愛と天丼の大阪マラソン
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
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記事:中島宏(ライティング・ゼミ平日コース)
「ゴールまで、あとたったの41キロ!」
今年の11月に開催された大阪マラソン。スタート地点の大阪城公園を出てすぐに見かけた応援看板に書いてあった言葉だ。掲げている人は、見かけいかにも素朴という感じの男性。ニッコリともせず、無表情でその看板の隣にポツンと立っている。
「なんでやねん!」
「たったのって、まだスタートしたばっかりや!」
「なんで無表情やねん」
みんなお約束とばかりに、笑いながらその看板と男性に突っ込みながら通り過ぎていく。長い旅のはじまりだ。今年は花曇りで気温も低く、最高のマラソン日和。
過去にフルマラソンは10回走った。10回走って、フルマラソンはしばらくいいかなと最近はお休みしていたのだが、大阪マラソンだけは特別。毎年申込むのが通例になっていて、今年6年ぶりに当選した。
当選確率はかなり低く、かなりのプレミアチケットなので、重い腰をあげて2年半ぶりにフルマラソンを走ることにした。当選が決まった5月ごろから朝のジョギングも再開して、それなりに準備をしての参加だ。
大阪マラソンはお祭り要素の強いマラソン大会である。
大阪城公園をスタートして、普段、絶対走ることの出来ない大阪のメインストリート御堂筋を走り、大阪ドーム、通天閣などの大阪名所をめぐり42.195キロ先の南港のゴールを目指す。コースも魅力的なのだが、走っている人のコスプレや、道中一度も途切れることがない沿道の応援にも、大阪らしく「笑い」がいっぱいあるのがこの大阪マラソンの魅力のひとつだ。
昨今のマラソンブームの火付け役といわれる東京マラソンや大阪マラソンなどの都市型マラソンは、人気でなかなか当選することが出来ない。なので、過去10回走っているマラソンは、抽選のない川沿いをひたすら走るような大会が多かった。42キロにもなる道を閉鎖するということはやはり難しく、マラソン大会は交通規制の必要のない川沿いになることが多いのだ。
この川沿いを走る大会というのは、どうしても単調になる。景色はどこまでいっても同じ、沿道の応援というのも少ない。
これはこれで、ストイックな感じがして好きという人もいるのだが、私はやはりこのヴァリエーション豊かなコースで、応援の多いお祭りマラソンが大好きだ。
何度走っても、42キロを走るフルマラソンというのは過酷である。10度経験した私でも慣れるということはないし、走っている間はかなりキツい。身体のキツさあるが、精神的な辛さもある。この途切れない応援、お祭りムードはその精神的な辛さをかなり緩和してくれる。とくに「笑い」は、その効果も強い。
マラソンを走っていると言うと、走っていない人によく聞かれる質問がある。
「ランニングハイって本当にあるの?」という質問だ。
これは、ある人とない人があるようだ。私のランニング友達に聞くと「そんなのも全く無い!」と言う友人も結構いる。
「とにかく走っている間はしんどいだけ。ランニングハイで気持ちよくなった経験なんて一度もないよ。42キロの間中ずっとしんどくて、もうやめよう、もう歩こうと思いながらずっと走っている」
ということである。
でも、その友人もゴールすると、
「あんなにしんどくて二度とマラソンなんかやるかって思いながら走っていたのに、ゴールして数分すると、もうちょっと練習しよう、次はこうしよう、また走りたいなと思っちゃうんだよね」
とのことである。つくづくマラソンというのは不思議なスポーツだし、そういうところがマラソンの魅力なのかもしれない。
で、私はどうかというと、走っているとすぐ気持ちよくなっちゃうタイプである。
これがランニングハイだとはっきり断定は出来ないけど、10キロも走ると気持ちよくなってきて歌でも歌いたい気分になって来る。「あぁ、気持ちいいなぁ」と小さく声に出してつぶやいてしまうこともあるぐらいだ。
感情も豊かになる。老人ホームの前を通りかかったときに、車椅子姿のお婆さんたちが必死に応援したりするのを見かけたり、他人のことなのに絶叫に近いような声をあげて応援してくれる人を見かけたりすると、ジーンと涙が出そうになるときがある。いや、実際は、ちょびっと涙が流れていると思う。あまり涙を流すなんてことは普段ないのだけど、フルマラソン中はそんな感傷的な気分にもなるのだ。
私の場合そのランニングハイのような感覚が42キロ走っている間、波のように繰り返し生まれたり消えたりする。10キロぐらいで気分がよくなって、15キロぐらいでまた消えてしんどくなって、20キロぐらいでまた気持ちよくなって……と繰り返されるわけだ。そして距離を増すごとに、その間隔がどんどん短くなってくる。30キロを超えたあたりからは、1分ごとに気持ちよくなったり、しんどくなったりの繰り返しとなる。
お笑い好きの人ならよくご存知だと思うが、お笑い用語で「天丼」というものがある。同じボケを何度も繰り返して笑いをとるというお笑いの常套手段だ。漫才などでは、後半になればなるほどこの天丼が加速して、畳み掛けるようにボケをかぶせまくることで大きな笑いが生まれる。そんな漫才のように、マラソンも後半になればなるほど、ランニングハイの天丼が加速していく。
今年の大阪マラソンもそうだった。38キロの大阪マラソン最大の難所と言われる南港大橋の坂を登っている辺りから、疲れのピークがやってきた。ここからは、気持ちよさよりしんどさの方が勝ってくる。あと3キロが本当にしんどい。もうやめたい。歩きたい。なんでマラソンって42.195キロやねん!中途半端やな!40キロちょうどでええやろ!そんな大昔から決まっているマラソンのルールにまで物申したくなるほど、キツくなってくる。それほど最後の2キロがしんどいのだ。
そのときだ、最高の天丼がやってきた。
「ゴールまであとたったの1キロ」
どこかで見た看板だ。そう、スタート直後にいた「ゴールまであとたったの41キロ」の看板を掲げていたあの素朴な男性が、同じ看板を持ってゴール1キロ前に立っていたのだ。しかもスタート直後「41」だった「4」のところに大きくバツ印をし、「1キロ」の部分だけを残して。
最高だ。「天丼」が効いている。さすが大阪。
しかもその男性、相変わらずニッコリともせず無表情。
「なんで無表情やねん」
つぶやくように小さな声でつっこむと、一気に疲れが吹っ飛んだ。笑いがこみ上げてくる。その勢いで最後の1キロをダッシュする。
ゴール。タイムは3時間56分。ぎりぎりサブフォーと言われる4時間ぎり。2年半振り11度目のフルマラソンで、自己新記録更新だ。
大阪マラソン、やっぱり面白い。愛と笑いにあふれている。
ゴール地点で完走の証のフィニッシャータオルをかけてもらいながら、「しんどい、もう走らなくていいんだ」というほっとした思いと、「来年も当選しますように」という思いが心の中で波のように交互に繰り返していた。
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