プロフェッショナル・ゼミ

魔法の呪文「イラキーダ」《プロフェッショナル・ゼミ》


*この記事は、「ライティング・ゼミ プロフェッショナル」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:Shinji(プロフェッショナル・ゼミ)

※この話はフィクションです

僕には小学2年生になる姪っ子と5歳になる甥っ子がいる。一人ずつ絡んで来てくれる時は良いが、二人揃って攻撃された時の破壊力は計り知れない。
タチが悪いのは二人がすぐに喧嘩を始めることだ。
見ていると、大抵お姉ちゃんである姪っ子がちょっかいを出してきっかけを作っている。みんなの前で公言しているように本当に弟である甥っ子のことが嫌いなのかもしれない。

姪っ子が産まれた時は華やかなデビューだった。僕の両親にとって初孫であり、妹夫婦にとっても始めての子供だった。考えつくベビー用品は全て買い与えられ、寝かしつけるのも大人が4人でその役割を奪い合っていた。目を開いたと言っては美人だと大騒ぎし、言葉を話したと言えば頭が良いと歓喜し、立った時には将来はスポーツ選手だと勝手に盛り上がるくらい、傍目に見ていて若干引くくらいイタイ家族だった。きっと姪っ子も愛情を独り占めできてさぞ幸せだったろう。

しかし、この幸せも長くは続かなかった。甥っ子の誕生である。今まで家族全員の愛情が自分だけに向けられていたのに、急に新人がやって来てチヤホヤされ出した。先輩としては確かに良い気分はしないだろう。その頃から嫉妬心が出て来た。
姪っ子が小さい頃にはもっとチヤホヤされていたことを説明されても、当の本人はそんなことなど記憶にないので信じられない。ましてや生まれたての甥っ子に手がかかるなんてことは彼女には到底理解できない。明確なのは今目の前のルーキーが明らかにみんなの注目を自分より浴びていることだけである。
性別が違うのに全てお姉ちゃんのお下がりを与えられている残念な男の子の悲劇は彼女にはあまり響かないらしい。

そこで、僕の妹が編み出した作戦は娘との間に秘密のサインを作ることだった。ある日を境に二人の間で時折呪文のようなやりとりが交わされるようになった。当初、お互いに「イラキーダ!」と言いながら自分の頭を撫でるその一連のやりとりはテレビで流行っているアニメか何かと思っていた。
ある時期姪っ子がやたらとこの呪文を連発していたので気になり、
「イラキーダってなぁに?」
と聞いても
「言わない!」と断固黙秘権を行使してくる。
ホシが吐かないのであれば、捜査対象を変えるまで。
母親である僕の妹の取り調べを開始した。
最初は妹も吐かなかったがここは熟練の刑事さながらに、あらゆる角度から取り調べて行くと、ようやく自白を始めた。
どうやら、お姉ちゃんは色々我慢しないといけないことが多すぎて、自分が愛されていないと思い、不安になって意地悪をしてしまうことがあるそうだ。
そんな時はママとの間で誰にもわからない秘密の「愛してる」サインを決めて、お姉ちゃんが不安を感じてそうな時もしくは、お姉ちゃんが不安を感じた時にその合図を人知れずこっそり交換し合うことが効果的だと友人からアドバイスされたらしい。
その友人、天才じゃないか! と僕は感動した。
そして、誰にもバラさない、いや、バラしちゃならないと心に誓った。特に僕たちの両親には絶対にバレてはいけない。母親の性格からして、必ず意味もないところでこの呪文を連発するのがはっきりと目に浮かぶ。そうなればせっかくの呪文の効果が薄れてしまう。兄として、そしておじさんとして、これだけは避けなければならない。
ただ、この秘密のサイン交換に大いに感銘を受けたものの、もう一つ謎が残っていた。
「イラキーダって何のこと?」

「イラキーダ」ではなく、正しくは「イ・ラ・キ・イ・ダ」らしい。「ダイキライ」の反対で「大好き」と言う意味らしい。言葉だけでは他の誰か(特に僕たちの母親のことだろう)に真似られる可能性があるので、同時に自分の頭を撫でると言う動作も付け足したらしい。妹よ、何だお前単なる天才じゃないか! とまた感動せざるを得なかった。短い時間で二つ天才の話を聞き、すぐに誰かに言いたくなったが、ここはグッとこらえて守秘義務を遵守することにした。
それにしても一時期の連発度合いから見ると、姪っ子よ、お前はあの頃、どれだけ不安がっていたんだ?

この秘密のサインにより、家庭内は次第に落ち着きを取り戻して行った。
半年ごとに見る姪っ子も大きくなってくるにつれ、「イラキーダ」の頻度が目に見えて少なくなっていた。女の子の成長は早いと聞く。小学校に入った頃には滅多に耳にすることはなくなった。もうこんな子供騙しの策は通じなくなったのだろうと思っていたが、妹に聞くと、ある日忙しい時にあまりにしつこく「イラキーダ」のサインを送ってくるので、苛立って無視してしまったことがあったらしく、それ以来しなくなってしまったと言う。妹自身も、ひょっとしたら取り返しのつかない失敗をしたかもしれないと反省していた。
その代わりに勃発したのが姪っ子と甥っ子の仁義なき姉弟戦争である。とにかく二人で遊びだして10分も経てば必ず喧嘩が始まる。そしてその終わりなき戦いが続いて何年か経った頃、本当に取り返しのつかない事が起こってしまった。

それは、夏休みで帰省していた妹家族が九州へ戻る日だった。
しばらく顔を見れなくなるので、会っておこうと実家へ足を運んだ。
僕が実家に到着した時、5歳になった甥っ子は家の前でおもちゃの剣を振り回しながら、「見えない敵」と闘っていた。

「車に気をつけろよ」

と声をかけたが、なにぶん甥っ子は地球を守るために戦闘中。僕になどかまっている場合ではない。
戦闘中の彼から反応がないのはいつものことなので、受け流して家に入った。家の中では姪っ子が叱られていた。理由は当然のごとく姉弟喧嘩である。また喧嘩したのか、と呆れていると突然外で

「キキーッ! ドン! キャー!」

急ブレーキ音に続いて激しい衝突音、そして悲鳴が鳴り響いた。
びっくりして表へ飛び出すと、そこには道の真ん中に斜めに止まっているトラックと、血まみれになってぐったり倒れている甥っ子の姿があった。
あまりの大きな音とたまたま通りかかった近所の人の悲鳴に驚いて、さらに近所の方々が続々集まり、すでに人だかりができていた。事態を目の当たりにしてうろたえる妹から電話を奪い、救急車を呼んだ。甥っ子はその間も目を醒まさない。お姉ちゃんである姪っ子は近づいてこれず、遠巻きにこちらを見ている。

救急車を待っている間、周囲の人に何が起こったのか聞いていると、宅配便の老人ドライバーが「私が轢きました」とヨボヨボ歩み出てきた。歩くのもたどたどしいその老人は
「この子が急に飛び出してきて、びっくりしてブレーキとアクセルを踏み間違えた」
と言い訳にもならないような説明を始めたので、思わず
「その説明は警察にしてください! 今はまず倒れてる子の心配をするべきでしょう!」と少し声を荒げてしまった。

救急車はまだ到着しない。近づいてきている気配さえない。
たまらずもう1回電話した。予想はしていたが、
「今出ました。もう到着します」
蕎麦屋の出前のようなテンプレート通りの返答だった。
時間にすれば15分程度だったかもしれないが、僕には永遠に続くように感じられた。その間僕の中では

「どうして傍についていなかった?」

その後悔ばかりが頭を駆け巡った。
一人で遊んでいるのを見かけたときに、なぜあと10分そばにいてやらなかったんだ? と悔やんだが、もう遅い。僕は取り返しのつかないことをしてしまった。
言うことは聞かないし、僕の行くところに付いて回るし、すぐに見えない敵と闘うし、そのくせすぐ泣くので、普段は「邪魔で鬱陶しい甥っ子」ではあるが、いざもう会えないのかもしれないと思うと急に愛おしくなってきた。
やがて救急車が到着し、目を覚まさないまま甥っ子は搬送されて行った。その場には僕と姪っ子が残された。

その後、警察による現場検証が始まった。テレビで見たように、地面に人型の絵が描かれ、事故を起こしたトラックの点検が始まり、トラックと血痕の間の距離を測り、周囲の人が事情聴取される。ドラマなどで間接的には見慣れている風景であったが、いざ自分事となると全く良い気はしない。
僕も聴取された。
「お名前は?」
「被害者との関係は?」
「被害者の住所は?」
答えてはいるが、内心それどころではない。むしろ今その質問が重要なのか疑問を抱き苛立っていた。その後検証は4時間続いた。
途中で妹に何回も電話し、容態を確認した。
2時間ほど経って「まだ目を覚まさない」から「さっき目を覚ました」に変わった時にはホッとしたが、精密検査を要し、予断は許されないと報告を受けた。
4時間に渡る現場検証がようやく終わり、警察の見解は、精密検査などの結果が出るまでは事件性が判断できないと言う結論だった。被害の大小ではなくて、明らかに子供が轢かれた事実で判断できないのか? この4時間は何だったのか? 全く釈然としなかったが、その時はいち早く病院に駆けつけたくて、今後何かあった際には誰にどう連絡して話せば良いかを老人ドライバーと警察に確認して足早に病院に向かうことにした。

姪っ子も連れて病院に行こうと探したがどこにもいない。そう言えば、現場検証が始まってからは姿を見ていない。
僕は家中を探した。すると、寝室の角で布団にくるまっている姿を発見した。近づくと布団の中から声がする。布団を剥がすと、壁に向かって泣きながら「イラキーダ」と何度も叫び自分の頭を撫でている姪っ子がいた。
「どうしたの?」
と聞くと、「私が嫌いって言ったから心平が死んじゃった」と自分を責めていた。「本当は嫌いじゃない」と伝えたくて、誰にも聞かれないように呪文を唱え続けていたようだ。おそらく現場検証していた4時間、ずっとこうしていたのであろう。無視されて呪文を信じなくなったのではなかった。むしろ今でもがっつり信じている。不安になった時、何度もこうやって隠れてこの呪文を唱えてきたのが想像できた。
幼心に弟を思いやり「大好き」の呪文を唱え続ける気持ちを考えるといたたまれなくなり、思わず抱きしめて
「大丈夫。死んでないよ。今から会いに行こ」と告げ、泣きじゃくる姪っ子を車に乗せて病院へ向かった。
病院へと向かう車中でも妹に連絡を取り、現状を確認した。その頃にはようやく妹も少し落ち着きを取り戻し、その段階でわかっている状況を説明してくれた。
意識はだいぶ回復し、段々話せるようになってきているらしい。頭は外傷がひどく6針縫った。頭部レントゲンとCTは結果待ち。左手は骨折していてギプスで固められていて右足は折れているのか、靭帯が切れているのかまだわからないが足に力が入らないらしい。
色々不確定要素は多いが、とりあえず一命はとりとめたことは確実で、少し安心した。とはいえ、やはり実際に顔をみるまでは不安だ。

病院に到着し、長い廊下を歩いて小児病棟309号室に急いだ。扉の前に立つと中から看護師さんの叫ぶ声が聞こえた。一気に緊張が高まった。「元気であってくれ!」と祈りながらドアを開けると、そこには看護師さんのおっぱいを触って怒られている全身包帯だらけの、甥っ子5歳の姿があった。

あの事故から半年、今ではピンピンしている。子供の回復力はやはりすごいと感心する。そして二人は相変わらず抗争を続けている。あの時の弟を思いやる気持ちはどこへ行ったのだろう。
むしろ以前よりパワーを増した2匹の怪獣となって僕に襲いかかってくる。
僕はやっぱりこう思う。
おじちゃんは、やっぱりお前たちのことが「イラキーダ」

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