プロフェッショナル・ゼミ

刑事事件にまで発展したサプライズ演出《プロフェッショナル・ゼミ》


*この記事は、「ライティング・ゼミ プロフェッショナル」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

【12月開講】人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ《日曜コース》」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:上田光俊(プロフェッショナル・ゼミ)

※実話を基にしたストーリーですが、登場人物の名前は全て架空の名称です。

「盗まれた!?」
目の前には異様な光景が広がっていた。
いつもなら、比較的交通量が多い会社の前の通りには、朝から運送業者のトラックが止まっていて、メーカーから当社宛ての荷物を荷下ろししているはずだった。
京都の繊維街と言われる室町通り界隈には、毎朝たくさんの運送業者のトラックが往来する。
ただでさえ、京都の街は一方通行が多くて、道が狭い。
そんな狭い一方通行の道に何台ものトラックが、それぞれの会社の前に停車しているのだ。
それだけでも道が狭くなるというのに、その日に限っては、運送業者のトラックだけではなく、朝から無数の人だかりができていた。
しかも、その人だかりは、僕がこれから出勤しようとしている会社の前にできていたのだ。

「何だ、あれ……」
僕は地下鉄の駅を出て、会社に向かっていた。
いつもと同じ朝。
いつもと同じ一日が始まる。
僕は「また今日も仕事か……」という憂鬱で重たい気持ちを引きずりながら会社に向かっていた。
しかし、その日はそうはならなかった。
僕の目の前は、いつもと同じ朝の光景ではなかったのだ。
そのいつもとは違う異様な光景に、僕はわけがわからないまま、何かに急かされるように会社まで小走りで急いだ。
近くまで行くと、人だかりの中に紛れて、上司や先輩、同僚たちの顔を確認することができた。
彼らも僕と同様に何が何だかわけがわからない状態だったのではないかと思う。
茫然と立ち尽くしているというような感じだった。

「どうしたんですか?」
僕は先輩に挨拶することも忘れて、開口一番に何が起こっているのかを聞いてみた。
「盗まれたらしいわ」
「えっ!?」
「空き巣に入られたらしい」
僕は自分の耳を疑った。
そういう事件性のある出来事は、遠い世界のテレビの中だけの出来事だと思っていたし、僕の身近に起こる出来事ではないと、何故か勝手に思い込んでした。
自分が勤めている会社に泥棒が入るなんて考えたこともなかったし、そう言われても実感として湧いて来なかった。
「ほら、見てみ」
先輩が視線を送った先には、真っ赤なパトライトがくるくると回っている。
運送業者のトラックに混ざってパトカーも数台停車していたのだ。
「田崎さんが一番初めに出勤してきたらしいんやけど、事務所に入ったら会社の中が荒らされてたらしくて、それで通報したみたい」
「そうなんですか……」
会社の前の通りから中を見てみると、警察官と思われる人たちが何人もいて、それと社長、そして田崎さんがいた。
おそらく警察の人たちに、朝一番に出勤してきた状況を説明しているのだろう。
田崎さんの顔が引きつっているのが、遠くからでもよくわかった。
「とりあえず、僕たちもしばらく中には入れなさそうですね」
通勤途中の人や運送業者の人たち、近所の飲食店の従業員たちが野次馬となって、会社の前にはたくさんの人だかりになっていた。
その時は、僕たち会社の社員も野次馬の中に紛れて、中を見ていることしかできなかった。
まさか、こんなことになるなんて……。
大変なことになったな。
これからどうなるんだろう……。
そんなことをぼんやりと考えていた僕の耳元で、その先輩は思いがけないことを僕に呟いた。
「お前、気付いた? 今日、杉村さんだけが来てないんだよ」

杉村さんは僕の上司にあたる人で、若いながらも役職に就き、僕たち若手社員にとっては良き兄貴的存在だった。
とても面倒見が良くて、まだ入社したばかりで右も左もわからなかった僕をよくフォローしてくれた。
売上が悪くて、部長に怒られた時には、その都度飲みに連れて行ってもらったし、仕事以外でも、遊びに誘ってもらったり、相談にのってもらったりしていた。
僕は、何から何まで杉村さんにお世話になりっぱなしで、杉村さんの自宅がある方角には足を向けて眠れないほどだった。
その杉村さんが、今日は出社していない。
どうやら、今日は一日中外回りの予定らしかったが、昨日になって急遽決めたようだった。
杉村さんにしては珍しいな……。
率直にそう思った。
営業をしていれば、急遽予定を変更して得意先に出向くなんてことはよくあることだが、杉村さんに至っては、そういうことはほとんどなかった。
少なくとも、来週の予定を前の週の金曜日までにはホワイトボードに必ず記入して、自分の外出予定を誰が見てもわかるようにしていた。
その杉村さんが、急遽朝から出社せずに得意先に直行してそのまま外回りをするという。
しかも、それがよりによって今日……。
いやいや、まさか……。
ただの偶然だろう……。
僕はそう思った。
いや、そう思いたかったのかもしれない。
でも、僕の中に、ある疑念が湧いてきたことは事実だった。
僕がその疑念を抱いているということを見透かしているかのように、先輩は続けてこう言った。
「もしかしたら、杉村さんが犯人だったりしてな」

一通り、社内の立入り捜査が終わった後、昼前になってようやく僕たちも会社の中に入ることができた。
「かなり荒らされてて酷かったわ」
僕たちは中に入って初めて、今日の朝、田崎さんが出社してきた時の様子がどんな状態だったのかを耳にすることができた。
物取りの犯行だった。
僕が働いているこの会社は、規模こそ小さいが全国の百貨店に婦人服を卸しているアパレル企業で、別で倉庫を委託して商品を管理していなかったので、社内には大量の婦人アパレル商品で溢れていた。
その中には、一着¥3000のカットソーから¥100000以上もするカシミヤコートや毛皮などの高級品も含まれていて、盗まれたのはどれも高級品の重衣料ばかりだった。
そういった高級品を陳列していたハンガーラックは無造作に倒されていて、高級品だけを選別したであろうことは容易に想像できた。
商品が陳列してあるフロアには、足の踏み場もないほどに商品が散らかされており、念入りに「何を盗むか?」ということを考えて持ち去っていったことが伺える。
当然のことながら、盗まれたのは商品だけではない。
勿論、事務所内も荒らされていた。
ノートパソコンは全て持ち去られ、金庫は倒され、開けられてしまっていた。
金庫の中に何が入っていたのか詳しいことは知らないが、会社全体でかなりの被害額が出たであろうことは間違いない。
どのフロアもひどい状況だった。
それを見て、「気持ち悪い……」と気分を悪くしてしまった女子社員もいる。
はっきり言って、その日は全く営業にならなかったが、僕たち社員は会社に残って空き巣被害の後処理をすることになった。
社員全員が各フロアに分かれて、まずは無秩序に放置されてしまった大量の商品を一つ一つ整理していく。
これから本格的な秋冬物の出荷シーズンに入る9月ということもあって、その商品量もさることながら、アイテム数も豊富だったので、空き巣に入られる前の元の状態に戻すのにはかなりの手間と時間がかかった。
事務所内もしかりである。
デスクの上に置いてあったノートパソコンは勿論、それ以外にも何か他に盗まれたものはないか、各自が引き出しの中を入念にチェックした。
無理やりこじ開けられて倒されてしまった金庫はもう使い物にならない。
侵入時に壊されたであろう2Fの窓や、ハンガーラック等、破損物もたくさんあった。
社長をはじめ、専務や経理部長、その他の役職者たちもみな途方に暮れているといった様子で、今後のことをどうするべきか考えあぐねているような状態だった。

その時だった。
それは奇跡だった。
その時、奇跡が起きていたのだ。

カシミヤコートや毛皮、ノートパソコンに現金、その他の金目のものはほとんどが盗まれてしまっていたというのに、たったひとつだけ盗まれていなかったものがあるということがわかったのだ。
それは、経理部長がもう使い物にならなくなってしまった金庫の中を整理していた時のことだった。
その中には、権利関係の重要書類に紛れて、とても大切なものが残されていた。

それはご祝儀袋だった。

そのご祝儀袋は、もうすぐ結婚する大森先輩のために用意されていたものだった。
しかも、その大森先輩の結婚式は数日後に迫っていた。
ご祝儀袋は結婚式の前日に、会社から大森先輩に手渡される予定になっていて、それまでの間金庫の中に大切に保管してあったのだ。
様々なものが盗まれたが、何故か、そのご祝儀袋だけが盗まれていない。
中には現金が入っているというのに。
現金が入っているということが、これだけはっきりとわかるものも他にないというのに。
その金庫の中に入っていたご祝儀袋以外の現金は当然のように盗まれていたし、その他の場所にあった現金も盗まれている。
そんな状況下で、このご祝儀袋だけが盗まれていないなんて、普通考えられるだろうか?
これは一体どういうことなのか?
これを奇跡と言わずして何と言えばいいのか?
僕は驚いた。
心底驚いていた。
いや、驚いていたのは僕だけではない。
その事実を知った社員全員が驚いていた。
まさかとは思うが、不謹慎かとは思ったのだが、僕はここで秘かにこう思ってしまっていた。

もしかして、これは何かのサプライズ演出ではないのかと。

警察の話しによると、会社の被害状況や窃盗の手口等から、空き巣の犯人は単独犯ではなく複数犯で海外の窃盗団の可能性が高いということだった。
だから、金庫の中にあったご祝儀袋を見つけたとしても、中に現金が入っているとは思いもよらなかったのかもしれない。
可能性という点では、ご祝儀袋が盗まれなかった原因は、他にもいくつか考えられるだろう。
しかし、それにしたって、これだけのものが盗まれているというのに、ご祝儀袋だけが盗まれていないなんて奇跡にもほどがある。
間違いない。
これはきっとサプライズ演出だ。
僕はそう確信した。
そうなると、一体誰が? 何のために? という話しになってくる。
僕は、サプライズ演出には二つの可能性があるのではないかと考えている。

まず、可能性として一番高いのは、窃盗団の中の一人がそれをご祝儀袋だと知っていて、わざと盗まなかったのではないかということである。
窃盗団の一味とはいえ、ご祝儀袋というおめでたいものには、さすがに手を出せなかったのかもしれない。
数々の盗みを働いてきたとはいえ、その時ばかりは良心がうずいたのだろう。
それを金庫の中に見つけた時に、心の中で秘かに「結婚おめでとう! お幸せに!」と呟いて、手を出さずにそのままにしておいたのだ。
なんて粋な泥棒なんだ。
これは、たとえ盗みに入ったとしても、結婚を間近に控えた二人をお祝いするものにまでは、決して手を出さずに、わざと忘れたふりをするという、れっきとしたサプライズ演出だ。

そして、もうひとつの可能性が、杉村さんだ。
杉村さんは、外回り営業に出ることを直前まで誰にも知らせていなかった。
普段の杉村さんだったらしない行動だ。
しかも、それがよりによって今日だった。
よりによって、会社が空き巣に入られたということが発覚する日に、一人だけ出社しなかったのだ。
ただの偶然かもしれない。
しかし、こう考えることもできる。
杉村さんは、まだ人目のつかない夜の間に会社に侵入し、高額品や現金は勿論のこと、ノートパソコン等の金目のものだけを盗み出した。
杉村さんだったら、社内に何があって、どう持ち出せばいいかを熟知しているはずだ。
そして、めぼしいものを盗み出した後、単独犯ではなく海外の窃盗団による犯行に見せかけるために、わざと社内を荒らして、杉村さんであることの痕跡を消した。
ただ、金庫の中にあるご祝儀袋にだけはどうしても手を出せなかった。
杉村さんは、数日後に結婚を控えた大森先輩を特に可愛がっていたからかもしれない。
かわいい後輩のために、ご祝儀袋だけはそっと金庫の中に残しておいたのだ。
たとえ、会社が空き巣に入られたとしても、二人の幸せは決して誰にも盗めないということを伝えるために。
僕は、杉村さんがこのご祝儀袋だけをそのまま残しておくことによって、大森先輩を祝福しようとしていたのではないかと考えている。
面倒見が良い杉村さんらしい。
これだけの被害が出ているというのに、何故金庫の中にご祝儀袋だけが残されていたのかということがこれで理解できる。
これは、そのご祝儀袋が誰に渡されるものなのかがわかっていたからこそ、それだけには手を出さずにそのまま残しておくことにより、この結婚の特別感を出すことに成功したサプライズ演出だ。

まったく、杉村さんも手の込んだことをしてくれる。
後始末が大変でしたよ。
それにしても、こんなに派手にやってしまって大丈夫なんですか?
たしかに、これはかなり大掛かりなサプライズ演出になりましたけど、僕たちにしてみれば、杉村さんが犯人だったっていうことの方がサプライズですよ。
そう心の中で呟いた時、事務所のドアが開いた。

「ただいま、戻りました! 大変でしたね!」

外回りから戻ってきた杉村さんだった。
「空き巣に入られたっていうから、外回りキャンセルして戻ってきましたよ!」
そこにはいつもと変わらない頼りがいのある杉村さんの姿があった。
その姿を見た時、僕は自然と、二つ目の可能性はやっぱりなさそうだなと思った。

空き巣被害があった数日後、予定通り大森先輩の結婚式が執り行われた。
杉村さんは、先輩の挨拶として披露宴でスピーチをした。
当然のように、今回の奇跡のような出来事を盛り込んだスピーチになっていた。
杉村さんのスピーチで、会場はとても盛り上がった。
杉村さんも満足気だった。
しかし、披露宴が終わって、二次会の会場に移動しようとしていた時、杉村さんは……。

「結婚式というおめでたい席で、空き巣に入られただなんて、うちの会社の恥になるようなことを言うもんじゃない!」

そう社長に怒られていた。
その姿を見たら、やっぱり犯人は杉村さんじゃないなと確信した。

***

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