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メディアグランプリ

家族へのラブレター「私、芸人になります」


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:海 うみ子(ライティングゼミ・ゼミ平日コース)

 
 
「で。ちょっと、話し変わるけどさ」
 
これは、私の話を中断させたいときの夫の決まり文句である。
この言葉が発動されると、私の話はとりあえず一時中断である。この言葉。一見、とても自然で、はじめの頃は私も何の疑問もなく、夫に会話の主導権を渡していた。しかし残念なことに、この後、話の主導権が私に帰っては来ることはない。
 
ご理解いただけるだろうか。会話を途中でぶった切られた後のあのモヤモヤ感。「私の話、まだ終わってないですけど?」
「なぜ最後まで聞いてくれないのだろう?」
幾度となく、彼に話を中断させられて、頭の中の「なぜ?」は、ついに溢れ出し、彼に問いただすことになった。が、その答えはこうだった。
 
「だって、ほら、話にオチがないから」
 
衝撃だった。私はいつ女芸人になったのだろう。怒りすら湧いてくる。まさか夫婦の会話にオチを求められているとは、考えてもみなかった。オチがないと言われたということは、つまり、「お前の話、おもしろくない」と宣告されるも同様、ということぐらい芸人でない私でもわかる。かつては、彼に「君といるとおもしろい」と言われて結婚したはずだ。それなのに「おもしろくない」と言われてしまったというこの現実。いつからこんなことになったのだろう。これは、このまま見過ごすわけにはいかない。おもしろくなくなった妻は、もうすぐお役御免になるかもしれない。夫婦の危機だ。
 
そこから数日、私はとても大人しかった。一番簡単な解決方法だ。おもしろくないなら話さなければいい。しかし、正直にいうと、夫からの反省の弁を待っていた。面白くないなんて言った俺が間違いだ、そう言ってほしかった。
 
後日、夫は、私の気持ちを見透かすかのように、
「今日は何があった? 前みたいに聞かせてよ」
と言ってきた。しめしめ、予定通りだ。私は、しょうがないなあ、と言いながら前のように話し始めたのだが、どうしようもない虚しさでいっぱいになって、話すのを止めてしまった。
 
ダメだ。これじゃ、ただのピエロだ。夫は話を聞いてくれようと努力しているが、根本的問題は何も解決していない。私の話はおもしろくない。相手がおもしろくないと思っている、とわかっていて、どうして呑気に話すことができるだろうか。ショックを受けている場合じゃなかった。答えは一つしかないのだ。夫を笑わせなければいけない。もう一度、彼に「君といるとおもしろい」と言わせなければいけない。
 
私は、夫の心を取り戻すため、あらゆる手段を尽くすことにした。
 
まずは、ネタ集めだ。幸い、まだ幼稚園の息子はネタの宝庫だし、職場も個性豊かなメンバーで、日々面白いことがおきる。自分の周りは面白いことがたくさん起きていると改めて実感できたとき、なんだか話す前から、とてもワクワクした。また、興味深いことに、多少の嫌なこともネタだと思えば笑いに変えられそうな気がして、前向きになれることに気づいた。
 
テレビに出ている芸人さんへの見方も変わった。今まで、この人おもしろいとかおもしろくないとか偉そうに言っていた自分を反省した。安月給でも、体を張って、ときには人にバカにされながらも、周りの人を笑顔にする。なんて素敵な仕事だろうか。夫にオチがないと言われた時、私は女芸人か!と怒りを込めて突っ込んだが、その女芸人こそ、まさに私の目指すお母さん像じゃないだろうか。
 
振り返れば、夫にオチがないと言われるまで、自分では日常の報告をしているつもりだったが、話の内容はほとんど愚痴だったことに気づく。給料が安いとか、仕事が忙しいとか、家事育児のイライラ。私こんなに頑張っているのに。誰かわかってよ。そんな心の叫びを延々と夫にぶつけていたのだ。私達、家族なんだからなんでも許してくれるはず、絶対的味方の存在でいてくれるよね、という気持ちでいっぱいだった。自分の気持ちばかり優先で、相手を思いやる心を忘れていたのは夫ではなく、私だった。
 
お互いに仕事で疲れて返ってくる日もある。逆にうまくいって、話を聞いてほしいと言う気持ちでいっぱいの日もある。体調が悪い日だって、いい日だってあるだろう。そんな夫の変化に想いをはせることがここ最近あっただろうか。
 
結婚前におもしろいと言われた私は、どんな妻、どんなお母さんになりたいと思っていただろうか。いつだって家族を笑顔にしたい、と芸人顔負けの勢いで強く願っていたはずだ。家族の笑顔が私の元気の源。彼らが笑ってくれるなら、熱湯だって、氷水だって怖くない。夫がこの世を去るときには、「君と結婚しておもしろい人生だった」と言ってもらうことを夢見て、私は今日も、ネタを集め、家族を思って家の掃除をしながら、みんなの帰りを待っている。
 
 
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2018-02-23 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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