亡き親友から届いた年賀状
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記事:渡邊法行(ライティング・ゼミライトコース)
「彼が渡邊さんにあてて書いた年賀状があるんです。お渡ししたいんですけど、一度お会いできませんか?」
親友Sの奥さんから久しぶりに電話をもらった時、少し驚いた。電話をくれたことに、ではない。彼からの年賀状って? どういうことだろう?
とりあえず、次の日曜日に会う約束をして電話を切った。
Sの奥さんと会うのは久しぶりだ。4年前のSの葬儀以来になる。
Sとは新卒で就職した会社で出会った。小さな会社でその年の同期社員は、僕たち2人だけだった。
1週間の本社研修の後、現場を知るためという名目の工場研修に出た時のこと。
昼食のため社員食堂の食券売り場に並んでいると、突然中堅の先輩社員がSの胸ぐらを掴み、「何見てんだよ。文句あるのかよ。生意気な態度してんじゃねえよ」と、絡んできたのだ。
相手は現場の先輩社員である。先々のことを考えると我慢すべきなのか。
でも、あまりのめちゃくちゃさに腹がたった。
「ちょっと、何なんですか。こいつは何もしてませんよ。先輩社員が訳もなく新入社員を締め上げるなんて理不尽じゃないですか」
興奮してわめく僕に視線を向けた先輩社員はこちらに何かを言おうとしたのだが、その勢いを削ぐかのようなSの声が横から聞こえてきた。
「何か気に食わないことがあったのなら、すいません。でも、みんな見てますよ。勘弁してもらえませんか」
その声は怯えるでもなく、敵意むき出しでもない、その中間にある静かな声だった。
そんなSの反応に、ふいに興味を失ったのか先輩社員は唐突にSから手を離すと、社員食堂を出て行った。
「何だよお前。めちゃくちゃ冷静じゃん。俺、まだ足がガクガクしてるよ」
「俺もそうだよ。でも、絡まれてもいないお前が俺の横で一生懸命怒ってるのを見てたら、何だかおかしくなってさ。そしたら体の力がすーっと抜けたんだよ」
「おかしいってのは、何だよ。俺は心底ビビッてたんだよ」
「わかった、わかった。ありがとう。助かったよ」
そう言いながら、Sはやはり、おかしそうに笑っていた。
そんな事もきっかけになったろうか、僕たちはお互いに心を許せる友人となった。人見知りで人間嫌いの僕にとっては、唯一の親友だった。
しかしある日、Sが病気療養のためしばらく休職すると知らされた。
病院に見舞った時、治療が進行中のSとは無菌室の中と外、通話器を通じてガラス越しの会話になった。
彼は話すことすら辛そうだったが、僕が来たことを喜んでくれた。
「せっかく来てくれたのに、こんな状態で悪いな。今が一番きつい段階らしくてさ。しんどくて、たまんねーわ」
「そこを越えたら良くなるんだろ。文句言うなって」
「俺の病気はさ、完治率数%の難病らしいんだ。この治療がダメだったら、余命1年ぐらいなんだって」
「……何だよ、それ」
しばしの沈黙のあと、少し明るい声で彼は続けた。
「それからさ。俺、子供が出来たんだよ」
「おー!」
「でも、予定日は来年の春ごろなんだよな。俺、赤ん坊を抱っこ出来ないかもしれないよ」
ふいに何かが胸にこみ上げてきた。何か言わなければやばい。
「何なんだよ、さっきから。弱気なことばっかり言うなって。つーか、何でお前ばっかりそんな目に合わなきゃいけないんだ。理不尽じゃないかよ」
適当な言葉が見つからず、そんな事を言って何とかこみ上げてきたものを抑え込んだ。
そんな僕をガラス越しに見つめていた彼は、ふっと微笑むような息を漏らした。
翌年の5月、Sが亡くなった。結局、病を完治させることは出来なかったが、長女の誕生は見届けた。最後の数日を自宅で過ごした彼は、愛娘をずっと抱っこしていたそうだ。
約束の日曜日。
待ち合わせ場所にやって来たSの奥さんは、4歳になった娘の手を引いていた。ママにまとわりつく女の子が可愛いかった。
「これが電話でお話しした年賀状です。この子、引き出しを開けて中の物をぶちまけるのが好きなんです。たぶん彼の机の引き出しにしまってあったんだと思います」
宛名の面を見ると4年前、Sが亡くなった年の年賀状だった。
「その前の年に、確か渡邊さんのお父さん、お亡くなりになったでしょう? 喪中ハガキを頂いていたのに、うっかり渡邊さんあての年賀状を書いちゃったって。これ出せないなって。彼、残念そうに言ってたのを思い出しました」
そうか。そういうことだったか。
文面を見てみると、謹賀新年の文字と干支の図柄が両脇に印刷されていて、その間のスペースにSの手書きの文字が書き込まれていた。
『去年は見舞ってくれてありがとう。あの時は体はボロボロで気持ちも折れまくってたんだ。でも、お前が一生懸命怒ってるのを見てたら、何だかおかしくってさ。おかげで楽になった。ありがとう。俺がまた理不尽に巻き込まれたら、やっぱり一生懸命怒ってくれるんだろうな。そう思うとホント心強いよ(笑)』
何だよ。早く言ってくれよ。
あの時、Sを見舞ってから後、僕は一度も彼に会いに行く事が出来なかった。治療で弱っているであろう親友の姿を見るのが辛かったし、何より、かけるべき言葉が分からないことが辛かったから。
彼が亡くなってからも、4年間ずっとそれを後悔していた。
でも彼は「お前はそれでいいんだよ」と言ってくれているように思えた。
後悔の思いが消えた訳では無い。それでも、遅れて届いたSの言葉に、ほんの少し救われたような気がした。
「彼、いつも言ってました。俺が理不尽に巻き込まれたら、いつもあいつが追い払ってくれるんだって。あいつが理不尽を追い払ってくれたから、こうやってこの子を抱っこすることが出来るんだって」
そんな奥さんの言葉に、更にもう少しだけ、救われた気がした。
大人の会話は4歳の女の子には退屈だったろう。申し訳なく思った僕は彼女に、
「パパのお手紙を助け出してくれてありがとう」と話しかけた。
彼女は小さく頷くと、
「ねえ、りふじんってなあに?」と聞いてくる。
さて、どんな風に説明したら4歳の子供にも分かってもらえるだろう?
Sの奥さんと僕は思わず顔を見合わせ、しばし途方に暮れていた。
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