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プロフェッショナル・ゼミ

毒ガス怪獣、島に上陸し、ニンゲンになる。《プロフェッショナル・ゼミ》


*この記事は、「ライティング・ゼミ プロフェッショナル」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

【2月開講】人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ《平日コース》」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:あさみ(プロフェッショナル・ゼミ)

「あああああああ! もおおおう!! どこか遠くに行きたい!!」

金曜日の21時。
私は会社のデスクで鬼のように書類を作りながら発狂していた。
今日もランチはコンビニ弁当。夕食もコンビニのおでん。昨日も終電帰宅だったので朝起きられず、朝ごはんもデスクでコンビニのサンドイッチだ。私の体臭はサークルKサンクスのにおいに違いない。

繁忙期のこの時期は毎日終電。それに入社8年目にもなると、社内調整やら、会議やら、なんやらかんやら面倒なことが増えてきて、自分の仕事に取り掛かれる時間はだいたいが21時過ぎてからだった。終電まで居残りしても「今日の仕事終わったー! 一杯やるぞ~」とすがすがしく帰宅できる日なんて皆無だ。文句だって言いたくもなる。

「わかりますわかりますわかります」
隣の席で3つ年下の後輩女子が、ものすごい勢いでキーボードをたたきながら、ものすごい勢いで同意する。
彼女の企画は今が大詰めだ。
「どこか遠くにいったら楽になりますかねえ!!」
企画書をタイプする手は止まらない。

「もうダメだっ! どこかに行かないと私は壊れる!」
カタカタカタカタカタカタ
「私もです!」
カタカタカタカタカタカタ
「なんなのこの仕事の量! これじゃニキビが一生なおらない! 顔中ニキビになるっ!」
カタカタカタカタカタカタ
「会社の中じゃない空気が吸いたいですっ!! もうパワポは見たくない!!」
カタカタカタカタカタカタ

アラサー女子ズの不満は止まらない。
そこに「部長から差し入れでーす」と若手男子が段ボールを抱えてやってきた。
後輩女子と連れ立って段ボールのそばにいくと
「金曜日まで残業お疲れ様」と書かれたコピー用紙と一緒に入っていたのは、まさかのカロリーメイトとウィダーインゼリー。そしてコンビニに売っているパックのスムージー。

私は絶句した。

これって、もっと働けってこと!?
マーケティング部の部長が社員の心動かせなさすぎやろ!
アラサー女子がカロリーメイトもらってやる気だすと思うなって!
あ、スムージーが女子向けのやつか!? サークルKサンクスの食料は体内で飽和しとるわ!
こういうときはゴディバのチョコレート、せめてミスドのドーナツやろ!!

「ダメだ。もう完全に心折れた」
後輩女子も呆然と段ボールの中を見つめていた。
「私もです。もう無理です」

「よし、島に行こう」
私はつぶやいた。
深い考えがあったわけじゃない。とにかく陸から遮断されたかったのだ。
「そういえばこの前テレビで“おもてなしの島”っていうのやってました。長崎の小さな離島だったと思うんですが、島民全体が旅人を大歓迎してくれるみたいですよ。民泊って言って、民家に泊まって島民たちと一緒に暮らす、ホームステイみたいなのができるみたいです」
「もうこんなビル暮らしいやだ、島暮らししたい。よし、そこ行こう」

私たちはすぐにスケジューラーを開き、会議が無い金曜日と休日出勤しなくてよさそうな土日を探した。いくら発狂していても、仕事に穴をあけて逃げ出せないのがまじめな我々のいいところでもある。小心者なのだ。

その日から約1か月後の12月の金曜日。
私と後輩は無理やり仕事にケリをつけ、長崎空港まで逃げるように飛んだ。そこからバスで佐世保港まで1時間半。その後、フェリーで約3時間。ひたすら仕事の毒を吐き続け……。
ようやくたどり着いたのは長崎の五島列島にある「おぢか島」という小さな島だ。

着いたのが夜だったので、民泊先のお父さんが車で迎えに来てくれていた。
「よう来たねえ、遠かったろう~」
「よろしくお願いします」という挨拶もそこそこに、白髪まじりのお父さんは真っ暗な細い小道をぐんぐん車で走っていく。私の父母より少し年上くらいだろうか。
「もう夜やけん商店もなんも閉まっちょるけんね、コンビニも無かけん、家でご飯食べてゆっくり休むとよ」

家に着き車を降りると、家の前ではお母さんが首を長くして待っていた。
「寒かったろう、はよ入り」
私たちが通された広間には、たっぷりのごちそうが準備されていた。
お刺身、煮物、てんぷら、から揚げ、ビール。
ストーブのにおいと、潮のかおりのするごはんのにおいを思いっきり肺に吸い込むと、長旅の疲れがいっきに吹き飛んだ。

乾杯をして、すぐに4人で宴会が始まる。
何を食べてもおいしかった。
私は一口食べるごとに「う! うまい!」と声をあげてしまうので、そのたびにお母さんに笑われた。

緊張をする間もなく、お父さんとお母さんのニコニコに促され、いろいろな話をした。
私たちは仕事のことや家族のことを話し、お父さんとお母さんに島の話を聞いた。
そして、「明日1日何をしようね」という計画を4人でわいわい練った。
畑に出たり釣りをしたりしたいと言うと、お父さんが手伝ってほしい畑仕事があるという。お母さんが、こんなきれいなお嬢さんたちをあまり連れまわしたらいけんよ、と少したしなめる。私たちは、なんでもやります、むしろやりたいですと答えた。会社では見せない積極性だ。
「ゆっくり休んで」と言っていたわりに話がはずみ、布団に入ったのは深夜0時半だった。

次の日、朝ごはんを食べ終わるとさっそくお父さんは
「長靴とジャンパー出しちょったけんね、玄関においでね」
と畑仕事に私たちを連れて行く。

まずはイチゴの苗を植えるという。畑を耕し畝を整えて穴をあけ、そこにひとつひとつイチゴを植えていった。最後に支柱を丁寧にさしていき、全体をビニールで覆う。ふう、やれやれ一仕事。
息をつく間もなく軽トラの後ろに乗せられ、今度は別の畑へ。じゃがいもと大根を大量に掘り起こし、泥をきれいに洗い流す。12月の水はとても冷たく2人ともすぐに手が真っ赤になった。
まだまだ午前中の仕事は続く。今度は倉庫に行って、収穫されていた落花生の殻をむく。「寒かね~」なんて話しながら、3人でもくもくとむく。もくもくもくもく。指先がかじかんでくる。
「よし、これくらいでよか」
ボールいっぱいの落花生がむけたところで、軽トラックに乗って家に戻った。気づけばお昼になっていた。

お母さんがじゃがいもと大根とボール一杯の落花生を持ったどろだらけの私たちを見て「まあ、落花生までやってくれたん? 寒かったろうに疲れたろう」と驚いていた。
どうやら私たちは昨夜の積極性が認められ、想定以上の畑仕事を仰せつかったらしい。確かに疲れたけれど、頭ではなく体の疲れは心地よくもあった。

昼ご飯は皿うどんと、鯛のあら汁。
ふうふうとお椀をすすっていると、お父さんが炒りたての落花生を持ってきてくれた。
「自分でやったやつはうまかろう」
落花生はほくほくの熱々でおいしくて。あんなに時間をかけてむいたと思うともったいなくて大事に食べた。

「午後からは畑仕事はもう十分やけん、レンタサイクルで島ば見てまわり。海がきれいとよ」
お母さんの提案で、私たちは自転車で海を見に行くことにした。

港で自転車を借りて、民家の間を通り抜ける。
すれちがうおばあちゃんや子どもたちと「こんにちは」とあいさつをする。
町を抜けたあたりでパトカーに乗ったお巡りさんが「どこ行くとね~?」と声をかけてくれた。
目的地を伝えると「そりゃあっちの道まっすぐじゃけんね」と教えてくれる。
小さな島の一本道を風をきって自転車で走ると、海のにおいがますます濃くなった。車道には「牛注意」の看板こそあれ、車は1台も通らない。
下ったり登ったりを繰り返して漁港を過ぎ、今は使われていないおぢか空港を通り抜け、海の見える神社を目指した。
広場に自転車を止めて石段を上ると、鳥居の向こうに広い広い冬の海が開けていた。穏やかな五島の海は白波も立たず、雲の影と向こうの島の影を映して静かに揺れている。

「この島に嫁ぐのありじゃない?」と後輩に言うと
「ありですね」と後輩も即答した。

自転車を返しに港まで返ると、行きに出会ったお巡りさんとまた出会った。
「行けたかね? 心配しちょったとよ」
きっと私たちが帰る頃を見計らってうろうろしてくれていたのだろう。
「はい! すごく素敵なところでした!」とお礼をいうと「そりゃよかったと」と返してくれた。

家に戻ってお母さん手作りのお団子をいただいていると「夕飯調達に行くとよ」とお父さんが呼びに来た。
再び軽トラにのって、アジを釣りに海にでかけた。
針がいっぱいついた竿は慣れるまでは少し難しかったけれど、初心者の私たちでもすぐにアジを釣ることができた。夕凪が気持ちいい。
猫が3匹寄って来る。
「こまいのは猫のご飯とよ~」
お父さんが小さなアジは全部猫にあげている。私たちが釣ったアジは半分くらいが猫たちのご飯になった。

その日の夜はアジのお刺身とフライ、それにポテトサラダと大根の炊いたやつ。自分たちで調達した夕飯はめちゃくちゃおいしかった。
お風呂に入って布団で休んでいると「まだ寝るには早かろうに。二次会始めるけんおいで」と呼ばれて、結局また夜遅くまで宴会をした。

あっという間の2泊3日だった。
あっという間に帰りのフェリーの時間。
港までお父さんとお母さんと、パトカーのお巡りさんがお見送りにきてくれた。

「またおいでね」
「イチゴ植えたけん、春ごろに食べにおいでね」
お父さんとお母さんは迎えてくれたときと同じ笑顔で見送ってくれた。

フェリーが出ると、3人は大きく手を降ってくれる。
船が遠くなって3人の姿が小さくなればなるほど、ますます手をびゅいんびゅいん振り回してくれている光景に、なんだかグっときてしまう。

畑でたっぷり働いたなあ。それに、たっぷり食べたなあ。
島で過ごした1日を振り返る。
おかしいな、働きたくなくて島に逃げて来たはずなのに。
働くのが楽しかったなんて。

あれ、働くって、楽しいことなんだっけ。

そうだ、働いたり、食べたり、キレイなものを見ることは楽しいことなのだ。
さらに一緒に時間を共にする仲間がいればそれだけで人生は最高なのだ。

島に行くまでの私にとって、働くことや食べることは単なる消費の一部に過ぎなかった。
夢があって入社した会社なのに。
いつから仕事を我慢をお金に変える道具にしていたのだろう。カロリーを摂取するためだけの食事をしていたんだろう。一緒に働く仲間に文句ばかり言うようになったのだろう。値段が高いものを素晴らしいと思うようになったのだろう。
雨の日も晴れの日も同じパーカーを着て季節もわからからなくなっていた。

わき目もふらずに仕事をしているうちに、私の暮らしは歪んでしまっていたのだ。
ただただ不満を言いながら暮らしていた。
そうして、しゃべるごとに毒ガスを吐き続ける怪獣のできあがり。

そんな毒ガス怪獣を温かく受け入れてニンゲンに戻してくれたのがおぢか島だった。
おぢか島は「おもてなしの島」だ。
でも、それは、高級リゾートでお金を払って受けるおもてなしとは違う。
ヨソモノではなく、島に暮らす人として受け入れてもらい、一緒に働いて食べて寝る。
それが、この島の、心のこもったおもてなし。
自然の恵みと暖かい人に囲まれた豊かな暮らしは、怪獣をニンゲンに戻してくれたのだ。

フェリーに乗ったおしゃべりな女子2人は、来たときとはうってかわって押し黙ったまま遠くなっていくおぢか島の輪郭をじっと見ていた。
わけもなく涙が出そうになっていたのは、きっと後輩女子も同じだっただろう。

旅の帰路で
「ああやだな、現実に帰りたくない」じゃなく
「明日もガンバロウ」と思った旅行は、
これが初めてだった。

翌日、私も後輩も元気よく出社し、休んだ分を取り戻すようにバリバリと働いた。
やっつけでとりあえず決済をもらう企画書じゃなく、やりたいことを書こう。そんな話を朝から2人でしちゃったもんで、前の席に座っていた課長が目を丸くしていた。

その日の夜にも部長から差し入れが入る。前回の差し入れに誰かがクレームをつけたのか、今回はミスドのドーナツだった。

が……、箱の中は全部「ポン・デ・リング」。

おぢか島に行く前の私なら、そこは毒ガス怪獣。
「全部ポン・デ・リングなんてありえない! どれにしようか選ぶのが楽しいのに。マーケティング部の部長のくせにまったく心を掴めてない!」と不満をたらたら言っていたことだろう。

でも、今の私は、心を洗濯したニンゲンだ。
「部長なりに気遣ってくれたのかな。違う種類のドーナツだとケンカになるもんね。なんにしてもこの時間の甘いもの、ありがたいね」と自然と感謝が口に出る。
後輩も隣の席で「おいしいですね、ポン・デ・リング」とほうばりながら、カタカタカタ♪と企画書に向かっていた。

毒ガス怪獣になってしまったときこそ、
現実逃避をするんじゃなく、人間らしい豊かな暮らしが必要なのだ。
おぢか島が教えてくれた。

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