専業主婦の私は、もうすぐモラトリアムを抜け出せるかもしれない
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記事:中林ゆうこ(ライティング・ゼミライトコース)
まるで二度目のモラトリアムを迎えたかのようだった。
初めてのそれは、多くの人が経験するだろう、大学時代。自分が何をしたいのか、自己分析シートで適性を見てもらったりした。大人なのだけど、社会人になるのを猶予してもらっている期間。それなりに就職活動に失敗を重ねたけれど、職を得たことで、私の初めてのモラトリアムは終わった。
それから15年後。
結婚してから間もなく子どもに恵まれ、私はそのまま専業主婦になった。子どもがある程度の年齢になるまで一緒にいてあげたら? と主人も言ってくれたし、自分の母親も専業主婦だったからそれは自然の流れだった。
しかし、慌ただしい生活の中で次第に出てくる疑問……。
あれ、私、ちゃんと社会とつながれている??
昼夜問わず一、二時間毎に、お乳を欲しがる赤ちゃん。主人の弁当を作って送り出し、洗濯物を干し終わらないうちに赤ちゃんが起きて、お乳をやって抱っこして、赤ちゃんが昼寝をしたら夕飯の下ごしらえ。また起きて泣いて……。気づけばずっと赤ちゃんを抱っこしている。
子どもになれば、移動するたびに散らかる部屋を片付け、気に入らないことが起こるたびに癇癪を起こす子どもをあやし、手作りおやつは全然食べてもらえず……。ごくありふれた育児風景だろうが、一日が子どもにかかりっきりだ。
小さい子どものいるおかげで、地域のお祭りやお葬式も、役を免除してもらっていた。以前は任されていた在宅の仕事も他の人に回っていった。
周りの人の好意ではあるが、外とつながる機会をなくし続けた結果、私はとにかく「いつも」「子どもと一緒に」いた。子どもと生活をしていると、私が社会人時代に長い時間かけて培った「効率よく仕事をする」能力が驚くほど機能しない。同じことを何度も繰り返し、何事にも時間がかかる。また、子どもの日々の要求はエンドレスなので、事業を一区切り終えて感じるような達成感もない。
そして、専業主婦はぼんやりと、自分の存在意義を考え始める……。
「家事すらまともに終えられない私の一日って一体なんなのだろう……」
育児で追い詰められつつあることを、あまり実家の母には気づかれたくなかった。私は四人兄弟の一番上だったが、昔の記憶を呼び起こしても、母が育児でカリカリしたり不満な様子を見せたりした記憶がなかった。そして、仕事に出ることも、子どもを預けてどこかに遊びに行くこともなく、ずっと一緒にいてくれた。母は本当に、ただの「お母さん」だった。
会うたびに子どもの愚痴をいってしまう私に母は、「私はあんたたち育てるの、楽しかったけどねー」とぽろっと言った……。
私は社会にでて、それなりに仕事もできるようになったと自分で思っていた。そして、自分でお金を稼いで、好きなところにいったり、趣味に投資したりすることができていた。
そんな私は、どこかで「ただのお母さん」になることに抵抗していたのかもしれないな。
私が社会から隔離されていると思っていただけど、きっと社会から壁を作っていたのは私だった。SNSを見たら、前職の同僚はどんどんあの頃の目標を叶えているし、特技のあるママ友はプチ起業してなんだか輝いている……。自分だって子育てをもっとうまくできるし、もっと何者かになれるはずなのに! と。
上の子どもが幼稚園に行っている今、少しずつ生活に余裕が生まれてきた。今までの育児生活、辛かったのかな?
いや、そんなことないな。保育園に通わせるよりはるかに長い時間、子どもと一緒にいられた。私を見つけて一生懸命ハイハイして来てくれたこと、ヤキモチばかりだった妹に、上の子が優しくなれた頃のこと、「アナと雪の女王」のドレスに身を包んで姉妹で踊りまわっていたこと、無頓着だった3歳の妹がおしゃれに目覚めていくのも……。
全部、この目で見てきた。
思えば、専業主婦になり、社会人の時以上の段取り能力を培った気がする。家事を進めつつ自分と子どもの身支度などをし、元気あふれる子どもたちの満足を満たすために一緒に遊ぶのと同時に、きれい好きな主人のために部屋をきれいにして帰りを待つというのは、なかなか高度な技ではないだろうか。
子どもたちに勘忍袋の緒を何回も切られ、それによって自分の内面を見ることを余儀なくされ、さらに気持ちのコントロール能力も上がったような気もする。
調子のいい時期もある。苦い時期もある。自分を否定してしまったことも、全部ひっくるめて、私が過ごした日常なのだと、最近は丸ごと受け入れることができる。今までもこれからも、いつも私は子どもの側にいる。いいお母さんの時ばかりではなかったけど、子どもにとって私は、ただの「お母さん」。まずはそれで十分じゃないか。
さぁ、春には下の子の幼稚園入園を控え、これからまた次の段階。久しぶりにちゃんとメイクでもしてみようかな。子どもの生まれる六年前と比べたらだいぶ肌艶がなくなっているけど。新しい気持ちで外にでてみよう。自分探しの猶予期間はもう終わったのだ。
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