プロフェッショナル・ゼミ

あの日私は吹雪を見て、これが人の心かと思った《プロフェッショナル・ゼミ》


*この記事は、「ライティング・ゼミ プロフェッショナル」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:高浜 裕太郎(プロフェッショナル・ゼミ)
※このお話はフィクションです。
その日は、目の前が見えなくなるくらい、雪が降った日だった。
前日は少々飲み過ぎたかと思ったが、どうやらそうでもなかったらしい。朝起きた時、私の頭はすっきりとしていた。
降った雪は、時より風と混じって、吹雪とって吹き荒れた。そして、私の目の前を曇らせていくのだった。私は幸い、営業車で移動をしている為、雪が体に降りかかることはない。それでも、視界が悪くなることは、多少不安だった。
雪のせいで、車の停止線も見えなければ、対向車線から来る車も見えない。九州にも、こんなに雪が降るのかと、私は多少感心した。
雪は、人の心をくすぐる効果があると思う。普段は、あまり考え事をしない私でも、こんな雪を見ると、何か考え事をしてしまう。凝り固まった筋肉がほぐされるかのように、固まってしまった私の心も、雪を見ると、幾分かほぐれるような気がした。
「まるで、人の心のようだ……」
吹雪の中、信号待ちをしていた私は、こんなことを思っていた。

雪が降った前の日、私は同窓会に参加をしていた。
成人式にすら行かなかった私だ。中学校を卒業して、もうすぐ15年くらい経とうとしているのに、今更同窓会に顔を出すなんて、どういう風の吹き回しだろうか。自分でも分からない。
ただ、今の私は、自分にそこそこ自信があった。
営業職として働いていた私は、今年に入ってから、成績が軒並み上がっており、そのことが、私に自信をつけさせた。
周囲の評価も、私を励ましたのかもしれない。良い成績を残すと、上司を始め、周りの人は褒めてくれる。「お前、凄いじゃないか!」なんて、甘い言葉も投げかけてくれる。
こうした成績や、励ましの言葉によって、私は自信家になっていた。それは、過剰だったとも言えるだろう。
私は、中学校の頃、いじめられていた。
それは、靴を隠されたり、机に落書きをされたりといった、陰湿なものではない。私は当時、運動部に所属していたので、運動部なりのいじめを受けた。今でいう、パワーハラスメントだ。
「肩パン」と称され、肩に思いっきりパンチを入れられることは、毎日のようにあった。むしろ、それが挨拶代わりのようにもなっていた。他にも、当時流行っていたプロレス技をかけられたりもした。
私をいじめていたのは、同じクラスの子だった。同じ部活の子ではなかったけれども、別の運動部に所属していた。
彼らは、複数人だった。というよりも、組織ぐるみのいじめだと言える。ボスがいて、その周りに、ボスの右腕や部下がいる。私は、直接ボスに手を下されることもあったし、部下にいじめられることもあった。
幸か不幸か、このことを私が先生に告発をしなかった為、問題にはならなかった。先生が私たちに向けて注意をすることもあったけれども、ボスは「これは遊びです!」と言っていた。そう言われると、私もそれに従わざるを得ない。私が反抗することは許されなかったのだ。
こうして、「傍から見れば仲の良いグループ」が完成したのだ。実態は、私たちしか知らなかった。

そんな過去もあったから、私は成人式に行かなかった。またいじめられるとは思わなかったけれども、私をいじめていた奴らと、単純に、顔を合わせるのが嫌だったのだ。
そして、当時の私には自信が無かった。私は、「私をいじめていた奴ら」と渡り合うには、相応の武器が必要だと考えていた。そうではないと、なめられてしまって、またいじめと似たような目に遭ってしまうと考えたのだ。
武器というのは、例えば実績だ。「私が、他人から見て凄い奴」になれば、いじめていた奴らも、私を見る目が変わるだろう。
けれども、当時20歳の私は、自分が凄い奴だという自覚がなかった。むしろ、劣等感の塊だった。勉強が出来るわけでもない。他に特技があるわけでもない。そのことに、コンプレックスを抱えていた。
「こんな丸腰の状態で成人式に行っても、なめられるだけだ……」
私はそう思って、成人式の欠席を決めた。

それから10年が経った。今ではちゃんとした仕事にも就き、最近調子も良い。数字も上がってきている。
そんな時に、同窓会の案内が来たのだ。私はその誘いが来た時点で、行くことを半ば決めていた。
なんとベストなタイミングだろうと思った。今、勢いに乗っているこの時に、同窓会の誘いが来るなんて、まさに神が与えたタイミングだろうと、私は思った。
この機を上手く使えば、私をいじめていた奴らと、対等に渡り合える。バカにされないですむ。私はそう思って、同窓会への出席を決意した。

そして同窓会当日、私のことをいじめていた奴らも、会には出席していた。
「おぉ、お前久しぶりだなぁ。今なにやってんの?」
私のことをいじめていたボスが、開始から1時間ほど経ってから、私に話しかけてきた。
「今ね、メーカーの営業マンをやってるよ」
私は、努めて何でもない風に、こう言ってみた。
「おぉ、そうなんか。いやぁお前、成人式に来ないんだもんなぁ。成人式の2次会でさ、あの時よくつるんでたメンバーで飲んだのよ。お前も来ればよかったのになぁ」
ボスは、私の肩をバシバシ叩きながら、こう言った。その顔は、澄んだ空のように晴れやかだった。
私は、ここでわずかな違和感を覚えた。よくつるんでいたメンバーとは、誰の事なのだろうか。
「よくつるんでたメンバーって?」
私は、とぼけた風を演じて、ボスに聞いてみた。すると、ボスはまた、私の肩を数回強く叩いて、高笑いしながらこう言った。
「なんだお前、忘れちまったのか! ほら、いつもプロレスごっことかしてたじゃねぇか!」
そうして彼は、また私の肩をバンバンと叩いた。暴力的な性質は、大人になっても変わらないのだなと、私は頭の片隅で思った。
しかし、彼の言った言葉は、私にとって衝撃だった。彼はおそらく、「私をいじめていたメンバー」のことを、「よくつるんでいたメンバー」という風に称しているのだろう。
私は、彼がとぼけているのかと一瞬疑い、彼の顔をチラリと見た。彼の顔は、まるで温泉に浸かった後のように、赤くなっていた。そして、笑顔だった。とてもとぼけているようには見えない。
とすれば、彼は本気で、私のことを「よくつるんでいたメンバー」だと思っているのだろうか。
私は、彼の気持ちが害するのも、彼に悪い気がしたので、努めて笑顔でこう言った。
「あぁ、そうだった。ごめんな。ちょっと、成人式の時はバタバタしてたからさ……」

その後、いくつかに何気ない会話を交えて、その場は終わった。けれども、彼が与えた衝撃は、私の頭の中で、まるで寺の鐘の音のように、グワングワンと頭の中に響いていた。
会が終わり、私は居酒屋の外に出て、空を見上げた。雲一つなく、たぶん星が出ているはずだが、都会では星は見えない。都会は光りすぎているから、星の光を消してしまうのだ。
その日も、星は見えなかった。
空を見上げながら、私は思った。こうも、人間の心というのは複雑なものなのかと。
私は、いじめられていると思っていた。そして、おそらく私の心の中のどこかで、その事実が私を苦しめていた。いじめられるということは、いじめる側よりも劣った人間であるということだ。少なくとも、今でも私はそう考えている。だから私は、「いじめる側」にも負けないくらい、強い武器を身につけて、「同窓会」という戦場に帰ってきた。それなのに、相手は、いじめているという意識が無かったのだ。
ボスの顔を見る限り、彼が演技をしているとも思えなかった。とすると、彼がやっていたのは、本当にプロレスごっこであり、「肩パン」と称されるパンチも、何の悪びれもなかったことになってしまう。
私は当時、間違いなくいじめられていると感じていた。そしてボスも、私のことをいじめている意識があると思っていた。けれども、そうではなかった。彼の頭の中では、私たちは「仲の良い友達」だったのだ。
私は、不思議に思った。人の心というのは、どうしてこんなに見えないものなのだろうかと。人の心は、すぐそこにあって、手に取るように分かっていたつもりだ。けれども、実際には、人の心というのは、そこにあるのは分かっていても、どんな形をしているのか、どんなことを考えているのかは、分からない。私は、中学を卒業して15年も経ってから、そのことをボスに教えられた。
その日は、家に帰ってから、ビールを2缶も開けて飲んだ。酒に弱い私にとって、それは珍しいことだった。

「わざわざ、こんな吹雪の中、仕事なんかしなくてもいいだろうに」
営業車を走らせながら、私はこう呟いている。同乗者はいない。これは、ただ私の独り言だ。
視界の悪い中、福岡都市高速を走り、会社の最寄りで都市高速を降りた。雪道で滑りやすくなっているので、慎重に道を降りていく。下道に行っても、視界が悪いのは変わらず、大きい道に出ても、対向車がほとんど見えなかった。
低速で走っている為、いつもよりも幾分か遅く、会社に帰ってきた。もう帰る準備をしている人もいるくらいだ。
私は外回りから帰ってくるのが遅かった為、自然と退社も遅くなった。20時くらいまで残業をしても、まだ仕事をしている人がいる。私は、そろそろ帰ろうかと思っていた時に、後ろから誰かに話しかけられた。女性の声だった。
「そろそろ帰る?」
振り返ると、その人は事務の清水さんだった。事務の人は、今日は皆ほぼ定時で上がっていたが、清水さんは何かすることがあったのだろう。この時間まで残っていた。確か、清水さんは旦那さんと、お子さんがいたんじゃなかったか。
「はい。清水さんも、早めにあがってくださいね」
私は営業スマイルを振りまきながら、清水さんにそう言った。普段から、私は清水さんと仲が良いわけではない。ただ、退社時間が被ったりすると、こうやって話すくらいの間柄ではある。
「そうねー。もう何日も旦那と子供に、ご飯作れてないわ。早く帰ろうかなぁ」
清水さんは溜息交じりにこう言った。その溜息が、心からついたものなのか、演技でついたものなのか、私には判別が出来なかった。だから私は、何気なくこう言ったのだ。
「あらあら、ダメじゃないですか。ちゃんと作ってあげないと」
すると、清水さんの目の色が変わった。親和的な目から、一気に敵を見るような目に変わったのだ。動物が、普段と獲物を狩る時の目の色が変わるように、この人も、変わるのだと思った。
「そうね。じゃあお先」
そう言って、清水さんはそそくさと帰ってしまった。その態度や、さっきの目を見て、私は「やってしまった」と思った。
確実に清水さんを怒らせてしまった。何が気に入らなかったのかは分からないけれども、怒らせてしまったのは、間違いない。
私は溜息を1つついて、外に出た。外には、まだ雪が舞っていた。それが風と混じり合って、吹雪になっていた。
私は車に乗り込み、走りだした。視界は相変わらず悪く、停止線も、対向車も見えない。信号待ちをしていた時、私はまた、こんなことを考えた。
「まるで、人の心のようだ……」

人の心と心の間には、吹雪が吹いている。だから、相手との正確な距離も掴めないし、相手がどんな形をして、どんなことを考えているのか、はっきりとは分からない。
けれども、そうやって手探りでも、相手をどんな形なのか、どのくらいの距離にいるのか、どんなことを考えているのかを調べることが、人間関係の難しさでもあり、楽しさでもあるのかと思った。
信号が青になった。吹雪が少し弱まり、視界が少しだけ開けた。

***

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