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プロフェッショナル・ゼミ

すごくすごく嫌だった忘年会の余興を、来年もまたやろうと思った。《プロフェッショナル・ゼミ》


*この記事は、「ライティング・ゼミ プロフェッショナル」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

【12月開講】人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ《日曜コース》」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:源五朗丸(ライティング・ゼミ プロフェッショナルコース)
「えっ、鳴らなかったですか」
信じたくない。嘘だと言ってくれ。
「うん、今、実際の会場で、音響の人に試してもらったんだけど、君らのCDは鳴らなかったよ」
別のチームのCDはちゃんと鳴ったんだけどねー、と続く幹事の言葉が、妙に遠く感じた。
音が鳴らない。音が鳴らないだって?
頭が真っ白になる。
「音響さんがもう少し色々試したいから、このCD借りててもいいかって言ってるんだけど」
「えっ、あ、はい。もちろん、お願いします」
すみません、お手数おかけしまして、ありがとうございますとヘコヘコしてから電話を切った。
電話を置く。思考がサーっと引いていって、海が干上がったかのようにまっさらになったかと思うと、津波のように大きな波として戻ってきた。
どうしよう、どうしよう、どうしよう、どうしよう……

2週間後に迫った忘年会で、私たちは渾身の余興をする予定だった。
素人なりに頑張って曲をつなぎ、編集した。そのBGMに乗せて、メドレーのように出し物をしていく構成だ。
一部はセリフをしゃべるが、大半は無言で、大振りのコミカルな動きで笑いを誘うのを狙っている。
もしもBGMが鳴らなかったら。
私たちの余興は破綻する。
嫌な想像が頭をよぎる。
静まり返った会場。無言で体をクネクネさせるよりは、音痴だけど大声で歌うほうがマシか。下手な歌を歌いながら、息切れしつつ踊る。どんなに叫んでも、おどけても、客席からはノーリアクション。どんどん冷めていく空気だけが生々しく伝わる。
想像しただけで冷や汗が流れる。なんとかして音を鳴らさなければ。

なんで忘年会に出るなんて言ってしまったんだろう。
あと2週間しかない。
こんなことなら、音楽の編集や焼き方について、もっと早くから、ちゃんと勉強しておくんだった。
あと2週間しかない。
余興の構成は、変更に変更を重ねて練り上げてきた。全て、BGMがちゃんと鳴ることを大前提としていた。
音が鳴らないなら、構成をいったん白紙に戻して、今から新しく作り直すか。
それとも、スピーカーを何台も買って、各テーブルに1台ずつ置いて、パソコンに繋げたりして音を鳴らそうか。

「CDが鳴らせないんだったらさあ、スマホで鳴らせば良くない?」
余興の相棒、永村さんは、全然心配していない様子だった。
「スマホで鳴らして、司会の人が持ってるマイクとかを近づけて、音を拾ったら大丈夫じゃない? それよりさぁ、ここのネタ、変えたほうが面白いと思うんだよね」
「いや、他の先輩から、三年前の忘年会でそうやってBGMを流そうとしたら、全然聞こえなかったって聞いたんですけど、大丈夫ですかね?」
「あのときは、会場が騒がしい焼肉屋さんだったから。今回はホテルの宴会場だし、音響設備も整ってるって聞くから、大丈夫じゃない? それより聞いて、ここ、君が登場しやすいように流れを変えてみたんだよね」
ちょっとやってみるから見てて、と永村さんは立ち上がって、紙を見ながらノリノリでセリフを語りだした。
たしかに新しい流れのほうが、盛り上がりが加速していく印象で、面白そう。
だけど、これで何度目の変更だ。この新しい流れだって、どうせすぐ変更になるんだろう。
「はい、ここで君が登場するのね!」
スタンドアップ、と上げられる手の動きに合わせて立ち上がる。
「ここで、ダンスが始まります。ちょっと待ってね、再生するから」
スマホのロックを解除し、アプリから別のファイルを選んで再生させる。待つこと10秒程度だが、手持無沙汰で居心地が悪い。
まさか、本番でもこんな調子で行くつもりじゃないよね?
「永村さん、スマホで曲を流すなら、私たちの他に誰かもう一人、スマホの操作をお願いしないといけないですね。余興の構成的に、曲がコロコロ変わって操作が大変だし、事前に詳しく説明しておかないと難しそう」
「そうだね。でも操作は、誰にお願いしても大丈夫だと思うよ。それこそ司会の西さんでもいいし、他に手が余っている人がいたら、当日にちょっとお願いしてみよう」
えっ、当日、急に頼むの? そんなんで、ちゃんと順番通りにタイミングよく曲を流せる? 難しくない?
それに、そんな大変なことお願いされた方は、負担が大きいし、申し訳ない気がするけど……
永村さんと組んだのは間違いだったかもしれない。あと2週間しかないのに、今さらながらそんな後悔が頭の中で渦巻いた。
音響についての不安は、その後何度相談を持ち掛けても、永村さんとは噛み合わなかった。
余興の構成も、その後毎日のように変更された。
やっぱり、うまく行かないかもしれない。
日を追うごとにテンションが上がっていく永村さんとは対照的に、私は不安を募らせていった。

「永村は、あいつ、真面目やもんな。そこが忘年会ではネックになるかもしれんね。こういう場では、グダグダなほうがウケたりするんよ」
椅子の背にもたれ、うーんと唸って背伸びをしながら、上司がつぶやいた。
本番まで1週間を切った頃。寄ると触ると余興の下馬評が講じられるようになった。
余興はコンテストのような形式で、上演後に来賓による投票が行われる。優勝した組は賞金を獲得するのだ。
一般の職員は投票権を持たないが、どの余興が優勝するかは、やはり興味をそそられる。
「お前と永村の余興は面白そうってみんな期待しとるけど、優勝するのは意外と新人チームのほうかもしれんぞ。トラブルメーカーの鷹野がいるから、本番で何かやらかすかもしれん」
「ほんと、鷹野って、ずっと同じところで間違えるんですよ。ダンスで成功したこと、まだ1回しかないですもん」
新人チームの中のリーダー格、広野さんが訴える。
「新人チームは何人おるんやったっけ?」
「6人です。パートさんもフルタイムの人もいるから、なかなか全員集まって練習できないんですよね。でもだんだん上手になってきてるんで、本番、楽しみにしててください」
「今年は強豪ぞろいやもんなあ」
「全部で5組も出るんですって。みんな、相当面白いことやるらしいです」
「いやー、今年は本当、楽しみやなぁ」
上司はまた腕をぐいっと上げて弓なりに背をのばす。のんきに、気持ちよさげにストレッチしている。
その下で、負荷をかけられた椅子がギシッときしんだ。

「今年も忘年会で芸するんだって? 楽しみにしてるね」
「去年の余興も面白かったから、すっかりファンになっちゃった」
「今年も期待してるね!」
忘年会が近づくにつれ、いろいろな人から激励をもらった。
去年の忘年会を知らない人以外、全員に声をかけられたんじゃないか。
「ありがとうございます! がんばります!」
「今年は永村さんと一緒にやるんで、期待しててください」
笑顔を作ってそんな言葉を返す。
けれど激励の言葉をもらうたびに、お腹の底がズシリ、ズシリと重たくなっていく感覚を覚えた。
今年の私たちの余興は、みんなを楽しませることができるだろうか?
全然面白くなくて、期待外れで、がっかりさせちゃうんじゃない?
ああもう、なんで今年も余興やるなんて言っちゃったんだろう……

「どうだった?」
永村さんが息を切らせて迫る。
「いいと思います」
私たちの余興を通しで見てくれた広野さんは、いつも通りの様子で、そう答えた。
前の日に、夕食の出前をとる店はココイチでいいかと聞かれたときと同じテンションだった。
「ここのネタが分かりにくいかなって思うんだけど、どうかな?」
「えー、大丈夫だと思いますよ。面白かったです」
あっ、やっぱり、そんなに楽しくなかったみたい。
だって、広野さんがツボるときは、裏返った声で「ウケる」って言うじゃん。
これは、大笑いする程じゃなくて、鼻で笑う程度の面白さだったな。
「面白かったって。よかった。じゃあ、大体の流れはこれで大丈夫だね」
満足そうな永村さんとは対照的に、私は足元がボロボロと崩れ落ちるような気分になった。
どうしよう。今のままじゃダメだ。でも、どうしたらいいか分からない……
「じゃあ後は、明日の昼に最終の打ち合わせしよう。夕方には会場に入って準備だから、明日の練習は、できても1時間くらいかな」
「いよいよですね。わぁー、明日かぁ。まだ実感ないですね」
あと数時間後には忘年会当日が来てしまうなんて。いやだ、いやだ。明日をすっ飛ばして、明後日が来てしまえばいいのに。
「がんばろうね。私も、明日までにセリフ覚えてくるから!」
永村さんの言葉を聞いて、ますます不安になった。

「お預かりしていたCD、鳴らせましたよ」
音響のお兄さんは、こともなげに言った。
「えっ、鳴ったんですか!」
嘘じゃないよね? すごい、本当に?
「こちらのCDですよね、大丈夫でした」
叱られると思って職員室に行ったら、意外にも褒められた時のように、急に目の前がパアッと明るくなった。
「すごい! ありがとうございます!」
良かった。体が軽く感じる。地面から1センチくらい浮かび上がっているかもしれない。
これなら、あのお願いも、もしかしたら大丈夫かもしれない。
「すみません、実は、このCDをお渡しした後に、曲を一部変更しまして。こちらに新しいものを焼き直して来たんですけれど……」
「ああ、大丈夫ですよ」
「本当ですか! ありがとうございます! ……それと、スマホに入っている音を流せたり、します?」
「ええ、大丈夫ですよ」
まじか。すごい。プロってすごい。
「すみません、あと、この新しいCDに3曲入っているんですけれど、CDとスマホの曲を交互に流していただくって、できますか……?」
「いいですよ」
さも当然のように、私たちが不可能と思っていたことを次々と叶えてくれた。
音響のお兄さん、神!

音がちゃんと鳴る。
想定していた最悪の事態、シーンとした会場で虚しく声を張り上げる状況は回避できそうだ。
ようやくホッとした。
忘年会が始まった。偉い人のスピーチや、ビール、出てくるお料理、歓談、表彰式……。ビンゴ大会まで終わったところで、他の余興参加者たちとともに会場を抜け出した。
狭いトイレでギュウギュウになって衣装に着替え、メイクを施す。
「その衣装、かわいいー」
「花冠、すごい。手作りですか?」
はじめて見るライバルたちの装いを褒め合う。
練習の段階では、優勝をめぐって争うライバルだと意識していたけれど、いざ全員で扉の前に立って緊張に耐えていると、試験会場に集合した受験生のように「いっしょに頑張ろう」という気しか起きない。
「さあ、ここで、余興を開始したいと思います。今年はなんと5組の出場者が……」
扉の向こうから、司会の西さんの声が漏れてくる。
心臓の動きが大きくなり、手が震えそうになる。
最初のチームが入場した。外に残された4組は、ドアを細く開けてステージをのぞいたり、集まって小声で最終リハーサルをしたり。
もう一組、また一組と扉の中に消えていく。
次は、いよいよ私たちだ。
「あー、緊張するね」
いつも自信満々な永村さんも、落ち着かない様子でグルグル歩き回っていた。
「永村さん、円陣組みましょう」
円陣なんか組んでも緊張が解けたりしないと思いながらも、何かせずにはいられなかった。
集まって、手を重ね
「がんばるぞー」「おー」
小声で、気合を入れた。
扉が開かれる。練習で何度も聞いた、入場用の曲が鳴った。

「きゃあああぁあああ! ありがとうございます!」
「やったね! いやーよかった! よかった!」
永村さんが腕を広げたので、そこに抱き着くと、いままでの人生で一番強く抱きしめられた。
余興の出来不出来はよく分からないけれど、とにかくやり遂げた。
途中までマイクが入らなかったり、盛大にスッ転げたりしたけれど、観客に受け入れられている実感があった。ステージから見える全員が手を叩いて、うねっていた。楽しんでくれていると感じたし、自分も楽しかった。
「よかったー」「ほんとよかったー! ありがとー」
この2~3か月、永村さんとは考えがかみ合わなかったり、不安やイライラを感じることもあったけれど、今この時は、まったく同じ気持ちを共有していると信じられた。
全てが終わったこの瞬間だけは、私と永村さんは、まさしく一心同体の相棒だった。

「お疲れさまー」
「お疲れー。すごかったじゃん」
「いやー、君らのダンスもよかったよ」
「あの物まねカラオケ、めっちゃ上手かったですね」
審査員が投票し、結果が出るまでの間、入場口となった扉の前に出演者全員で固まってブラブラしていた。
つい30分前まで、同じ扉の後ろで出番を待ちながら励ましあっていたのが、遠い昔のようだった。
まだ火照りが残るからだで、軽い倦怠感を心地よく感じながら、ぼーっとたたずむ。熱い風呂に疲れた体を浸しているような幸福感に包まれていた。
ふいに肩を組まれた。
「おつかれー」
永村さんは、先ほどから何度目か分からない「おつかれ」をまた繰り返した。
私も「お疲れ様です」と繰り返す。それ以外に何と言ったら良いか、分からなかった。私たちの「お疲れ」には、「いやー、ぜんぶ出し切ったね。うまく行って、とにかくよかった。練習からずっと、ありがとう。私たち、頑張ったね。お疲れ様」くらいの意味が込められていた。
「来年も、またやるの?」
永村さんに訊かれて、少し考えた。ここ数か月の、音楽が鳴るかどうか不安をかかえた日々。残業を終え、疲れきった時間から始まる練習。考えが噛み合わないフラストレーション。
そして、演技中の観客や相棒との一体感。本番を完了した瞬間の高揚。終えてからの幸福感。
「そうですね、またやりたいです」
そう答えると、永村さんも、満面の笑みを浮かべていた。

***

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