メディアグランプリ

営業が嫌いだから漁に出る


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記事:Minami(ライティング・ゼミ平日コース)
 
 
「営業」という言葉への苦手意識は長年続いた。
はじめての「営業」はポテトを勧めることだった。そう、私が初めてアルバイトしたのはマクドナルド、「ご一緒にポテトはいかがですか?」というものだった。しかしながらこれがうまく言えなかった。いや、人にモノを勧めることが押しつけのように感じ、言いたくなかったのだ。
 
「今日はポテトはいいですよね」とアレンヂを加えて伝えていたところ、「マニュアルで決まっている言葉だから言わないとだめなの、時給も上がらないよ」と言われたが、私の時給はアルバイトを辞めるまで変わらなかった。
 
営業は不向きと思いながら社会人生活を送っていたが、ひょんなとこから、お墓を売ることになる。所属していたコールセンターで「お墓を売る電話営業の仕事」が舞い込んできたからだ。電話帳を見て「お墓買いませんか」という電話をかけ続ける。いったい誰が買うのだろうと半信半疑だったし、生きている人にお墓を売るなんて縁起が悪いと思った。だから、この仕事を取ってきた社内の営業マンに腹を立てていた。
 
ところが、私は墓を売ってしまった。死を連想させる墓は縁起が悪いという私の常識を変えてくれる情報を聞いたからだ。生前に墓を買うことは寿陵(じゅりょう)と言って、長寿・子孫繁栄・家内円満の3つの果報を招く、非常に縁起の良いこととされている。さらに相続税対策にもなるという。
 
たまにお墓に朱色で名前が刻まれている墓石を見かけることがあるが、あれが「寿陵」であり、縁起の良いお墓なのだ。「これは良いこと、皆にお知らせしなきゃ」と単純に思った私は、その思いをまるで自分の母親に話すようにお客様に話したことが結果につながったのだろう。この仕事を通して「営業」は、良いことをお知らせするという概念が生まれたのだから、今となっては社内の営業マンには感謝したい。
 
だからといって営業が得意になったわけではないし、その後もできるだけ営業は避けてきたが、後先よく考えずに起業した私を待ち受けていたのはやっぱり「営業」だった。何もしなければお客様はこない。「異業種パーティに行くといいらしい」と言われ、名刺を2箱200枚用意して、勢い勇んで出かけた。パーティに参加している人は、みんなキラキラして眩しかった。
 
私と同じような起業したての人もいて、遠目でもわかるほどギラギラしていて、怖かった。
そのパーティでまずわかったのは、私は人に話しかけられないことだった。向うから話しかけられれば最上級の愛想で応えるが、どうしても自分からは話しかけられなかった。ギラギラ起業人は、私が興味の対象ではないとわかると上手に話をまとめ去っていった。
配った名刺はわずか10枚。何ともお粗末な結果にへこんだ。
 
知人に相談すると、「まぐろの一本釣りが向いているじゃない?」と言われた。
「まぐろ? 漁業の話?」ととっさに理解できなかったが、異業種パーティに行っても私のお客様になってくれるような対象はおらず、知人や過去のお客様に丁寧にアプローチしてみる方がよっぽど効果的と言われた。
 
いわしやさんまを捕まえる置き網漁よりも、ここぞと狙ったまぐろに狙いを定め、時間と労力をかけ、釣り上げる方が向いているらしい。知っているところに電話をかけると、起業祝いとやらで、立て続けに仕事が決まった。「ご挨拶に伺いたい」「パンフレットができた」とまぐろの一本釣りに明け暮れた。でも、しばらくすると、「忙しい」を言い訳にして、易きに流れる自分がいた。要するに受け身なのだ。情けない。
 
私は知人に「知る人ぞ知る存在になりたいの」と相談した。知人は腹を抱え大笑いながら、「知っている人が圧倒的に少ないんだから、まず知ってもらう努力をするのが営業」と言ってのけた。私はぐぅの音も出なかったが、知人が発した「知ってもらう努力」という言葉に一筋の光を見つけ救われた。
 
営業は、「売りつけるのではなく、知ってもらう努力をすること」なのだ。
知ってもらう努力と置き換えれば、抵抗なく営業活動できる。お墓の電話営業をしていたときの「寿陵」以来の衝撃が走った。まずは身を置くコールセンター業界で知ってもらう方法を考え、業界誌のコラム記事を書くことに没頭した。
 
それ以降、私にとっての営業は、「知ってもらうこと」と「まぐろの一本釣り」になった。
営業に行くときの私の心の中は漁師そのものだ。大漁旗をなびかせた船で帰還することをイメージしながら、頭には手拭いを巻き、船の先頭に立って腕組みしながら、海中にいるまぐろの群れを探している。まぐろの群れを見つけたときは、勝負所だ。
 
言葉ひとつで意識が変わる。
なんとまぁ、言葉ひとつで苦手意識がなくなり、行動できるようになるから不思議だ。
 
今、企業では新年度の教育予算時期。
私は明日もお手製のパンフレットを携え、漁に出る。

 
 
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2018-01-19 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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