プロフェッショナル・ゼミ

ポールの純愛について《プロフェショナル・ゼミ》


*この記事は、「ライティング・ゼミ プロフェッショナル」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:高浜 裕太郎(プロフェッショナル・ゼミ)
※このお話はフィクションです。

その時の彼は、とても見てはいられなかった。
彼の目からは、まるで蛇口を捻ったかのような、大粒の涙がこぼれていた。私は今まで、彼のそんな姿を見たことは無かったから、余計に驚いた。
私の中の彼は、つねに冷静だったし、頭脳明晰だった。私と彼は、同じ高校に通っていたが、その時も彼は、学年でトップの成績だった。
だから、私の中で、彼はまるでロボットのような人物だった。あまり感情を表に出さずに、やるべきことを淡々とする。彼はそんな人物のように思えた。
けれども、今私の目の前にいる彼は、冷静さのかけらもなかった。そんな姿を見て、私は驚いた反面、内心安心もしていた。「あぁ、この人も人間なんだ」と思えたから。

私が、ポールに彼女が出来たと聞いたのは、高校2年生の頃だったように思う。
その話を聞いた当初、私は「まあ、あの人なら出来るだろうなぁ」と思った。私とポールは、同じクラスで、家が近所だったということもあり、気付けばよく話すようになった。けれども私は、彼の口からは1度だって、女性関係の話を聞いたことが無かった。ポールからは、女性の匂いが全くしなかったと言ってもいい。頭が良くて、いつも落ち着いていて、顔も悪くない彼に、どうして彼女が出来ないのだろうかと、私は不思議がっていた。だから、ポールに彼女が出来たという話を、風の噂で聞いた時も、さほど驚きはしなかった。

「ねぇポール、あなたって彼女がいるの?」
私は、ポールから直接、彼女に関する話を聞いたわけではなかった。だから、まるで他人の家に土足で上がり込むような、図々しさも感じていたものの、どうしても彼に「彼の彼女」のことを聞いてみたくなったのだ。好奇心と言う悪魔が、相手を思う気持ちという天使に勝ってしまったのだ。
するとポールは、案外すんなりと、私がした質問に答えてくれた。
「あぁ、君も知っているのか。別に隠す必要も無いんだけれどもね。隣のクラスのマリアっているだろう。あの子さ」
ポールは、まるで観光客をガイドするかのような丁寧さで、聞いてもいないことを教えてくれた。
その様子に、私は少しだけれども驚いた。ポールは、もっと嫌がると思っていたから。何か理由があったわけではないが、普段の彼の振る舞いを見ていると、自身のことを根掘り葉掘り聞かれるのは、好きじゃないような感じがした。だから、彼がすんなり答えた時、私は多少驚いた。
「ほら、今度テストがあるだろう? この前、それに備えて、彼女と2人きりで勉強したんだよ。2人きりで勉強するっていうのも、なかなかいいもんだね」
ポールは、少し笑みを浮かべながら、こう言った。私は今まで、そんな幸せそうなポールは見たことが無かった。その顔を見ると、ポールは今、本当に幸せなのだなと思った。

それから、ポールとその彼女であるマリアを、私は校内外でよく見かけるようになった。ある時は、映画館に居た。ある時は、図書室で勉強をしていた。そんなポールとマリアを見ていると、何だか幸せな気分になれたのだ。彼らの周りには、何か不思議な、春の陽気のような、暖かい空気があることを、私は感じていた。ポールも幸せそうだったし、相手のマリアも幸せそうだった。
ポールは、教室にいる時は、普段通りのロボットに戻る。冷静で、感情をあまり表に出さないロボットに戻る。けれども、マリアと一緒にいる時は、彼は人間味で溢れていた。私はそんなポールを見る度に、不思議な人だなと思っていた。

そして、悲劇は突然訪れた。
私はいつも通り学校へ行った。けれども、その日は朝から様子がおかしかった。何だか、空気がざわついていた。ある人は小走りをしていたし、ある人はひそひそ話をしていた。用があって職員室を覗いてみると、先生たちも何やら慌てていた。その様子から私は、何か大変なことがあったのだと察した。
そして、教室に帰ると、さらなる異変がそこにはあった。今まで皆勤賞だったポールの席が、空いていたのだ。

朝礼の時に、私とクラスのみんなは、担任から事実を告げられた。
隣のクラスのマリアという子が、昨夜交通事故に遭い、病院に搬送されたということ。そして今朝、亡くなったという。
担任の先生は、私たちを気遣ったのか、あまり感傷的にならないように、その事実だけを伝えた。まるで、いつも通り、連絡事項を伝えるかのような声のトーンで、その事実を伝えた。そして、「皆は落ち着いて行動するように」という一言を残して、朝礼を終わらせてしまった。
担任の先生の口調が、あまりにも事務的だったせいで、私は一瞬、先生が何を話したのか、理解出来なかった。けれども少しの間の後に、全ての事象が、まるで電気回路のように繋がった。そして、ポールのことも心配になった。

マリアの葬儀の日、彼女と同じ学年全員で、葬儀に参列することになった。私はマリアと話したことはなかった。けれども、彼女には何か特別なものを感じていた。彼女の前では、ポールはロボットではなくなっていたからだ。話したことの無い彼女を想ううちに、私は何故だか、彼女に対する感謝の気持ちが沸き起こってきた。

その葬儀には、ポールも参列していた。ポールは、目から大粒の涙を流していた。まるで、水道の蛇口を捻ったかのようだった。
彼は人目も憚らずに泣いていた。私の中では、ロボットだった彼が、感情を露わにしていた。
マリアが亡くなる少し前、ポールは私にこんなことを言っていた。あの時はたしか、私が「どう、彼女とは上手くいってる?」なんてお節介を焼いたのではなかったか。私のその質問に、ポールはこう答えたのだ。
「この前、彼女と約束したよ。絶対に、同じ大学に進学するってね。僕は医学部志望で、彼女は別の学部を志望しているけれども、絶対同じ大学に入るって、約束したよ」

ポロポロと涙をこぼすポールを見て私は、この言葉を思い出していた。ひょっとしたらポールは、マリアと将来の約束までしていたのかもしれない。お互いに結婚しようと、そんなことまで言っていたのかもしれない。そう思うと、私はポールの姿が、より痛々しく映るのだった。

マリアが亡くなってしばらくすると、私たちにも日常が帰ってきた。ポールも、学校に来るようになった。けれども、マリアと付き合っていた頃と比べて、口数も減ってしまった。ますますロボットのようになってしまった。

そして、そうやって月日は流れ、私たちは卒業をし、大学へと進学した。
不思議な縁で、私とポールは同じ大学に進むことになった。マリアのように、ポールと口裏を合わせたわけではない。たまたま、志望する大学が同じで、そこに入ったというだけだった。
私は文学部で、ポールは医学部に進学した。そういえば、ポールのお父さんも医者だったと、私は大学に入って気付いた。
文学部と医学部では、棟も離れているので、自然と会う機会も少なくなってしまった。私は私で穏やかに生活していたし、ポールもポールで生活をしていた。
けれども、大学に入学して半年程経過した秋、私はポールとばったり再開した。顔つきは相変わらずで、人を寄せ付けないオーラを放っていた。
「あら、ポール。久しぶり」
ポールを見かけた時私は、他人のフリをしても良かったのだが、そうするのはなぜか憚られた。
「あぁ、君か。久しぶりだね」
半年ぶりの再開だというのに、ポールは驚かず、表情も変化しなかった。
私たちは、そのままカフェに入って、何気ない会話をいくつかした。お互いどんな勉強をしているのかとか、サークル活動について話した。
そうしているうちに、ふと私がこんな質問をした。
「最近はどう、楽しい?」
マリアを失ったポールは、私から見ても落ち込んでいたし、ますます感情が読み取りづらくなった。だから、久しぶりに会った彼に、調子を聞こうと思ったのだ。お節介だとは分かっていたが、彼がちゃんと過去と向き合えているのか、私は心配になったのだ。
すると、彼は声色を変えてこう言い始めた。
「聞いてくれよ! ようやく彼女が出来たんだ! 彼女のおかげで、毎日が幸せだよ」
私は彼のこの物言いに驚いた。もうマリアのことはいいのだろうかと思った。けれども、彼の顔は、まるでマリアと付き合っている時のように、幸せそうだった。だから私は、彼がマリアとの過去に決着をつけられたのだと思った。

そこから彼は、嬉しそうに自分と彼女のことについて話始めた。彼女が何を好きなのか。どんな所へ一緒に行ったのか。そんな話をしてくれた。
彼の話を聞くうちに、私はあることに気付いた。「この話、どこかで聞いたことがある」と。
そう、ポールが話す「新しい彼女」の特徴は、「マリア」に酷似していたのだ。

その日は、それで別れた。そして私は、少し安心した。彼が、過去という鎖に繋がれたまま、前に進めていないのではないかと、心の隅の方で、気にはなっていたからだ。

そこから、私は不思議と、ポールと学校内でばったり遭遇する機会が多くなった。けれども、彼はいつも1人だった。彼女を連れて歩いているのなんて、私は1度も見たことがなかった。

そんなある日、私はポールから1通のメールを受け取った。そこには、今までに来たことのないような文面が書かれていた。
「今度の土曜日、ウチに来ないか。パーティーがあるんだ。もちろん、僕の彼女もいるよ」
私の家とポールの家は近所だった為、小さい頃よく2人で遊んでいたし、お互いの親も知っていた。ポールの父親は医者をやっており、今はどこかの大学病院にいるとのことだった。
私は正直、気が引けた。というよりも、意味が分からなかった。なぜ、ポールと、その家族と、ポールの彼女がいるホームパーティーに、私が誘われるのだろうか。私がポールと頻繁に会っているからだろうか。それとも、ポールの親が私を呼んだのだろか。真相はよく分からないけれども、行くことにした。何よりも、ロボットだったポールをあれほど元気にさせる、彼女の顔を一目見ておきたいと思ったからだ。
そして、その日はやってきた。私は特別着飾るわけでもなく、普段通りの衣装で、ポールの家へ来た。
父親が大学教授ということもあり、ポールの家は、とても大きかった。牢のようにさえ見える鉄の扉を開け、呼び鈴を押す。すると、大きな木の扉の中から、ポールが出てきた。
「やあ、待ってたよ」
ポールは、学校内で見かけた時とは、別人のような笑顔を浮かべていた。けれどもそれは、彼女の話をしている時とも違う、不敵な笑みだった。まるで、何か悪い事でも企んでいるかのような……。
「ついてきて」
私はポールに従った。ポールの家はとにかく広い。まるで、ちょっとした迷路のようだ。ポールは、大広間に向かうのかと思いきや、階段を下り始めた。私は内心、「この家は地下室まであるのか」と驚いたが、声には出さなかった。
階段は思ったよりも長かった。階段を降りるにつれて、2人の足音がよく響いた。それが、何かホラー映画の1シーンのようで、私は少しだけ気味が悪かった。
「ねぇ、こんな地下でパーティーがあるの?」
私はしびれを切らして、ポールに尋ねた。けれどもポールは、「もうすぐさ」と言うばかりだった。
長い階段を降りた先に、小さな扉があった。その扉を開ける前に、ポールが1度だけ私の方を振り返った。そして、「ここが、パーティー会場さ」と言った。その顔は、完全に悪巧みをしている顔だった。

ポールに連れられて、扉の中に入った。中には、手術台のようなベッドが1つと、その周りに、人が何人も倒れていた。壁側にはぎっしりと、サッカーボールくらいの大きさのカプセルが並んでいた。
「ひっ……」
私は声をあげそうになった。けれども、すぐさまポールは私を睨んだ。その顔を見て私は、まるで猛獣に威嚇されたかのように黙ってしまった。
「あぁ、片づけをし忘れてた」
ポールは、辺りに倒れている人を見て、そういった。そのポールの物言いに、私はさらなり恐れを感じた。
この人は、人が倒れていることを「何でも無いこと」と言ってのけた。そのことが、私を恐怖へと陥れた。
「これを見てくれ」
私の恐怖なんかには目もくれず、ポールは1つのカプセルを持ち出した。その中には、人間の脳のようなものが入っていた。保健の授業で見た人間の脳が、そこには入っていた。
「これが、僕の彼女だよ。紹介するよ」

その、どう見ても脳にしか見えないカプセルを、ポールは彼女だと言った。私は彼の言っていることが理解出来なかった。いや、それよりも、私はこの場から逃げ出したかった。何か良くないことが、起ころうとしているように思えた。

ポールは、そのカプセルを、宝石を愛でるかのように撫でながら、話を続けた。
「これはね、マリアの脳なの。マリアを担当した僕の父さんがね、持って帰ってくれたのさ」
気付いたら、私の身体からは汗が噴き出していた。何の汗なのかは分からない。まるで本能が、汗をもって「ここから逃げろ!」と伝えているようだった。

ポールは話を続けた。
「そう、だからこれはマリア。そして、僕と父さんは、この脳を人に移植して、人格さえも移植してしまおうかと考えたんだ」
さぞ何でもないことのように、ポールは話を続ける。もう私は気分が悪くなってしまっていた。今までに見たことの無い光景の連続で、頭がショートしてしまいそうだった。
「つまり、マリアの脳を使って、マリアの人格を移植させようと思って、研究してきたわけ」
ポールは、まるで先生にでもなったかのように、私に丁寧に説明をする。けれども、私には、そんな説明を聞いている余裕はなかった。

「それで、ここに倒れてるのは失敗作。やっぱり、マリアと同い年くらいの女の子じゃないとダメみたい」
ポールは、自身も周りに倒れている人達を見て、こう言った。おそらく、もう死んでしまっているのだろう。
そしてポールは、話終えた後、今までにないくらいの笑みを浮かべて、こう言った。
「そこで、君を呼んだのさ!」

ポールが大きな声をあげたことが合図になって、私はハッとした。今まで、心がSOSを出していても、体が動かなかった。けれども、今ようやく、体が動くようになった。
私は逃げた。とんでもない猛獣の穴に入り込んでしまったと思った。降りてきた階段を、全速力で駆け上がる。バタバタという足音が響いていた。
私は全力で走った。振り向いたら、食べられてしまうと思ったからだ。あの、笑みを浮かべた、頭のおかしい猛獣に、食べられてしまうと思ったからだ。
高級感の漂う木の扉も、牢のように見える扉も、私は乱暴に開けた。その間、1度も振り向かなかった。追ってきているのかどうかすら、分からなかった。

そして私は助けを求め、警察に保護されることになった。

あの後、警察の方から詳しい話を聞いた。
ポールは、マリアが死んでから、ずっと死者を蘇らせる研究をしていたらしい。その過程で、少し頭がおかしくなってしまったのだろう。私と大学でばったり会った時には、もうその「病」は進行していたのではないだろうか。
ポールの父親も、ポールの研究に賛同した。それは、ポールの性格を一気に変えたマリアを、忘れられなかったからだろう。

その話を、私はボーっとする頭で聞いていた。私の心の中では、ただポールに対して抱いていた感情が、水面に落ちる水滴のように、空しく響いていただけだった。

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