時間。

あー、それにしても隣のおじさんがこわい。

やっぱり無謀な旅だったかな……少し後悔した。

 

今回の旅の目的はぶどう畑。

高校時代に部活で苦楽を共にした親友、関君の畑だ。

お互い飲食やサービスの道に進んだ私たちは、高校卒業後もよく会い、よくお酒を交わし、よく語った。

その後、関君はワインに導かれ、7年前、地元熊本から山梨県の勝沼に移住し、ワイン醸造用のぶどう栽培家となった。

私は、この5年の間で、2人の子どもを授かり、母親としての忙しさに追われていた。

夢を叶えていく関君は、私の羨望の存在になっていった。

そして、いつか子どもたちが大きくなったら、勝沼に遊びに行こうと、5年先ぐらいのぼやけた夢を見ていた。

しかし、私はその夢を5年も前倒しで叶える暴挙に出た。

しかも0歳と4歳の子どもを抱えて。

なぜか、関くんのぶどう畑に行きたい気持ちを抑えられなかった。

 

飛行機が離陸した。

おっぱいをふくんだ0歳の息子はスヤスヤと眠り、4歳の娘は隠しダネで持ってきていたお菓子とキャラクターの絵本に夢中。

前途多難ではあるが、なんとか飛行機はクリアできそうだ。
少し気持ちが落ち着き、窓の外の景色を見ながら、今回の衝動的な勝沼行きの理由を心の中で振り返った。

 

「会社にとってはあなたに居てほしいと思う。でも、私はあなたの人生を尊重したい。あなたと幼い子どもたちの人生を……

尊敬する上司が、退職の気持ちが揺るがない私にそう言ってくれた。

着物屋さんで勤続12年。

好きな着物も、会社の理念も、温かい上司も、正社員というポジションも、未練がないわけではない。

5年前に娘を出産し、育休後復職。

大変だったけど、会社のありがたいフォローもあり、両立できていると思っていた。

でも、そう思っていたのは親の私のエゴだった。
結局、娘との時間を大切にしているようで、常に頭と心は仕事のことが支配していた。

決定的だったのは、私のストレスを娘に向け、手を上げてしまったこと。

もうストップだった。

時短勤務やパートになるというバランスの取り方はできなかった。

第2子を出産した私は、子どもたちとちゃんと向き合うために退職の道を選んだ。

 

「みなさま、羽田空港に到着いたしました。ベルト着用サインが消えるまでしばらくお待ちください…

フライト中、子どもたちがぐずることなく無事に羽田空港に到着することができた。

第一難関クリア。

しかし、安堵していた矢先、大きな問題が発生した。

携帯電話が見当たらないのだ。
結局、4泊5日の勝沼の旅は、携帯電話なし、公衆電話を探しながら進んでいった。

 

日が暮れていく高速道路で、ホームシックから泣きだしてしまう娘。

勝沼ICに到着した時に、パアッと目の前に開けた甲府盆地の美しく素朴な夜景に2人で感動した。

「キラキラおほしさまが、降ってきてるねー」

到着した安堵感も相まってか、娘の純粋な言葉に、涙が出てきた。

テレビのない民宿では、布団にもぐって寝るまで話し続けた。

携帯電話のない旅は、より濃ゆく味わい深いものへとなっていった。

 

そして目的の関君のぶどう畑。

収穫を終えたぶどうの枝葉が、また新しい実りのために静かに紅葉していた。

小高い畑から見る甲府盆地。品種によって彩りが違う紅葉のパッチワークは本当に美しかった。

「ママ〜。ぶどうあったよ〜!」

娘が、収穫されずにまだぶら下がっていたぶどうを指差す。

関君がぶどうに手が届くように、ひょいと娘を抱っこしてくれる。

この畑で頑張ってきたんだなあ。

「辛かったことはなかったと?」

「自分が好きで始めたことやけんな」

男気のある彼らしい言葉だった。

地元の訛りが未だに残っていることも嬉しい。

「ただな、この畑を始めた頃、レストランでの仕事も掛け持ちしてて、朝、起きようと思ったら体が全く動かんことがあった」

初めて聞く、意外な一面だった。

「意識はあるけど、体がしんどすぎて動かん。そしたら、涙が溢れてきて」

よっぽど辛かったんだと思った。

でも、続く言葉は辛い話ではなかった。

「俺、嬉しかったんよ。今、こんなに体が動かんぐらい頑張れよるって。この仕事に出会えたことが嬉しかった。涙が止まらんかったよ」

そして、育てているぶどうのことを我が子のことのように語ってくれた。

変わらない親友の一言一言が心に染み渡る。

 

娘に対する後悔と新しい人生への不安を抱えてきた勝沼への旅。

私は自分の人生の決断が間違っていなかったのか、関君の生き方と照らし合わせて確認したかったのかも知れない。
「ママ〜。ぶどうとれた〜」

ぶどう畑の美しい紅葉を背景に、4歳の娘の弾けるような笑顔が映る。

抱っこ紐の中で勝沼の抜けるように青い空を見上げている0歳の息子。

愛おしさで胸が苦しくなる。

いつも一緒にいるのに。

どうして、今、こんなに愛おしく感じるのだろう。

戸惑った。

今までは?

今まではどんな気持ちで向き合ってた?

仕事辞めるのは本当に子どものため?

仕事から逃げたいだけじゃない?
自分が弱いだけでしょ?

子ども叩いて母親続けられるの?

仕事も躓いて、社会人としても失格。

何もできないんだね。

どうするの?

これからどうするの?

子育てと仕事に彷徨い、1年間、何度も繰り返してきた、私と私の会話が映画のエンドロールのように流れた。

最後は関君の言葉だった。

「腹をくくって子ども二人抱えてきたおまえの旅はプライスレスだ」

涙が落ちた。

「おまえも、またこれからやな。楽しみや」

うん。

私は大丈夫。

もう大丈夫。

ダメな自分も全部一緒に、また新しく歩き出せる。

勝沼のぶどう畑で、子どもたちの笑顔を見ながら、私はやっと心の底からそう思うことができた。

 

***

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2017-11-29 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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