先進地域、南三陸で、すごいリーダーに会った
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記事:渡邊壽美子(ライティング・ゼミ日曜コース)
「なにこれ〜。めちゃめちゃおいしいじゃん!」
「今まで食べてた牡蠣ってなんだったんだろうね」
「ほんと、大きくてプリップリッだね〜」
みんな口々に絶賛していた。牡蠣が苦手な私もこれなら食べられる。2017年2月。気づいたら、私は南三陸で、牡蠣を大量に食べていた。
私は、ボランティアに参加するようなタイプではないし、どちらかというと日々の仕事や暮らしに精一杯だ。最初はこの企画の趣旨がよくわかっていなかった。震災から何年も経って、被災地に行って、いったいどんな意味があるんだろう、などと思っていた。牡蠣がおいしいということにも、ほとんど興味はなかった。
しかし、パンフレットの
「『課題の先進地域』で『循環型社会』をつくるリーダーに会う」
という言葉に、心が動いた。
「なんで東北の田舎なのに先進地域なのか?」
「どんなエネルギッシュなリーダーなのだろう?」
私は「先進的」「最先端」という言葉に弱い。それに、津波が何もかもを飲み込んでしまったという絶望を乗り越え「循環型社会」なるものをつくる、すごいリーダーに会ってみたい。かくして、私は南三陸に行くことになった。
南三陸の戸倉地区。牡蠣養殖で有名だという。漁師のリーダーと聞いて、筋肉粒々のギラギラした男性を想像していたが、そこに現れた後藤さんは、優しいお父さんという感じの人で、少し拍子抜けした。この人がすごいリーダー? 意外だなあなどと思っていたら、後藤さんはおもむろに語り始めた。
「今日は自分たちのダメなところのお話から始めます。漁師というのは、一匹狼なんです。自分がたくさん牡蠣を採ることしか、考えていません。私もそうでした。震災前は収穫を多くするため、一人ひとりがイカダ(牡蠣を育てる道具)を、どんどん増やしました。その結果、牡蠣が1年では育たない海になってしまっていたんです。2~3年かけて大きくした牡蠣も、品質が悪いという状況でした」
人間のエゴは、自然のバランスを壊し、結果として自分たちに返ってくる。わかっていても誰もイカダを減らそうとしなかったそうだ。薄々気づきながらも、降りることができない無意味な競争が続いていたという。
「それが、津波で何もかもなくなったわけです。それで、どうしようかということになりました。同じ状態に戻して、また乱獲になるのも良くない。イカダの数を制限して、1年で、震災前よりおいしい牡蠣が採れる、理想の海にしようということになりました」
187の船のうち無事だったのは9隻だったという。失意の中でも、積年の課題を解決しようとしたとは、なんと前向きで賢明な人達なのだろうと思った。
「津波で何もなくなって、私達は大事なことに気づきました。自然は破壊力もすごいですが、再生する力もすごいのです。自然のめぐみを再認識しました。人間が自然を征服するのではなく、自然の恵みを循環させていくことが重要なんです」
この地域の人が、津波も海も恨んではいないのも意外だった。むしろ、海に深く感謝しているようだった。自然は征服するものではなく、共生するもの。言葉の端々に偉大な自然に対する尊敬と謙虚さが伝わってくる。
「どんなところが難しかったですか?」仲間が質問する。
「みんなで話し合うのが難しいんです。みんな一匹狼で、話し合いなんてしたことがない人ばかり。ケンカになってしまうこともしょっちゅうでした……」後藤さんは恥ずかしそうに答えた。
「どうやって、意見の衝突を解決したのですか?」
「何回も話し合いました。結果が出るかわからないが、一年だけ協力してくれとも、お願いしました」
サラッとおっしゃったが、お話を聞いていて、後藤さんに対する信頼がこの取り組みを成功に導いたのは、よくわかった。結果が出るかわからないのに、協力なんて、できるものではない。6年の紆余曲折を経て、1年でプリップリの大きな牡蠣が採れるようになったという。そればかりではなく、日本で初となる二枚貝養殖のASC(水産養殖管理協議会)国際認証を受けて、この地域の牡蠣は人気が出ている。
「この取り組みのおかげで、都会に出ていた、漁師の息子達が帰ってきて、漁師を継いでくれるようになりました。それから、今までは個人で頑張っていたので、休みがなかったんですが、最近は協力して作業をするので、休みがとれるようになりました。奥さんと映画に行くこともあります」と、後藤さんは嬉しそうに語ってくれた。
環境問題、少子高齢化、過疎化、生産性向上など日本が直面する課題。被災地ではそれらが待ったなしの形で存在していて社会課題の先進地域といわれることもある。その解決には、理想に向かって、一人ひとりが自分の利益を手放す勇気が必要なのだと後藤さんは教えてくれたような気がする。自分の利益を手放すには強い信頼や安心感が不可欠だ。後藤さんは、仲間と話し合ってその信頼や安心感をつくってきたのだと思った。
後藤さんたちの6年間の努力と自然のめぐみがつまった、牡蠣を食べながら、私はすごいリーダーの力を実感していた。
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