メディアグランプリ

あなたも我慢しないでね


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:Minami(ライティング・ゼミ・平日コース)

 
 
誰か助けて……。
突然の主人の膀胱がん宣告から2週間、藁をもすがる思いで電話をかけた。
 
電話の女性は、「あなたも我慢しないでね、家族はしっかりしなきゃと思うからつらくなる。そんなときはまたここに電話してね」と言われた途端、必死にこらえていた心の防波堤が崩壊し、嗚咽してしゃくりあげた。電話を切って「うわぁ~っ」と大声で泣きじゃくった。
 
必死に探したけど、膀胱がんの家族会は日本にはなかった。
胃がんや肺がん、すい臓がんはあるのに、膀胱がんはなかった。
 
「なぜ膀胱がんの家族会はないの?」と思った。
その女性は、「膀胱ガンは男性が多く、患者同士で話すことを苦手としているから家族会がないかもしれない」と教えてくれた。ガンが筋肉層まで到達していたらどうなるのか、膀胱を全摘出し、腸で新しい膀胱を作ることになったらと先々の心配する私に、直近の手術のこと、食事のことを考えるのが先決と促してくれた。もっともだった。その女性の言葉に、癒されていくのが自分でもわかった。
 
ガン宣告を受けた主人を助けたい、支えたいと思った。
でもうまくできなかった。頭ではわかっていても心が追い付いていかなかった。
 
しっかりしなきゃと思っているのに、役に立たない。
私は、のび太なのだ、と思った。今まで、ジャイアンにいじめられるとドラえもんが助けてくれた。主人は私にとってドラえもんのような存在で精神的に頼って暮らしてきた。主人が決めてくれれば、自分で決めなくていいから楽、そんな弱さが露呈した。
 
今、「膀胱がん」というジャイアンが私たちの目の前に立ちはだかり、主人ものび太になっているのに、助けてあげられない。主人と私は小さく身を寄せ合うように静かに過ごし、週末は神頼みで厄除け大師に行った。
 
朝、主人を玄関まで見送り「行ってらっしゃい~ 今日もみんなと仲良くね~」と、いつものセリフで送り出し、ドアが閉まると同時に涙があふれてきた。洗い物をしていても、涙が頬を伝う。青信号を見ても、電車に乗っていても、テレビを見ていても、主人が一緒にいないときは涙がツーと出てきた。
 
高齢だからという理由で、両方の母親にも言わなかった。
誰かに話を聞いてほしいけど、言ったところで相手を心配させてしまうことを考えると、誰にもしゃべる気持ちになれなかった。
助けてくれるドラえもんがどこにもいない。
 
あの電話は、そんなときだった。
「あなたも我慢しないでね」と言われ、大量の涙を流した。
 
電話を切った後、心の中にあった大きなどす黒いものが少しずつ流れ落ちていくのがわかった。主人を助けるためなら何だってするという「小さなとんがり」が私の心の中に芽生えた。次第に沸々しはじめ、マグマみたいにオレンヂ色の大きな塊になって、脳天まで突き抜けた。その瞬間、「私がドラえもんになる」と決めた。
 
動き始めた。
どうやら涙と一緒に私の「依存心」も流れ落ちてしまったらしい。
 
膀胱ガンに関すること、手術のこと、生存率のこと、新しい膀胱を作る手術のこと、とにかく情報がほしかった。本も読み漁ったがきれいごとにしか見えなかった。ガンの種別問わず家族会に参加し、参加している人にどの家族会がお勧めか聞いて回った。
 
アメブロにも記事を書き始めた。同じ境遇の人とつながることで、貴重な情報をたくさん教えてもらった。妻の立場で記事を書いている人は少なかったけど数名の人と知り合いになり、メール交換をして情報交換を始めた。そうして、膀胱がんのプチ患者会ができた。
 
膀胱がんステージⅣの余命3ヵ月と宣告された男性とも友達になり、夫婦そろって会いに行った。自分のことで精いっぱいであろうに相談に乗ってくれ、自分が飲んでいるお水をプレゼントしてくれた。抗がん剤治療もし結果が芳しくないため新膀胱を作る手術を医者から勧められると、その手術を拒否し退院してしまった。なのに、余命宣告から1年が経過した頃、ガンが見当たらないと言われ、今では全国飛び回ってハードに仕事をしている。こんなにも個別の違いがあるものと勇気づけられた。
 
主人の膀胱がんは、今は消えている。
再発すれば新しい膀胱を作る手術をするか、お腹に排泄できる管をつけて生活するかのどちらになるだろう。主人は言った。「上等じゃ、絶対治してやる」と。強い意志を持って動けば、結果はどうであれ運命は拓けてくる。私たち夫婦は、命の期限を突き付けられたことで、人生は当たり前だけど「有限」ということが身に染み、人の情けに感謝しながら大切に生きていく機会を与えてもらった。
 
私はドラえもんになれたのかまだまだ自信は持てないが、自分では決められないくせに相手から振り回されれば、落ちこんだり、怒ったりすることからはさよならできた。主人の膀胱がんを経て得たのは、周囲なんて関係ない、みずから声をあげ、動き、やり遂げることだった。
 
もし今、「誰か助けて」と誰にも言えない苦しみを抱えている人がいたら、
ただただ話を聞き「あなたも我慢しないでね」と言ってあげたい。
 
 
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2018-02-02 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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