プロフェッショナル・ゼミ

あとどれくらい命を救ったら、あなたは私を許してくれる?《プロフェショナル・ゼミ》


*この記事は、「ライティング・ゼミ プロフェッショナル」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

【2月開講】人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ《平日コース》」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:ノリ(プロフェッショナル・ゼミ)

「うわあああっ! これ、これ! いい!」
「うわー……、ほんと好きだよねえ……」
花屋で思わず大声を出してしまった私に、友人のケイは若干、いや、かなり、引いているようだ。
それは、お正月休みで混み合う、周りの人の目線が痛いから、だけではなかった。
「またそれなの? 本当にいいの? この間ダメだったって言ってたよね?」
「うん、いいの! 今度はなんとかなると思う」
ケイのアドバイスがどうあれ、鉢植えを手にした私の心は、決して揺らがない。
「ほんとにいいの? 大丈夫なのね?」
「うん、絶対ゼッタイ大丈夫!」
そう言いながらレジに向かう私を、ケイがあきれるのは無理もないかもしれない。私は、花屋さんで鉢植えを買おうとしている。
しかしそれは店頭にきれいに並べられた、季節を知らせる華やかな鉢植えではない。花屋のすみっこの方に追いやられて、こんな札がついているコーナーの鉢植えだからだ。

「値下げしました!!」

たいていそれは、少し前の季節やイベントで仕入れたものの、売れ残ってしまった植物だった。さらに、日光が一切入らず、一年中エアコンが効いているショッピングビル内の花屋という環境がわざわいして、すっかり元気をなくし、捨てるくらいなら、と、破格の値段がつけられた植物だった。

「植物好きなのは知ってるけどさ、いつからだろね、ほんとそれ」
ケイがそう言って見つめる花屋の袋の中にあるのは、茎がすべて倒れてしまったシクラメンだった。12月に通りかかった時には2500円を超えていた価格は驚くことに200円になっていた。いくつかつぼみもあるけれど、果たして咲くだろうか、わからない。けれどさわってみると、根がまだ生きているような気がするのだ。あくまで私個人の感想だが。

「そんなこと、考えたことなかったなあ……」
そう、私は、死にそうな植物を買っては生き返らせることに、この上ない喜びを感じる人間なのだ。そして、そういう趣味は、昨日今日始まったわけではなかった。
「そう言われると……いつからだろうなあ」
独り言のように言って、思い出してみると、ふと浮かんでくるのは、人生で初めて一人暮らしをしたアパート、『さとうコーポ』のベランダだった。はっきり言えるのは、私が植物を好きになったきっかけは、一人暮らしだということだ。

私が進学した大学は、東北の地方都市にあって、実家からは遠く離れた、隣の県にあった。はじめは電車で何時間もかけて通っていたけれど、空きがちょうど出たアパートがあって、私は念願の一人暮らしを始めた。

「家族で住むような広い部屋がある」

『さとうコーポ』は、その広さで大学内でも有名だった。間取りは六畳が二部屋に四畳半が一部屋。その六畳二間続きの長さにベランダがあった。洗濯物も布団も干し放題。持て余すほどの広いベランダに、私は誰に言われるでもなく、プランターを買ってきて、たくさんの植物を育てていた。

「んだってさ、水やりって、面倒じゃない?」
サボテンまで枯らす女であるケイはよくそう言う。同じ大学に進学したケイは、当時もそう言っていた。
「うーん、水やりが一番楽しいというか、もうなんだろ、植物育てるって、ほとんど水やりがすべてというか」
私がそう答えるが、なかなか楽しさは伝わらない。
「例えば歯磨きみたいな感じにすれば、続くと思う」
「なにそれ、やんないと気持ち悪い、みたいな?」
「そうそう、お仏壇に線香あげる、みたいな」
「よくわかんないんだけど?」
「一日一回とか二回、ばあちゃん線香あげるでしょ? 多分、しない日ないんだと思う」
「もう、決まりってわけ?」
「まあ、そうだね」
ケイと当時、そんな会話をしたのを覚えている。
それに水やり、といっても、決して単調な作業ではない。夏は暑い真っ昼間に水をあげるとかえって元気がなくなるし、冬はたくさんやりすぎると凍ってしまってダメになることもある。

水をたくさん必要としない植物もいて、そういうやつは、時々植木鉢の土に指をつっこんで、土の乾き具合を測って、いい乾き具合だな、というところになって初めて、水をたっぷりやる。
葉っぱからも水を欲しがる植物もいて、そういうやつらには霧吹きで葉っぱを吹いてやる。ついでにやさしくこすってやると、ホコリもとれて、きれいになる。
そういうのは春夏秋冬、季節もあるし、季節の中でも、今日このごろの天気の具合もあるし、一概には言えない。

植物を育てるというのは、水やりを通じて、毎日植物と静かに対話することでもある。それは特に一人だったから、余計に生活の支えになっていたのかもしれない。人生で初めての一人暮らし。だだっ広い部屋とベランダに、自分以外にも生きているものがいる。その心強さは、それまで感じたことのない大きなものだった。

私は自分だけの部屋で、植物との生活を楽しんでいた。

あいつと出会ったのは、そんな時だった。

今でも思い出せる。行きつけのホームセンター『ジョイ』の植物コーナーに、あいつが立っていたこと。バチっと目があって、そのまま動けなくなったこと。

それは、ゴムの木だった。

途中で枝分かれした、なんとも味のある枝ぶり。黄緑と緑の模様がかわいい葉っぱ。そして結構な大きさ。すべてが気に入った。近づいて見てみると、4500円の札が付いていた。ちょうどバイト代が入ったばかりの私には、手が出せない値段ではなかった。
それでも、いつも手軽に買える1000円程度の鉢植えや、数百円の種ばかり買っていた学生の私にとって、大きな観葉植物を連れて帰るのは初めてで、とても大きな冒険だった。悩みに悩んだけれど、もうこの植物につける名前まで決まってしまった私は、レジに向かっていた。
車をもっていなかったので、自転車の前かごに高さ1m20cmものゴムの木を乗せて、アパートまで30分ほどの道のりを帰ってきた。電線に気をつけながら。

「ゴムの木買ったんだー。正式な名前は『フィカス・アルテシーマ・バリエガタ』、略して『ゴムゴム』」
「はあ? 全然、略、されてないし!」
「今度見に来てよ」
ケイに報告すると、笑われた。しかし、私は楽しかった。それからの植物生活はひときわ輝きを増した。ゴムゴムの枝ぶりに合う鉢を買ってみたり、雰囲気の合う植物を揃えてみたり。他の植物の世話にもいっそう力が入った。そして家の植物の中で一番大きなゴムゴムは、その大きさもあって、友達、というような、相棒、というような、そんな気持ちさえ、私は抱くようになっていた。

「この間ゴムゴムの植え替えしたらさ、根っこ、すごいことになってたの」
「へえ、ずいぶん熱心だね、ゴムゴム」
はじめは冷めていたケイも、ゴムゴムのことをゴムゴムと呼んでくれるようになり、二人の話題にものぼるようになっていた。

ゴムゴムとの生活は、一年を過ぎて、私は大学四年生になった。
大学のあった町は雪国だったのに、ゴムの木は丈夫、といわれているだけあって、ゴムゴムは冬を平気で持ちこたえた。

しかし大学四年生の私の、就職活動は、まったくうまくいかなかった。みんながインターンなんかで夏から活動しているのをよそ目に、私は社会に出る自覚もなく、ずっとこのままの生活が続いていくような気がして、ぼんやりしていた。
なにより卒業制作に打ち込むうちに、あっという間に大学四年の冬は過ぎ、私は内定、というものをもらう暇もなく、卒業してしまった。

「ねえ、わたしがさとうコーポ304ね! 約束だよ! 絶対絶対だよ!」
「う、……うん」
「やったー!!」
私の住んでいた『さとうコーポ』は人気物件だ。友達のマイコは、大学の近くで就職を決めて、私の住んでいた部屋に住むと言ってきかず、とうとう私は押し切られた。東京でなんとか決まりそうなところまでこぎつけたデザイン事務所は、試用期間を設けたいという。それでは東京でアパートを契約することもできない。
私は突然居場所がなくなった。
仕方なく、東京での就職が正式に決まるまで、私の部屋だったマイコの部屋に荷物を置かせてもらい、東京にいた別の友人の部屋に居候しながら、試用期間のデザイン事務所に通った。

4月。

新生活を始める人々についていけない私は、まだ正式に社会人として認めてもらえず、かといって、学生気分も抜けず、中途半端な自分を持て余していた。
しかし試用期間とはいえ、会社は忙しく、入社した一週間目からは、終電で帰ることも増えてきた。それでも採用されるため、それから、自分のやりたいグラフィックデザイナーになるためと思えば、なんともなかった。

「ほら、これで帰ってきな」
そんな働きが認められてか、やっと本採用になったのは、ゴールデンウイークもあけた五月のこと。社長に手渡されたのは、新幹線の片道切符と、シルバーの名刺入れだった。
「きゃあー!! ありがとうございます!」
名刺入れの中にあった『アシスタントデザイナー』という、人生初めての肩書きを目にして、ほとんど悲鳴に近い声をあげたのを覚えている。
人から遅れたけれど、これでやっと追いつける。これからやっと私の東京での生活が始まる。私は急いで、会社近くに東京での一人暮らしの部屋を決め、引っ越しの手続きをすると、『さとうコーポ』へと急いだ。

「ではこれで全部ですね。明日の10時に向こうでよろしくお願いします!」
「こちらこそよろしくお願いしまーす!」
久しぶりの『さとうコーポ』は、すっかりマイコの趣味の部屋に変わっていた。マイコが仕事で留守だったこともある。もう私の部屋ではないんだなと寂しく思った私は、そそくさと荷物を引き上げた。
引っ越しをお願いしたトラックの兄ちゃんに頭を下げて、マイコから借りた合鍵でドアを閉めると、いよいよさとうコーポともお別れだ。この鉄のドアも、暗い階段も、みんな見納めだ。
その時だった。確認のためにドアノブを回す私を誰かが見ている気がしたのは。

思わず、振り返ると、屋上へと続く踊り場に、ゴムゴムがいた。

『さとうコーポ』には屋上があった。最上階にある私の部屋の前から、屋上に続く階段がある。しかし、屋上に出る人はほとんどいない。そのためだろう。その踊り場には、古くなったタイヤや、脚の取れたいす、もとがなんだったのかよくわからない家電なんかが無造作におかれ、代々住人のごみ捨て場のようになっていた。

昼間でも暗い階段の中でも、そこはいっそうひんやりとして薄暗く、上部に取り付けられた細長い明かり取りの窓から、ほこりっぽい光が差し込む場所だった。
そこに、すっかり正気を失ったゴムゴムが立っていた。

いつも私の部屋やベランダで、太陽に向かって元気に葉を立てていた輝きは失せ、うなだれた葉っぱから、私がいない間、一度も水をもらっていないことがわかった。

そうか、特に世話をしてくれとも頼んではいなかったし、好みのインテリアに合わなかったのだろう。ここへとゴムゴムを追いやった友人のマイコを責めることはできない。

全部、私のせいなんだ。
学生と社会人の間を、器用に渡れなかった私が悪いんだ。
学校と社会の間で、焦りながら、もがきながら、自分の部屋を持たずに、宙ぶらりんになっていた自分の代わりに、ゴムゴムは死んだ。

「ブルン、ブルブルブルブル……」
外では、トラックが発車しようとしていた。
「お兄さーん! ちょっと待ってくださーい!」
しかし私には、言えなかった。私は立ち尽くすだけだった。
「ずっと待ってたのに……」
「置いていくんだ?」
そんなゴムゴムの声が聞こえたような気がして、私はその場を後にした。
「ごめんごめんごめんごめん!!」
一方的な謝罪の言葉で耳をふさいで、急いで階段をかけ降りた。
私はもう、行かなければならないんだから! もう、新しい部屋、決まったんだから! もう、ここは私の部屋じゃないんだから! もう、新しい生活が始まるんだから! 東京行きの新幹線の時間があるんだから! もう! もう! もう!
私は走った。走った。走った。そうしてここまで来たんだ。

そうだった。

ケイと別れて家に帰った私は、さっそくさっき花屋から連れ出したしおれたシクラメンにたっぷり水をやりながら、泣いていた。

そうしてやっと気がついた。

私はずっと、ゴムゴムへの懺悔をしてきたことに。
目の前にあらわれる瀕死の植物を助けることで、ゴムゴムを『さとうコーポ』へ置き去りにしてきてしまった罪をつぐなっていたことに。

だとしたら、私にできるのは、これからも瀕死の植物を、花屋の隅っこから救出することしかないのだろう。

ゴムゴムに、また会う日まで。

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