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優しさの周波数


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記事:蒼山明記子(ライティング・ゼミ平日コース)

 
 
「この街の人って意外と冷たくて最初びっくりした」
外部からご主人の転勤で来て、当時一緒に派遣で仕事をしていた同僚がそう言った。
詳しく聞くと、雪道で転ぶ人に手を差し伸べる人がいないということだった。
 
この街は冬になると雪に覆われる。
この街で生まれ育った人間は雪道の歩き方を無意識でも工夫しているけど、それでも転ぶことがある。
ましてや雪に慣れていない土地からやってきたのなら、転ぶのは仕方のないことだ。
 
「目の前で転んだら、“大丈夫ですか”くらい言ってもいいのに」
というのが当時の同僚の弁だった。
なるほどそういうものなのか、と思った。
たまに声かける人もいると思うんだけど……と言いながら、確かに雪道ですべって転んだ人に見知らぬ人が声をかける確率は低い街だなと思った。
ただ、私は雪道で転んだ人に声をかけないことを肯定的に見ていたので、同僚にはこう応えた。
 
雪道は誰でも転ぶものなので、もし転んだ人がいたら恥ずかしい気持ちが分かるから、あえて“見なかったことにする”というのも優しさだったりするのだよ、と。
 
手助けするとしたら、転んで買物をぶちまけたなら拾ってあげたり、杖をついたお年寄りが転んだらもちろん駆け寄るよと説明すると、「なるほどねー」と理解したようなしないような返事をくれた。
 
優しさに対する価値観の違いはよくあることだ。
 
若かりし頃、一緒に働いていた同僚に、なんとも無愛想な人がいた。
もちろん挨拶くらいはするけれど、それ以上会話をしない。
私はそれまで、会話をすることが優しさだと思っていたので、随分と冷たい人に見えた。
とはいえ私自身、声かけが得意なわけではない。
でも、同じ空間で黙っているのも悪いなと思ってしまう。
一人でいるコを見ると寂しいのではないかと思ってしまう。
 
その自ら声をかけない人と休憩が一緒になった時、私のほうから声をかけると、彼女は意外なほど感じ良く会話を交わしてくれた。
彼女は冷たい人ではなく、ただ“話しかけない”ことにしているだけのようだった。
 
職場は友達の集まりではないので合う人もいれば合わない人もいる。
いつも事務所の中で中心になって話したり男性社員とも仲良く話しているような明るいタイプの人に、たまたま休憩が一緒になって話しかけると、意外なほど会話を切る人だったりすることがあった。
よく観察すると彼女は自分に無益な人とは仲良くしないようなところがあるように見受けられた。
なるほど、私は無益なので排除ということらしい。
 
いつも一人でいる人に声をかけると、なんだか緊張したように、何を話していいか分からないというような空気になる人もいた。
 
どうやら話しかけないというのも優しさなのかもしれないと悟った。
私はここで“話しかけない優しさ”というものがあることを学んだ。
それは、自分自身にとっても無理しなくて済むことだったので、無理に声をかけないと決めたことに安堵したのを覚えている
どこかで、優しさへの固定概念があり、こうしなければ冷たいと思い込んでいたことにも気づいた。
 
優しさは人によって周波数が違う。
チューニングしないと、その優しさに気づけないことがある。
話しかけると意外と感じ良かったあの同僚のように、すぐにカチッと周波数に合うこともあれば、どうもチューニングがうまくいかない相手もいる。
でも、チューニングがうまくいかない相手にも優しさの周波数はある。
ただ、無理してチューニングしようとは思わなくなった。
合わないのなら合わせなくていい。
それで私の印象が悪くなったとしても、お互い様だと思うことにした。
神様仏様だって恨まれることがあるのだ。
俗世に生きる私が万人に好かれるなんてことはありえない。
 
それ以降、私は無理に話しかけることも徐々になくなり、したい会話があれば投げてみて、相手がのれば会話をするというスタンスが定着した。
会話がなければしないので、中には冷たく感じる人もいるだろう。
それを承知の上で、あえて声をかけないほうを選ぶのは、自分のプライドのためもあるかもしれない。
声をかけた時の、相手の態度に傷つくこともあるのを知っている分、無駄に心に波風たたせたくないという防護のためかもしれない。
 
声をかけるというのは一番分かりやすい優しさであり、傷つくリスクもある。
だからこそ、真っ直ぐに声をかけてくれる、わかりやすい優しさを向けてくれる人には応えたい。
大抵は、別に私に興味があるわけでもなく、この静かな空間の中で少し会話をして空気を和ませたいだけだったりするのだから、プライベートなことを根掘り葉掘り聞いてくるのでなければ、会話にはできるだけのることにしている。
 
誤解を承知の上で声をかけないほうを選んでいる代わりに、人の優しさの周波数には敏感でありたいと思っている。
たとえその優しさがタイミングの悪いものだったとしても、それが優しさである限り、ありがとうの気持ちで応えたいと思っている。

 
 
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2018-02-02 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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