V6になりたかった息子 ~彼が本当になりたかったものは~
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記事:岸川仁美(ライティングゼミ10月平日コース)
「大きくなったらV6になるけん」輝くような笑顔で息子は言った。
両手にクレヨンを握りしめ、お得意のウルトラマンを紙からはみ出そうな勢いで書きなぐる彼はもうすぐ3歳の誕生日を迎える。
意外。うかつにも気づかなかった。息子がジャニーズにあこがれているとは。
ママ友にもジャニーズ好きは多い。私もアイドルに興味が無いとは言わない、しかし私は本来ロック派、呆れ顔の夫を尻目にローリングストーンズに会うために福岡ドームまで足を運んだのは妊娠6か月のときだった。おぉ、愛しのミック様、ロックの英才教育は不発に終わりそうです。と心の中で独りごちた。
まぁいいや。でも、もし息子がジャニーズだったら……一瞬の妄想だったにもかかわらず、思わず頬が緩んだ。
「あのね……」V6には入れないことを説明しようとしてやめた。幼子の夢だ。いずれこの夢も他の何かに変わるはずだからと。
当然の話だが、この時、私には想像できるはずもなかった。
15年後、金色に輝く髪と黒い細身のスーツに身を包んだ彼が、ストーンズを口ずさみながら颯爽と大学の門をくぐり入学式に出席する姿を。卒業までの4年と半年、学業そっちのけでバンドに明け暮れる日々を。そう、ロックの英才教育は間違いなく活かされたのだ。
1996年の冬のこと
私は息子と歌番組を見ながら、彼のアイドルであるⅤ6の出番を待っていた。
じっとテレビ画面を見つめる息子。おまちかねのV6の登場だ。さっきまで夢中で遊んでいた怪獣たちはさびしげに床に転がっている。
曲が始まると彼はおもちゃのマイクを握りしめて、大声で歌いながら部屋の中ををぐるぐると走り回る。でたらめな歌詞、聞き取れるのはサビだけだ。しかし、なんと我が子のかわいらしいことだろう。世の中の母親とは、皆おしなべてこのように親バカなのであろうかと思いながら、心底幸せな気分で息子を眺めた。
V6の曲が終わると、まるで糸の切れたマリオネットのように床に座り込む。
「おかあさん、今日も変身せんかったね」と息子。
「?」
「あ~、ダイゴの変身、見たかった~」よく見れば、右手に握られていたのはマイクではなく、おもちゃの変身アイテムだった。
「!」なるほど、謎は解けた。
この年、我が家には息子を中心に空前のウルトラマンブームが到来していた。
毎週末の夕方には「ウルトラマンティガ」にくぎ付け。家族全員がビデオでも繰り返し見せられ、即席のウルトラマン劇場は毎日上映、息子はティガ、私は隊長、妹は怪獣を主に割り振られた。
ここで問題のV6の登場だ。
ウルトラマンティガの主人公「ダイゴ隊員」を演じるのはⅤ6メンバーの一人「長野博」くん、その人であった。
ここからは息子との会話からの推測である。
3歳の彼は大きくなったらウルトラマンティガになる決心を固めた。
そうして考えた、どうすれば自分もウルトラマンティガになれるのだろう?
変身するのは「ダイゴ隊員」だ。どうすれば「ダイゴ隊員」になれるのだろう?
ある日、彼はテレビの中で「ダイゴ隊員」を発見した。
いつもと違う格好だし、変身はしていない、していないけれど、あれは確かに「ダイゴ隊員」だ。
きっと、3歳の彼の頭の中は以下のような構図ができたのではないか?
V6に入る=ダイゴ隊員(長野博くん)になる=ウルトラマンティガに変身できる。
おそるべし3歳児の不思議な思考回路に母は只々感心するばかりだった。
3歳の彼が本当になりたかったもの、それは光り輝くアイドルⅤ6の一員ではなく、光の戦士「ウルトラマンティガ」その人だった。
ウルトラマンティガは翌年の夏、惜しまれながらも最終回を迎えた。
悲しみも束の間、その後も毎年、新しいタイプのウルトラマンが登場し、そのたびに彼のヒーローと装着する変身アイテムは変わり、隊長役の要請はとうに無くなっていた。
時は流れ、小学生になった彼は友達も増えて興味の対象は昆虫や恐竜に変わっていった。
いつしか電子音の鳴る変身アイテムと愛してやまないはずのウルトラマンや怪獣たちは押し入れの片隅に追いやられてしまっていた。
彼は順調に成長していった。自転車を乗り回し、友達とサッカーに明け暮れた。
順調に反抗期を迎え、絵にかいたような中2病にかかり、そのまま思春期を迎えた。
中学で念願のベースを手に入れて、高校で仲間とバンドを始めた。
とりあえず大学には入ってみたものの、目標が見つからないまま、いっそのこと退学してしまおうかと悩んだりもした。
インターンシップでわかったことといえばスーツを着たサラリーマンには向いていないということ。そう、バンドと音楽無しの生活は考えられなかった。
彼はⅤ6にはならなかった。いや、なれなかった。
1997年の春のこと
あいかわらず歌番組で「Ⅴ6の長野博くん」こと「ダイゴ隊員」が変身する気配はなかった。
あきらめきれない息子はつぶやく「やっぱり今日も変身せんね……」
慰める言葉もみつからず、とっさに「怪獣が出てこないからね」と私。
息子は、ふいに目を見開いて私を見つめた。そうか、怪獣がいないと変身する必要はないのだ。
ようやく納得できる答えを見つけた彼はテレビに視線を移して言った。
「怪獣がきたら、僕がおかあさんを守るけんね」
子どもは3歳までに親孝行を終えるという言葉の意味を教えてもらった瞬間であった。
もちろん本物の怪獣は現れることはなかったが、その言葉どおり彼は私を守ってくれた。
たとえ幼くとも、息子の存在自体が、常に母である私を支えてくれた。
息子よ、君はⅤ6にもウルトラマンティガにもなれなかった。いやならなかった。
君がこれから何者になるのか誰にもわからない。
ただ何者になろうとも、母である私にとって、君はずっと応援し続けたい永遠のアイドルであり、私を守ってくれるヒーローなのだ。
君はこれから先、どんな色の輝きを、変身を見せてくれるのだろう。
お楽しみはこれからだ。
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