小さなモンスターたちとの戦い
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
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記事:中村雪絵(ライティング・ゼミ日曜コース)
失敗した、と思った。
軽い気持ちで演技講師をやろうだなんて思っていたけれど、そんなに甘い世界じゃなかったと、その日の私は絶望していた。
当時、役者も演出家も10年以上やっているのにそれだけでは生活できず、活動も中途半端で行き詰まりを感じていた私は、なんでもいいから『仕事』が欲しかった。
先輩に、
「あんた面倒見がいいし演出もやってるから演技講師向いているんじゃない?」
と言われて、素直にそうかと思いやってみることにしたが、
教えるどころか、こちらの話を聞いてもらうことすら困難だった。
私が最初に担当したのは全員3歳児の、通称『モンスタークラス』だった。
わざと床にジュースをこぼす子、お母さんから離れると泣きじゃくって全くレッスンにならない子、
ひたすら自分の話をしてくる子、延々と走り回る子、まったく声が出せない子。
演技や演出の経験はあれど、子どもたちの指導なんてやったことがない。ましてや全員モンスターだ。
初回レッスンは誰も話を聞かないし、当然何もやらなかった。その日の最後の挨拶、
「はい、お疲れ様でした。ありがとうございました」
の虚しさは筆舌尽くしがたいものがある。誰も疲れてない。疲れたのは私だけで、こいつらはただ遊んでいただけだ。
何もやっていない。あいつらがわーわー暴れて、わーわー泣いていただけだ。
たった5人のクラスなのにまとめることも、話を聞いてもらうこともできず、ただ私はそこに呆然と立っていることしかできなかった。
虚しさと悔しさがこみ上げて涙になってくる。私はモンスターたちを心の底から恨んだ。子供なんか大嫌いだ。呪ってやりたい。
あいつらに思い知らせたい。演劇は最高に面白いものであり、話を聞かなかったお前たちは愚か者だと気付かせて、
泣くほど後悔させてやりたい。ぼくたち、わたしたちがまちがっていました先生ごめんなさいと言わせたい。
絶対にあいつらを演劇にハマらせて屈服させてやる。私は取り憑かれたかのようにレッスンの内容を見直し練り直した。
そして、まずは興味を持たせるところから初めよう、と思った。
次のレッスンでは『だるまさんがころんだ』でストップモーションの練習をやり、
三回目のレッスンでは『リアルままごと』で役作りを学ばせた。暴れん坊も泣き虫も、少しずつレッスンに関心をもつようになってきた。
四回目のレッスンでようやく脚本を使うことにした。
『私や保護者がやらせたい脚本』ではなく『子どもたちが興味をもつ脚本』を毎レッスンごとに書き下ろした。
『実際に使える仮病のコツ』や『お母さんにわがままを通す方法』『上手に許してもらう謝り方』など、
保護者からクレームが来そうな脚本ばかりだったが、子どもたちはらんらんと目を輝かせて脚本を読み、どんどんセリフを覚え、しっかりと体得していった。
全員が私の話を聞き、全員が一丸となって演劇に取り組むようになっていった。ほれ見たことかモンスターよ!
私はほくそ笑んだ。私はこのいけ好かないモンスターどもに勝ったんだ。と、そう思ったのだが、ゆずちゃんだけはそうはいかなかった。
暴れん坊と泣き虫しかいないクラスの中では、ゆずちゃんは優等生だった。落ち着きがありレッスンのジャマをすることはない。
しかし、ゆずちゃんはセリフの練習になると黙りこくって、いつも泣き出してしまっていた。
「あの、先生、お忙しいところすみません」
ゆずちゃんのお母さんに深刻な顔で呼び止められた。これはクレームだな、と覚悟して、
「はい」
と振り返る。するとお母さんは申し訳なさそうに、
「ゆず、幼稚園で友達に『ゆずちゃんの声、へん。こわーい』って言われてから、大きな声が出せなくなってしまったんです。
だから、先生に意地悪しようとしてわざと声を出さないとかそういうことではないですから。本当、ご迷惑かけてすみません」
お母さんの後ろからゆずちゃんがちょこんと顔を出した。悲しそうな顔をしていた。
「ゆずちゃん。レッスンはどう? ひょっとしてきつい?」
ゆずちゃんは首を横に振る。私はゆずちゃんの口元に耳を持っていき、
「じゃあ、先生だけに聞こえる小さな声でいいからゆずちゃんの気持ちを聞かせて」
と言ってみた。するとゆずちゃんは恐る恐る私の耳元で、
「うん」
と言う。とても小さな声だったけれどしっかり聞き取れた。少しハスキーな声だった。なるほど、それでからかわれたのか。少し怒りも湧いてくる。
「ゆずちゃん。セリフ、言ってみたい?」
ゆずちゃんは複雑そうな顔をした。そしてとてもとても小さな声で
「いってみたい、けど」
と、もじもじしながら答える。
「小さい声でいいから言ってみて」
私がそう言うとゆずちゃんは意外そうな顔をした。そしてその顔は緊張の面持ちとなり、とてもとても小さな声だったけれどはっきりと、
「おかあさん、おなかいたーい」
その日のレッスンでやったセリフを言ってくれた。覚えてくれていたのだ。
「ゆずちゃん、上手だよ! 小さい声でいいから、来週からはセリフの練習もしようね」
するとゆずちゃんはとてもうれしそうに笑った。
それから、ゆずちゃんと私の『こしょこしょレッスン』が始まった。
とても小さい声だがセリフのニュアンスや捉え方など、ゆずちゃんはなかなかセンスが良かった。他の子供達は最初、
「ゆずちゃんばっかりずるい」
と言っていたが、ゆずちゃんが真剣に取り組んでいることに気づいてからは、
「ゆずちゃんのセリフききたい。わたしにもこしょこしょして」
と言うようになった。そうしてゆずちゃんは、こしょこしょ声なら全員とセリフをやりとりすることができるようになった。
気づけばそこにいるモンスターどもはみんな天使になっていた。
演劇がなかったら、講師をしていなかったら、レッスンすることを諦めていたら、子供が嫌いなままだっただろう。
そのクラスを担当して、演技講師はハードな仕事であることと、モンスター級に面白いことを知った。それから5年が経ってもなお、私はその仕事に夢中である。
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