メディアグランプリ

なぜ、1年付き合った人より、一瞬だけ両思いになった人の方が忘れないのか


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記事:本木あさ美(ライティング・ゼミライトコース)

 
 
私たちは、言葉だけで触れ合った。
 
瞳だけで同じ気持ちを分かち合った。
 
時間にしてたった3秒。
 
一生忘れられない思い出をつくるには、十分すぎる時間だった。
 
大学を卒業して、システムエンジニアとして働き始めた私は、社内システムを開発する部署に配属された。すぐに会社の合併が決まり、それに伴って始動したプロジェクトに加わることになった。
 
そのプロジェクトは30人ほどのメンバーがいたが、若手のメンバーが多くて経験不足だったり、度重なる仕様変更があったりして、とにかく忙しい日々が続いていた。
 
そんなチームのなかで、ひときわ目を引く男性がいた。まだ20代でそれほど年は離れていなかったが、「唯我独尊」という言葉がぴったりはまるひとだった。
 
そのひとは頭の回転が早く、相手が誰でも思ったことをハッキリと言った。聞いていてハラハラすることも多かったが、決して嫌われるようなことはなかった。何を言っても面白いし、取り巻きも多かった。上司からの信頼も厚く、サブリーダーのような立場だった。
 
そのひとは、低いながらも明るさのある、聞き心地のよい声を持っていた。厳しいアドバイスをするときも茶化してオブラートに包むようなところがあり、後輩にも慕われていた。
 
そして、どんなに忙しくなっても、いつもキレイな肌をしていた。女性でもあまり見かけないほどの上品な肌ツヤが、彼のカリスマ性を一層際立たせていた。
 
それと同時に、漆黒の目は鋭く、時々とても冷徹に見えて、こわいと感じることもあった。
 
冷たさも温かさも、おそろしさも親近感も、すべて併せ持ったミステリアスなひとだった。
 
第一印象でそれを感じ取った私は、「色っぽいひとだなぁ」くらいにしか思っていなかったが、時間が経つにつれ彼の魅力に惹かれていった。
 
そのひとが気になり出してからというもの、私は彼に毎日会うのが、嫌で嫌でたまらなかった。無意識に目で追ってしまい、何も手につかないのだ。日に日に心の中で大きくなっていくそのひとの存在をかき消すように、私は目の前の仕事に没頭した。
 
そんな好意の反面、私は彼に嫌われているとも思っていた。ついさっきまで新人研修を受けていたような状態だったので、私がこのプロジェクトの足しになっているとは思えなかった。それどころか、お荷物だろうと思っていた。
 
だから、サブリーダーのようなそのひとにも、当然嫌われていると思っていたのだ。
 
そんな心の葛藤をよそに、難航したプロジェクトは何とか無事に終了し、打ち上げが開催された。
 
メンバーが多いこともあり、そのひととは話さないまま終わるだろうと思っていた。
 
日々、視界からも心の中からも彼の存在を消すことに躍起になっていた私は、そうであってほしいと願っていた。
 
しかしそう思ったのも束の間、リーダーと話していると、ふらりと彼がやってきた。
 
酔いが回っていたのか、目の前のふたりの男性はたわいもない恋愛話に花を咲かせていた。会社で見ることのない無邪気な表情のふたりは、とても微笑ましく思えた。
 
そんなときだった。
 
どんな話の流れだったのか、彼が唐突に、私に向かってこう言ったのだ。
 
「顔もツボだけど、性格もツボなんだよね」
 
酔っていたはずの彼だが、そのトーンは本気だった。
 
一瞬、何が起こっているのか分からなかったが、彼の目を見ると、哀しさの奥に、待ち焦がれていた春を迎えたような歓喜があるように思えた。
 
一方的に惹かれていると思っていたが、実は両思いだったのだ。
 
「私も、初めて会ったときから、色っぽい方だなぁと思ってました」
 
そのとき、私も彼と同じ目をしていたのかもしれない。
 
一瞬、二人の間に、満月が海面に描く一筋の光のように、儚いつながりができたように感じた。
 
顔もツボだけど、性格もツボ……なんて彼らしい表現だろう。きっと当時の彼に、これ以上の表現はできなかったのだ。
 
そのひとは、結婚式を間近に控えていた。
 
たった一瞬両思いになったこと。
 
それは私たちにとって、これ以上ない結実だった。
 
私はこの時のことを昨日のことのように思い出せるが、1年以上付き合った男性たちのことはほとんど思い出せない。
 
これは、彼と思いが通じあった一瞬を全身全霊で生きたからに他ならない。
 
かつて、与謝野晶子はこう言った。
 
「人は刹那に生きると共に永遠にも生きる」
 
あの時私は、もう二度と同じ瞬間がこないことを知っていた。だからこそ、相手の息づかいも、自分の熱量も、五感で感じていることの全てを、身体中で記憶しようとしたのだ。まさに刹那を生きたのだ。
 
だから、どんなに時間が経ってもその時のことを鮮明に思い出せる。きっと死ぬまで変わらない。あの一瞬は、永遠になったのだ。
 
でも、来週も会うことが容易に想像できてしまう相手とは、こんなに密度の濃い時間は過ごせない。いくら好きなひとでも、明日の仕事のこととか、自分の将来のこととか、「相手と過ごす今」以外の何かに心を奪われながら一緒にいることが実に多い。
 
だから、後になってなにも思い出せないのだ。
 
思いを遂げないまま、永遠に昇華する……
 
これ以上贅沢な恋愛の仕方は、ないのかもしれない。
 
 
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2018-02-17 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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