寒い朝なのにブラウス1枚
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
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記事:バタバタ子(ライティング・ゼミ特講)
「うわっ! 中学生は元気やねぇ」
吐く息が白くなる朝だというのに、前から歩いてくる中学生たちは、白いブラウスに紺色のジャンバースカートという格好だった。もちろんコートなんて着ていない。
「あんなブラウス1枚じゃ、寒かろうに」
外の冷気が薄いポリエステルの生地を通して全身に伝わる感覚を想像して、思わず身をすくめた。
私は暖かい車の中にいて、しっかりコートも着込んでいたけれど、さらに空調のツマミを1段階上げた。
「今は、中間服の時期か」
福岡市内の中学校では、何十年も前から、女子の夏服は半袖ブラウスと水色のジャンバースカート、冬服は紺色のセーラー服と決められている。
目の前の彼女たちのような、長そでブラウスと紺色ジャンバースカートという組み合わせは、夏服から冬服に移行する短い期間にだけ許される、中間服だ。
中間服の時期には、どの服を着ても構わない。自由に夏服でも、冬服でも、中間服でも選べるのだ。
実際、目の前をぞろぞろ歩いてくる若者の集団も、半数はセーラー服だ。
ということは、つまり。
ブラウスとジャンバースカートの彼女たちは、もっと温かいセーラー服を着ても良いのに、好き好んであの寒そうな恰好をしているという事になる。
「ひえええ。さすが中学生。代謝がよくて、体温が高くて、寒くないっちゃろうね」
薄着なのに平気な顔をして歩いていく中学生たちとすれ違うようにして、小学生も続々と歩いて行っている。
小学生のほうは、納得できる恰好をしている。
小さな体にぴったりな、モコモコした色とりどりのダウンジャケット。ロゴの入ったジャンパー。マフラー。耳当て。手袋。見えないけれど、ポケットにはカイロが入っているかもしれない。
男の子が、せっかくのジャンパーを全開にして、ヒラヒラさせて走っていく。あれじゃあ、冷たい空気が胸とかお腹を直撃するだろうに。
「うわぁ、元気な子。きっと、本人は寒さなんか気にせんけど、親御さんが着込ませたっちゃろうね」
こんなに寒いのだもの、あの小さい子たちが冷えて風邪をひいても不思議じゃない。
念入りに、たくさん着込ませる親御さんの気持ちが想像された。
ここ数日で急に寒くなったから、今までの服じゃ寒いだろう。風邪をひいて苦しむかもしれない。十分に温かくしてあげないと。
そんな風に考えて、忙しい中で何とか冬物の服を引っ張り出したり、買いに行ったり。
そんな親御さんの愛情は、まるで少しぬるめのお湯のように、優しいものに感じた。
冬の朝、少しぬるめのお湯というのは、優しさや愛情の権化のような気がする。
目覚めるや否や開始される、布団の外の冷気との厳しい戦い。それに辛うじて打ち勝った者がたどり着く、冷たい洗面所。蛇口から出る温かいお湯。それが張られた洗面台は、さながら神秘の泉の女神のように、優しく包み込み、ゆっくりと目覚めさせてくれる。
寒い朝にお湯で顔を洗うのは気持ちいい。冷たい水とは大違いだ。水で顔を洗うなんて、強烈なビンタを食らうようなものだ。
「いや、お湯で顔を洗っちゃイカンのよ。お肌のことを考えたら、水じゃなきゃ」
そう教えてくれた同僚の看護師の肌は、確かにキレイだった。キメが細かくて、毛穴なんかなくて、触ったことはないけれどスベスベしていそうで、私より10歳以上年上とは思えなかった。18歳の新人の子にも引けを取らない、見事な頬である。
「お湯で洗ったら気持ちいいけど、必要な潤いも洗い流しちゃうのよ。だから、カサカサしたり、小じわになったり、いろいろなトラブルを引き起こすの。お肌のためを考えたら、冷たいけれど我慢して、水で洗わなきゃ」
肌のためを思えば、優しいお湯ではなく、水の冷たさを我慢して、洗顔したほうがいい。
子供に接するときも同じかもしれない。
薄着の中学生が白い息を吐きながらフロントガラスを横切るのを見ながら、ぼんやりと思った。
子供のためには愛情そのままに手を出しすぎるのではなく、我慢して接することも大切なのかもしれない。
うちの親なんかは、手を出しすぎるタイプだから、少しでも寒い朝には恥ずかしくなるほど着込ませた。天気予報で雨マークがついている日には、無理にでも傘を持たせた。尋ねていないのに、その日の予想最高気温と最低気温、昨日と比べて何度高いだの低いだのを聞かせた。
だから家にいる間、私は自分で天気予報を確認する必要がなかった。
家を出て、一人暮らしを始めると、最初は失敗してばかりだった。
見た目だけで選んだ服が、思ったより寒くて、ずっと落ち着かなかったり。朝は曇っていたけれど帰る頃にはどしゃ降りになり、コンビニで何回も傘を買ったり。最高気温が何度、といわれても、どれくらいの感覚なのかピンと来なかったり。
そんな失敗を繰り返して、次第にその日の天気や気候にあった備えができるようになったのは、どれくらい経ってからだったか。
もっと早いうちに、独り立ちする前に、天気予報を見る習慣を身につけておけば良かったと何度か後悔した。
家にいるとき、親は先回りして、私が失敗しないように手助けしてくれていた。
その配慮はありがたいけれど、もっと突き放しても良かったんじゃないか。
「今日の気温だと、その服じゃ寒いと思うけど、あんたが良いと思うなら、そうしなさい」そのくらい冷淡に構えてくれたほうが、もっと早くしっかりした人間に育ったんじゃないか。
ブラウス1枚にジャンバースカートの生徒たちは、続々とフロントガラスを横切っていく。
やっぱり寒そう。風邪をひくんじゃないだろうか。
この子達が家を出るとき、親御さんは何も言わなかったのだろうか。
もしかして、うちの親と違って、「もう中学生なんだから、着ていく服も自己責任で選びなさい」という賢明さを持っている親御さんなのか。
それとも「その服じゃ寒いでしょ」「いいって、これで行くってば。口出ししないで!」という一悶着があったかもしれない。
いずれにせよ、大人から見たら寒そうで仕方ない恰好で楽し気に歩いていく中学生たちは、自分自身でその服装を選んだのだ。
親に言われるがままの段階を抜け出したということだ。
ダウンジャケットでモコモコに着ぶくれた小学生と混じり、ブラウスで歩く彼女たちの姿は、ちょっと誇らしげなお姉さんに見えた。
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