メディアグランプリ

そして私は走り続ける


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:谷口直美(ライティング・ゼミ特講)
 
「あと、八秒!」
ぎくりとした。ここで間に合わなければ、今まで20キロ近く走ってきた努力は水の泡だ。まだ後ろにも人はたくさんいた。「去年は多めにみてくれたし、後ろにも人がたくさんいる。きっと時間きっかりに締め切ることはない。今年も大丈夫だよ」と、もう一人の自分が私の耳元でささやく。
「関門閉鎖まで、43分か? 48分やったか?」と、マラソン大会のスタッフが関門地点にいるスタッフに大声で確認する。
私は思わず、時計をみた。43分になりかけていた。48分であってほしい。それなら、余裕で関門を突破できる。少し期待した。
「43分です!」
残念ながら、期待は裏切られた。
このままでは、もう間に合わないかもしれない。いや、もう間に合うかどうかの問題じゃない、残りの力を振り絞って走らなければ後悔する。そう感じた私は、重たい足を無理やり高く上げてスピードを出した。
「どうか、関門突破できますように!」
 
3年前、私は突然マラソンを走りはじめた。20年以上、運動らしい運動はしていなかったため、周囲は驚いた。でも、どうしても走りたかったのだ。死ぬまでにどうしても高校時代の後悔を払拭しておきたかったのだ。
 
私は走ることが好きだった。中学時代は陸上部に所属し、短距離を走っていた。陸上競技場で走る感触のなんともいえない気持ちよさを、今でもしっかりと覚えている。高校生になっても、陸上部に入ろうと決めていた。しかし、当時、あまり好きではなかった友人が入部するということを聞き、陸上部に入るのをあきらめた。結局その友人は入部してすぐに辞めてしまったのだが、私は、タイミングを逃してしまい入部しなかった。そのことを、ずっと後悔していたのだ。
 
私は、あこがれていた。苦しい練習を仲間と励ましあいながら乗り越えていく友人の姿に。大阪から京都まで走るという陸上部の彼女の話を聞いて、「大変だな。入らなくてよかった」と思う自分もいたが、その一方で、走り終わった彼女の自信に満ちた表情をみて羨ましく思っていたのだ。
 
私も、陸上部に所属して、彼女のようになりたかった。タイミングなんて気にせず、陸上部に入ればよかった。そうすれば、違うもっと自分に自信を持った人生を歩んでいたかもしれない。そんな風に、ずっと思い続けてきた。
 
こんなやり残した気持ちのままで死にたくはなかった。まだ体が動く間に何とかして、後悔を払拭したい、40歳を目前に、突然、突発性難聴になった。体が丈夫な方だっただけに、突然の病気に戸惑いとショックは相当なものだった。また、夜更かしするとなかなか体の調子が元に戻らない。昔より体力が落ちてきていることを嫌でも実感してきていた。体力があるのは今だ。走るなら今しかない。そう考えて、ハーフマラソンの大会に出場を決めた。
 
ハーフマラソンに出ると決めてからは、自転車通勤をやめて、小走り通勤に変えた。バックもリュックに変えて、動きやすい服装で通勤を始めた。週末は、5キロ走り、調子の良い時は10キロ走るようになった。一人で出場するのは心細いと思ったので、職場で「ハーフマラソンを走らない?」と手当たり次第に声をかけた。
 
結果、5人の仲間が集まった。みんなでハーフマラソン大会に出場し、走り終わったら打ち上げをすることを約束した。
高校時代にやり残した青春を取り戻しているようでワクワクした。
 
そして、大会当日がやってきた。初めてのハーフマラソンは、ギリギリだったが、無事完走できた。走り終わった後は、足が、がくがく震えていた。まともに歩けなかったし、翌日は、まったく動けないほどの筋肉痛に襲われた。体はボロボロだったけれど、心は違った。完走した達成感は想像以上だった。ハーフマラソンを走ったことを周りに告げると、「すごい!」 「えー!! ハーフ走ったの? 信じられない」という反応が返ってきた。何人にも言われることに驚き、自分に自信が持てるようになった。
 
ハーフマラソンを走り切る達成感と満足感をまた味わいたい。強くそう思った。だから、どんなにしんどくても、あと八秒と言われ、間に合わないかもしれなくても、今回のハーフマラソンの完走を、あきらめるなんてできなかった。
 
「ピッ!」
関門を通過するとき、電子音が聞こえた。ゼッケンの電子チップが反応したのだ。心の底から、ホッとした。
「これで、この先は歩いてもゴールできる」
 
そう思うと急に力がなくなってしまって、私は少しだけ歩いた。再び走り出そうとした時、あまりの足の重さに驚いた。足が自分のものとは思えないぐらいに重かった。数分前まで、関門通過するためにスピードを出して走っていた時よりもずっと重いことが、信じられなかった。
 
そこで初めて気がついた。苦しくても走り続けている方が楽だったのだと。
 
今、私は新しいことに挑戦している。地元の起業塾に参加し、シフォンケーキの販売ができるように挑戦し始めたところだ。先日は、起業プラン発表会だった。試作したシフォンケーキを起業アドバイザーの先生やスタッフ、一緒に学ぶ仲間に配って、自分の思いを語った。思いのほか好評で自信がついた。そして貴重なアドバイスももらった。しかし、正直なところフルタイムでパートをしていて、家事もあるため、時間的やりくりが厳しい。やりたいけれど、本当はシフォンケーキを販売できるようになるまで挑戦し続けられるか不安だ。そして、うまくいくかどうかもわからない。
 
でも、きっとこの挑戦も、ハーフマラソンと同じなのだと思う。不安で、うまくいくかどうかわからなくても、走り続けるほうが楽なのだ。無理かもしれないと思っても、最後の力を振り絞ってでも走るほうが、後悔しないのだ。止まると、次に走り出せるかどうかわからない。そのぐらいパワーが必要なのだと、3回目のハーフマラソンを走って気づいた。
 
私は、あれをやっていればよかった、という後悔をして死にたくはない。高校時代の後悔を払拭できた今は、強くそう思う。新しい挑戦もスピードを落としてでも、挑戦していこうと決意した。
 
そして、人生の指針を示してくれたマラソンを、私は死ぬまで走り続けるつもりだ。
 
 
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2018-01-11 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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