プロフェッショナル・ゼミ

私が、ジュンを悪い子に育てたい理由《プロフェッショナル・ゼミ》


*この記事は、「ライティング・ゼミ プロフェッショナル」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:高浜 裕太郎(プロフェッショナル・ゼミ)
※このお話はフィクションです。

「ねぇ、ママ! 見てみて!」
ジュンは本当に良い子だった。出来た子だった。私なんかから生まれたなんて、信じられない程良い子だった。
愛嬌もある。頭も良い。顔も良い。優しい性格だった持ち合わせている。まさに非の打ちどころのない子だった。まるで水晶のような子供だった。透明感もあって、角が立つような側面も無い。「理想の子供像」を絵に描いたような子供だった。
「あぁジュン、あなたはなんて良い子なのかしら」
普通の家庭なら、可愛くて仕方のない子だろう。褒めちぎりたいし、周りに自慢した子だろう。私だって、彼が望むものなら、何でも買ってあげたくなってしまう。

けれども、私は彼をそんな子に育てた覚えは無かった。いや、そんな子に育って欲しくは無かった。
「出来た子供」なんて、私は望んでいなかったのだ。

「ねぇ、ママ! テストが帰ってきたよ!」
ジュンが、まるで自分の宝物でも見せるかのように、ランドセルからテストを見せる。見ると、点数の欄に「100」の文字があった。つまり100点である。
いくら小学生のテストとは言えど、100点を出すのは、なかなか難しい。この点数が、ジュンが、改めてジュンが優秀であることを証明した。
「先生もね、今回のテストで100点取るのは凄いって言ってた!」
私はふとジュンの顔を見る。その目は、キラキラと光っていた。瞳は、ガラスのように透き通っていた。けがれの無い目。その目が、今からママから褒めてもらえることを期待していた。
「これだけ褒められる要素を詰め込んだのだから、今日は褒めてくれるよね?」とでも言わんばかりの顔だった。
けれども、私はその期待を踏みにじった。
「パシッ」
自分でも驚くくらいのスピードで、平手打ちが放たれた。それは、ジュンの柔らかい頬目掛けて、まるで矢のような速度で放たれていった。
「っ!」
ジュンは、私がぶった方向を向いている。ジュンの少し長めの、サラサラとした髪が、ジュンの顔の動きに合わせて、少しなびいた。
こちらから、ジュンの表情を読み取ることは出来ない。どんな顔をしているのだろうか。ぶたれてから数秒間、ジュンはこちらに顔を向けなかった。
「っ……」
しばらくの後、ジュンはこちらに顔を向けた。「またダメだったか」と今にも言わんばかりの表情だ。その表情からは、明確に失意が読み取れた。

なぜ怒られるのだろうか。普通の家庭なら、テストで良い点数を取ると、褒められるだろう。ジュンも、クラスの友人から、「テストで良い点数を取ると、褒めてもらえる」という話は聞いているのだろう。そうだ。普通はそうなのだ。私だって、ジュンを褒めたい。だけど出来ない。
ウチは、普通の家庭じゃないから。

「ジュン君は本当に良い子なんですよ!」
担任の先生が家庭訪問に来た際に、ジュンのことをこう言った。
「この前も、いじめられている女の子がいたんだけど、その子を守ってあげたんです。」
私の隣に座っていたジュンが、少し笑みを浮かべる。「先生、余計なことは言わないでって言ったでしょ」とでも言わんばかりの顔だ。恥じらい半分、照れ隠しが半分といったところだろうか。
「はぁ……」
私は先生の言葉を、さして興味が無い風を装って聞いていた。「いえいえ、うちの子はそんな出来た子じゃございません」なんて言って、否定するのもおかしな話だと思ったし、かといって、ジュンが「良い子」であることを肯定はしたくなかった。
まるで、校長先生の長話でも聞いている風に見えたのだろう。先生も若干、戸惑っているように見えた。

先生が帰った後、私はジュンの顔をおもいっきり引っぱたいた。
「いたっ!」
普段は、ぶたれても痛いなんて言わないジュンだったが、この日は珍しく痛いと言った。
ジュンは、戸惑った表情をしている。当然だ。今、先生は、間違いなく我が子を褒めて帰った。「ジュン君は本当問題ばっかり起こして……」と言って帰ったわけではない。褒めて帰ったのだ。普通に考えたら、ジュンがぶたれる要素はどこにもない。
それでも、私はジュンをぶたなければいけなかった。それが、「この家」に生まれたジュンの宿命だったから。まるで、蛙の子は蛙であるかのように、私の子は、私に似た子じゃなきゃダメなのだ。

正直、自分でもどうかしていると思う。こんな振舞いを続けていたら、いつかジュンはどうかなってしまうのではないだろうかとも思う。歪んで、不良の道へと進んでしまうかもしれない。
けれども、それで良かった。いやむしろ、その方が「私の子」らしかった。

今から15年前、ジュンが生まれる8年前。私はある人を殺した。
その人は、私の近くにいた人だった。その人は、殺すまでもない人だった。その人は、私にとって、どうでもいい存在だった。
そう、私は自分の母を殺したのだ。
もう殺すまでも無いと思った。高校を出て、1人でちゃんと働いて、家も出て、もう母とは縁を切ったつもりだった。
けれども、私の奥底には、母への怒りが消えていなかったのだろう。ひょんなことから、私の心の黒い炎が再燃した。
私は、母に虐待を受けていた。
小学生の頃から、暴力を受けていたし、何をしても怒られた。「お前、本当は私の子じゃないんだよ。だから私は、お前のことなんて大嫌いだ」と、毎日のように言われた。
おそらく、それは本当だったのだろう。私と母は、血が繋がっていない。けれども、母が私を引き取ることになった。それから、私と母の共同生活が始まったのだ。
高校に入ると、アルバイトを始めた。少しでもお金を貯めて、早く自立したかった。一刻も早く、あの家から出たかった。アルバイトを始めて、少しでも社会に触れると、自分が早く大人になれるような気がした。だから、夢中でアルバイトをした。もちろん、給料が貰えることも嬉しかった。
けれども、私が給料を貰い始めると、母は私の財布から、お金を抜くようになった。まともな仕事もしていなかった母だ。どうせ、遊ぶ金が欲しかったのだろう。
そのことで何度も喧嘩した。家の壁には、まるで銃撃戦の後のような穴がいくつも開いていた。その穴が、この家庭の凄まじさを物語っていた。

そして高校を卒業してから、1年後、私は犯罪者になった。
その「スイッチ」が入ってしまったのは、ある日のことだった。仕事を終えて、いつも通り、自宅のあるアパートへ帰ろうとしていた。
自宅付近になると、なんだか心がざわつき始めた。今思えば、あれは一種の予感のようなものだったのかもしれない。いつもは、ゆっくりと歩きながら帰るのに、その日ばかりは、足早になっていた。

自宅のあるアパートの鍵を取り出して、急いで開ける。焦っているせいで、上手く開錠出来ない。
やっとの思いで開錠すると、そこには、普段いないはずの母がいた。
天井には、ホームセンターで買ってきたのだろうか、頑丈なロープがあった。窓を見ると、割られた形跡があった。おそらく、そこから侵入したのだろう。
「あっ……」
最初、母の姿を見た時、状況を理解することに時間がかかった。何か言わなければいけない。けれども、上手く言葉を紡ぎだせない。私は、まるで金魚のように、口をパクパクとしているだけだった。
そんな私の姿を見た母は、「フッ」と鼻で笑った。憐れむような、軽蔑するような目をしていた。
「どうせ死ぬんなら、あんたに迷惑をかけてから死のうと思ってね」
母は、攻撃的な口調でこう言った。この言葉を聞いて、「そうか、母は自殺をしようとしていたのか」とようやく理解することが出来た。
「なんで……?」
私は何に問いかけたのか、自分でもよく分からない。なぜここで自殺をしようとするのか。そもそもなぜ死のうとしているのか、様々な疑問が、頭の中を、光のような速さで駆け抜けていった。
母は、待ってましたと言わんばかりの、ひと際強い口調で、まるで唾を吐くような顔をして、私にこう言った。
「あんたが憎いからさ!」
その瞬間、私の中で、何かの糸がプツンと切れた。おそらく、理性の糸だ。私の中の黒い炎を、抑えてくれていた理性が、今プツンと切れたのだ。
気付いたら私は、母の胸ぐらへ掴みかかっていた。「どうせ死ぬんだったら、私がお前を殺してやるよ!」なんて言ったかもしれない。
正直なところ、理性の糸が切れた後のことは、明確には思い出せない。ただ、気が付いた次の瞬間は、母は目の前で死んでいた。ホームセンターで買ったと思しき丈夫なロープで絞殺されていた。

そこから15年、未だに捕まらずに、私はのうのうと生きている。
果たして自分に生きる資格なんてあるのかどうか分からなかった。自分の心の弱さを隠すために、男遊びもした。そんな中で生まれたのが、ジュンだった。
ジュンを身籠った当時、中絶しようかとも考えた。けれども、1度殺人を犯した私に、2度目は許されなかった。自分が許さなかった。
だから、生まれる子が不幸になることを覚悟して、私は子供を産んだ。
それなのに……それなのに……。
ジュンは良い子に育ってしまった。成績も優秀。顔も良い。性格も優しい。一体誰の遺伝子を受け継いだのかと疑問に思うくらい、良い子だった。けれども、私の子としては「0点」だった。
ジュンが良い子であればある程、将来への可能性が出てくる。それは、夢となって、ジュンに大きな力を与えるだろう。
そうなった時に邪魔になるのが、私という「母」の存在だ。
私が殺人を犯したという事実が、これから知られる可能性だってある。そうなると、ジュンは「殺人犯の息子」というラベルを貼られてしまう。そのラベルは、彼の将来を大いに邪魔をすることだろう。仮に、彼がどれだけ優秀でも、そのラベルのせいで、彼という人間が見られることもなく、無用に苦労を重ねてしまうかもしれない。
そう、彼が良い子では困るのだ。彼が良い子であればある程、彼は苦労を重ねることになる。
彼のそんな姿を、私は見たくなかった。
もし彼が、どうしようもない不良に成長したとすれば、どうだろうか。「あぁやっぱり、犯罪者の子は犯罪者なんだな」と世間から見られるだろう。私は、彼にとっては、そう思われた方が幸せなんじゃないかと思った。だから私は、ジュンが「良い子に育たないように」育てた。テストの点数が良ければ引っぱたいたし、学校で優れた振舞いを見せても、引っぱたいた。

正直、こんな育て方じゃいけないと思うこともある。そもそもの間違いは、私が母を殺してしまったことから始まったということも、頭では理解している。
けれども、今となっては、それもどうしようもない。ジュンには、なるべく幸せになってもらいたい。「私の子」として生きるための方法を、身につけてもらいたい。その為に必要なのは、優れた成績でも、優しい性格でも無く、「犯罪者の息子」としての態度だった。
だから私は、ジュンにそのことを、身をもって教えてきた。

時々、罪悪感に押しつぶされて1人で泣いてしまうことがある。なんと無責任な涙だろうかと自分でも思う。おそらく、私が流す涙は、真っ黒だろう。心の中の黒い感情が滲みだして、墨汁のような色をしているだろう。
そんな時、私に寄り添ってくれる人がいる。ジュンだ。私が泣いていると、「ママ、どうしたの? 大丈夫だよ」と心配してくれる。
あぁ、なんて良い子なのだろうか。私の子らしくない。蛙の子は蛙でなければならないのに……。
そんなことを思いながら、私はそっと、ジュンを抱きしめた。

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