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メディアグランプリ

「たそかれどき」にミロがかけた魔法


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:篠崎 裕介(ライティング・ゼミ日曜コース)

 
 
2007年3月9日午前2時14分、トンネルにさしかかっていた。歩道はなかった。カーブの向こうからは時々ものすごい勢いで車がやってくる。ドキドキした。そこを人が歩いているなんて誰も思わないだろう。壁に沿って恐る恐るカーブをやり過ごした。トンネルの中はライトの光がわずかながらあったが、出口の先は見えなかった。ただただ近づいてくるのは音だった。ゴーっという音だった。
 
トンネルを抜けると音に囲まれた。闇と音、それだけがそこにあった。ただただ県道に沿って歩いた。闇の遠く向こうに点々と見える光が、そこに水平線が広がっていることを教えてくれた。そんな闇の中をどれくらい歩いただろうか。ガードレールの切れ目から闇の声へ向かった。明らかに足下の感触が変わった。携帯のライトで、足下を照らした。たしかに、そこには黄金色の砂の波紋が広がっていた。そこはもう砂丘だった。ゴーっという音は海のうなり声だった。夜明けまではまだしばらくあった。しばし立ち止まっていると体の芯まで寒さの中に吸い込まれてしまいそうだった。
 
ざしゅっ。「えっ」まさかと思った。午前3時、こんな時間に誰かいるはずがない。聞き間違えかなと歩き始めると「あ」と声が聞こえた。今度は聞き間違えではない、そこには人がいるらしかった。闇の中で存在だけが感じられた。何者かといま自分は対峙している。一瞬、音が消えた。「砂丘の夜明けを撮りにきたんです」やわらかい青年の声だった。「僕もです。青春18きっぷで」私もこたえた。「え、僕もです」青年も大学の卒業旅行に18きっぷを握りしめ、気ままな一人旅だという。さっきまでカピカピだった凍り豆腐が、急速に出汁を吸い込むようにその場の空気が柔らかくなった。
 
「ここ、砂丘ですよね?」
「えぇ、たぶん」
「それにしてもすごい音ですね」
「ちょっと、奥の方まで行ってみませんか」
 
砂丘である確信が高まるにつれて、寒さが身にしみた。携帯の光くらいしか頼りがなく、不安が二人に押し寄せた。
 
「小銭あります?」
「たぶん」
「あっちに自販機があるんですけどね、おつり切れで」
 
手持ちの小銭で買えるホットドリンクの選択肢は一つだった。それはミロだった。ホット・ミロだった。缶コーヒーと同じサイズで、緑色のパッケージ。まだ、存在していたのか。というか粉を溶かすやつしか知らなかった。それはまさに砂漠の旅の中で見つけた緑のオアシスだった。たった一本のホットドリンクを買えただけで、男二人、飛び上がって喜んだ。
 
「うぉー、あったけー!」
「ぐーんぐーん、ミロォー!!」
 
かじかんだ両の手で、ミロの缶を包み込むと、体中の血管がぶわぁっと広がるのを感じた。自販機の裏手には鉄パイプで作られた三段構えの大きなベンチがあった。修学旅行などで集合写真をとるためのスペースなのだろう。二人はそこに座った。代わる代わるホットミロで、手を温めた。たわいもない話をするうちに、空が青みがかってきた。もう夜明けだ。「ペキョッ」どちらともなくミロを開けた。
 
絶妙だった。このザラッと舌に残る粉っぽさ。ミロは麦芽からできている。きっとこれが麦芽っぽさだ。もはやホットではない。むしろ冷たい。なのにうまい。二人で「ぐいっ」「ぐぐいっ」と飲み干した。ありがとう、ミロ。お陰で走りだす準備ができたよ。
 
砂丘を走った。砂に足を取られて転んだ。そのまま砂丘の傾斜を転げた。東の山の稜線が切り裂かれた。二人は思い出したようにカメラを取り出して、ひたすら朝日を切り取った。ものの数分で、太陽はその全容をあらわにし、あたりは急速に立体感を持って迫ってきた。
 
不思議だった。良く見えるようになればなるほど、その景色の魅力は薄まってきた。さっきまで、スゴいアイデアが思い浮かんだと思っていたのに、言葉にした途端に、ちんけなモノに思えるようだった。光とは残酷なものだ。お互いひどい顔だった。出会いがあれば、必ず別れがある。
 
砂丘の前に、記念写真をとるための小さなベンチがあった。青年の三脚を立てて二人、肩を組んで写真を撮った。
 
「ぐーん、ぐーん、ミロォーーー!」
 
パシャ
 
映画「君の名は。」を観ただろうか? その中で黄昏時とは、江戸時代までは「たそかれどき」といい、夕暮れ相手の顔がよく見えなくなり「誰そ彼(誰ですかあなたは)」とたずねる頃合いという意味からきていると紹介されている。そんな時に不思議なことが起こるのだ。もともとは明け方も、夕暮れも区別なく使われていたらしい。
 
彼とは、その後どう別れたのか良く覚えていない。まちなかで通り過ぎても「君の名は!」なんてなることもまずありえない。だからと言って「たそかれどき」、彼とミロとの出会いなくして、あそこまで砂丘は美しくなかっただろう。なんて思いながら、十数年ぶりにミロを飲んだ。ん、やっぱホットの方がうめぇな。
 
 

***

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2018-02-23 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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