記憶の中の感情に期限はあるか
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
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記事:橋本真美(ライティング・ゼミ平日コース)
そこには、シンプルな夢と希望が詰まっていて、いつだって心の底からわくわくさせてくれる。
そんなキラキラした思い出、誰にだってあるんじゃないだろうか?
あたしにとって、そのひとつがスマートボールだった。
「スマートボール」という遊びを、今やどのぐらいの人が知っているだろうか?
旧式のパチンコ台を大きくして寝かせたような台に、ピンポン球のような専用の玉を弾き入れ、点数の穴に入れば持ち球が増えていくという至極簡単なルールの遊びで、おそらく家庭用ゲームのまだ普及する以前、子どもたちを夢中にさせた。
子どもの頃、正月になると親戚一同で南紀白浜のハイプレーランドという商業施設に行くのが恒例行事だった。親たちは温泉や観劇を楽しみ、子どもたちはもっぱらゲームセンターにかじりついた。「最近の子は」なんてスマホにかじりつく子をいくら批判しても、きっと対して違いはない。母や叔母から「温泉に行こう」とどれだけ誘われても断固としていかず(なぜか猿と混浴だと思って怖がっていたのもある)大好きだったスマートボールの台に駆けこんでいたのだから。
そんな昔のことを思い出したのは、今住んでいる街にスマートボールの専門店があるからだ。以前から存在は知っていたが、大人になった今、気軽に入ることをためらってしまい、なかなか訪れることができなかった。本当は気になって仕方なかったのに。
そんなスマートボールのお店「ニューホープ」についに行くことができたのは、つい先日のこと。
友人と酒を飲んだ帰り道、その店の前を通りがかり、ノリで「行ってみようよ!」となったのだ。アルコール万歳といったところか。
きっと元は相当カラフルだったであろう程よく色褪せたその店に入ると、4列にわたってビッシリと台が並ぶ。だが、そこであたしたち以外のお客は常連らしき1組だけ。友人はスマートボール初体験で、キョロキョロ挙動不審に見回す。それを見た店のおじさんが「そのへんでやったらええよ」と勧めてくれた台に座った。懐かしのスマートボールを前に胸が震える。友人が恐る恐る玉を弾き始める隣で、あたしもゆっくりと手探りながら、昔の感覚を思い出そうと記憶をたぐる。その違いなのか、よくいう「釘の加減」なのだろうか。友人の手玉はあっという間に少なくなり、代わりにあたしの台は思いんほか穴に入り、少しずつながら玉が減ることなく増えていった。
「すごいねぇ!」と感心する友人の台にちょっとずつ「おすそ分け」しながらゲームは続く。途中、玉が少なくなると台の後ろにおじさんが入って補充する。そのアナログ感すら見ていて楽しい。幾度となくあたしの台は球が入り、そのたびにあたしは隣に球を「おすそ分け」。1ゲームたったの200円。それでかれこれ20分は楽しんだだろうか。ほどほどに2人とも楽しみ「もうなくなるね」と息をついた時、目の前の台に貼られた紙に気がついた。
「他の台に玉を移すのを禁ずる」。
あっと声をあげ、おじさんを見やった。やっと気がついたあたしに苦笑するおじさんに「ごめんなさい! 気づかなくて」と謝ったが、もちろん注意するタイミングはいくらでもあったのだから、おじさんは素人が楽しんでいる空気に水をさす気はなかったのだろう。こういうところも粋だと感じるのは古い人間だろうか?
昨今人気のボルダリングジムやクラフトビールバルの前に、いまだ現役のスマートボール専門店。さらには目と鼻の先には風俗店街がある。その組み合わせもたまらなくおもしろい。シャッター店も多くなり、「昔は人がいっぱいで……」なんて過去の栄光と現在の衰退ばかりが取りざたされる商店街だけど、あたしはまだ捨てたもんじゃない、そう思うのだ。
文明も文化も日々進化し続けている。言語なんで特にそうで、新語、流行語は日々生まれている。メディアにしろ印刷からウェブにどんどん移行し、それまで聞いたことのないカタカナの言葉がいつの間にか当たり間のように行き交うようになってきた。きちんとついていかないと置き去りにされるのではないかという怯えと同時に、その波に流されずにいることも大事ではないかと考える自分もいる。本来頑固者なのであろう。
スマートボール店は複雑なゲームを解き明かす最近の子どもにしたらつまらない場所なのかもしれない。シンプルさよりも、より複雑に。今や遊びにだってそんなことが求められる時代。そんな進化した楽しさを知った今でも、あのシンプルな遊びはたまらなく胸を高鳴らせてくれた。祭りの金魚すくいやヨーヨー釣りのように、また冬の雪合戦のように。難しいことを考えず、ただシンプルに楽しむゲームは単純にわくわくさせてくれる。自分のペースと運で戦えるわかりやすい楽しさを味わえるスマートボール。その爽快感は適度な非日常感を導いてくれている。
再びその店の前を通った。1人でふらりと、というのはちょっとまだハードルが高い。けれど、この店と街の文化を守るためにも、たまに訪れたいなと思ったのは確か。きっと昭和感漂うこの店は、そう思う人たちで支えられ続け、またその人たちを支え続けているのだろう。
きっと次に訪れる日は近い。
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