女将の野望
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記事:姫蝶(ライティング・ゼミ平日コース)
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「あら、あなたはこの前、枚方でお目にかかった……」
そう言って、女将はにっこり微笑んだ。
「商売繁盛、笹持ってこい!」
その日は、関西で有名なお祭りの一つ、「十日ゑびす」の翌日で、「残り福祭」の日だった。「十日ゑびす」は、えべっさん(ゑびす様)に商売繁盛を願うお祭りである。
15時半に京都のリッツカールトンで友人とアフタヌーンティーの約束をしていた。
「京都に来たついでに、えべっさんにお参りしてこよう」とふと思いつき、日本三大ゑびすの一つとして有名な、京都ゑびす神社に行くことにした。
べっぴんさんの福娘から吉兆笹を買って、商売繁盛を祈願した後、屋台が並ぶ参道をぶらぶら歩いていると、「屋台で買った食べ物の持ち込み可」と書かれた看板が目に止まった。看板が置かれてある店の前には、串カツの屋台があった。
「町屋風のおしゃれな串カツ屋かも?」と思い、足を止めて店内を覗こうとしたが、入口の扉はきっちりと締められ、何の店かよくわからない。
こんなに寒い冬の季節なのに、店先には季節外れのソフトクリームのディスプレイがどーんと置かれてあった。なんと、そこは串カツ屋ではなく、「本屋CAFÉ」だった。
そこに女将はいた。
ふわっとした柔らかな長い髪の女性は、古都、京都に似合うべっぴんさんだった。着物じゃないのは、少し残念だったが、落ち着きがあり、いかにも京都の女将だった。
女将はレジカウンターの奥から、私ににっこり微笑み、すぐに挨拶してくれたが、実は、去年12月に枚方(大阪府)の蔦屋書店で会ったのが最初だ。自分のお店ではなく他店で、しかも一度会っただけで覚えているとは、さすがは女将である。
女将とは、一般的には、旅館や料亭を取り仕切る女主人のことをいう。相撲部屋の奥さん、着物屋の女主人なども、女将と呼ばれている。
女将の語源は「御上」から来ているそうだ。また、将軍の「将」と同じ字であることから、女将は女性リーダー、女性経営者のことであり、表方で接客を行い、裏方で従業員のマネージメントを行う役割を持つ。
そして、女将と言えば、「和」のイメージが伴う。
洋風でモダンなお店、洋式のホテルやレストランの女主人は、女将とは言わない。洋の空間には、経営者や、ジェネラルマネジャーという名がふさわしいし、「和」の空間には、女将という名がふさわしい。
京都ゑびす神社の参道にある「本屋CAFÉ」は、二階建ての古い町屋を店舗とし、こたつのある、ほっこりした、「和」の空間だった。
普段は店内に食べ物の持ち込みは不可だが、「十日ゑびす」の期間に限り、「屋台で買った食べ物の持ち込み可」としたそうだ。なかなかにくい心遣いである。
こぢんまりとした空間には、京都観光に関するもの、京都の歴史に関するもの、例えば、仏教、仏像、茶道、華道、日本建築、日本庭園など、「和」に関するありとあらゆる本がセレクトされ、「本屋CAFÉ」に迷い込んだ客を誘惑するように、美しく並んでいた。
ここまで魅惑されたら、買わずにはいられない!
私はうっかり女将にはめられた。
そこでは、大型書店のように、あちこち本棚を探し回る必要がなく、私が読みたい「和」に関する本が、狭い空間にびっしり集められていた。欲しい本があり過ぎて、発狂しそうだった。
しかし、残念ながら、次の予定があったので、泣く泣く、かばんに入る程度の小さくて、軽めの本を何冊か買うに留めた。
更に、そこでは、女将お勧めの京都の抹茶を使った、抹茶ソフトクリームを売っていた。残念ながら、次の予定があったので、ソフトクリームを食べるのはあきらめたが、また、絶対、抹茶ソフトクリームを食べに行きたいと思った。
「女将のお勧め」と言われたら、食べずにはいられない!
私はうっかり、女将にはめられた。
女将が取り仕切る場所は、日本文化、日本の伝統を伝えるところだ。
女将は茶道、華道をたしなみ、季節感あふれる空間をしつらえる。そして、季節の器と、旬の食材で丁寧に作られた料理で、客をもてなす。
そこは料亭ではないが、女将が作り出した、まるで料亭のような居心地のいい空間だった。季節の器は本棚、旬の料理はセレクトされた本だ。
そして、女将は私のことを覚えていてくれた。さすが女将である。
関西で商売繁盛と言えば、「十日ゑびす」は絶対に外せない。
しかし、商売繁盛の鍵は、えべっさんでもなく、福娘でもなく、もしかすると、女将にあるのではないだろうか?
女将がいる料亭は商談や接待にかかせない。かみさん(女房)がいる家は家族の心のよりどころだ。
すぐれた女将がいる料亭では、商談がまとまりやすいし、しっかりしたかみさんがいる家では、旦那さんは安心して仕事に集中することができる。
つまり、商売繁盛の秘訣は、家庭円満、つまり女将が鍵を握っているのだ。
それでは、女将がいる書店は、どのような御利益があるのだろう?
ゑびす信仰の象徴である「笹」は、「節目正しく真直に伸び」、「弾力があり折れない」、「葉が落ちず常に青々と繁る」などの特徴を持つことから、商売繁盛、家運隆昌の象徴と言われる。
「十日ゑびす」では、吉兆笹に縁起物(海の幸、山の幸、野の幸)を付けて商売繁盛を祈願するが、書店は縁起物として、本を売っているともいえるだろう。
女将は、女性リーダー、女性経営者としての役割に加えて、福娘の代わりに、吉兆笹を授与する役割も持つのかもしれない。
だから、女将がいる書店は、商売繁盛、家運隆昌の御利益があるに違いない。もちろん、そのためには、読書時間を確保し、本を読みつぶす必要があるのだが。
その本屋は、京都天狼院という。
購入した本の支払いを済ませた後、女将の野望を聞いた。
日本の文化が生み出した、日本ならではの女将という立場、女将という役割。そんな女将によって作り出された素敵な「和」の空間が、日本中に広がってほしい。
そして、書店ではないが、私も女将として野望はたくさんある。
京都天狼院の女将に負けてはいられない。
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