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大人ピアノに潜む密かな楽しみ


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:渡邊壽美子(ライティング・ゼミ日曜コース)

 
 
「ピアノって、なんでピアノっていうか知ってますか?」
「え、知りません……」
若くて可愛いピアノの先生は、
「ピアノって、ピアノフォルテという楽器だったんですが、フォルテがなくなってピアノになったんです」
と教えてくれた。そして、
「小さい音(ピアノ)と大きい音(フォルテ)が出る楽器っていうことなので、もう少し音の大きさの違いを出して弾くといいと思いますよ」
と演奏についてのアドバイスを続けた。
私はこういうトリビアが大好きだ。心の中で「へえ〜」のボタンを何回か押した。大人になってからピアノを習うのもよいものだ。
 
小さい頃から、高校生くらいまでピアノを習っていた。しかし、高校の頃は、陸上部の練習や試合でほとんど家ではピアノの練習ができず、一週間に一度、ピアノの先生のところで練習する程度になっていた。しまいには、ピアノ教室は辞めて、ピアノ弾くことはなかった。子供の頃のピアノの練習は、習わせてもらった親の顔色を見ながら仕方なくやっていたのかもしれない。あまり楽しいと思ったことはなかった。
 
それから25年以上経ち、またピアノのレッスン受けているのは、娘がきっかけだ。娘にピアノ習わそうとピアノ教室の門を叩いたものの、毎日練習をさせるのが一苦労である。
「はーちゃん、ピアノ練習したの?」
「後でやる〜」
「練習しないなら、もうピアノ辞めなさい!」
「辞めない!」
こんなやりとりが日常茶飯事となった。私も練習したら、娘も練習してくれるのではないかと期待し、2年前、ピアノをまた始めることにした。娘の応援と思って始めたが、今は私の方がピアノを練習しないと何か物足りない日々になってきた。
 
「今度、大人の生徒さんの演奏会があるのですが、出てみませんか?」
前回は何かの用事で辞退したが、今回は断る理由が見つからない。坂本龍一のEnergy Flowを演奏することした。発表会なんて30年ぶりだ。しかし、運悪く、仕事の繁忙期と重なってしまった。満足に練習ができないまま、演奏会当日を迎えることになった。
 
前の人が演奏をしている間、緊張が高まってくる。演奏が終わり、私の名前が呼ばれた。ステージに上がり、お辞儀をしてピアノの前に座った。まずい。手が震えている。しかし、もう弾くしかない。演奏中も自分の心臓のドキドキがわかった。頭の中が真っ白で、何回か間違えてしまったが、なんとか最後まで弾き、ステージを降りた。なんとも情けなかったが、先生達が
「きれいな音が出ていましたよ」
と、優しくなぐさめてくれた。
演奏の後、他の人の演奏を聴いていた。何度も間違えている人もいたし、難しい曲を完璧に弾く人もいた。88歳まであらゆる年齢の生徒さんが集い、それぞれの個性を音楽に乗せていた。そして、みんなそれぞれ、楽しんでいるようだった。
 
私は、どうやら少し勘違いをしていたようだ。それぞれの人が奏でる音を聴いて、まさに「音を楽しむ」のが音楽で、演奏する自分も楽しむことが大事だと気づかされた。私は正しく上手く弾くことにこだわって、楽しむことができていなかった。
 
発表会の帰り道に、娘と手をつないで歩きながら、
「はーちゃん、ママの演奏どうだった?」
と聞くと
「2回間違えた」
という冷静な答えが返ってきた(本当はもっと間違えた)。
「でも、音がきれいだったよ。ママが一生懸命弾いているから、はーちゃんも頑張る気持ちが沸いてきた」
といわれ、そういう意味では、恥を忍んで発表会に出た甲斐があったかな、などと思った。
 
その後のレッスンで、先生が
「次はこれを弾きましょう」
と、ショパンのノクターンの楽譜をもってきてくれた。高校まで習っていたのに、ショパンは弾いたことがなかった。自分には無理だと思っていたが、弾こうと思えば弾けるのかもしれない。マイペースで練習を始めた。
 
ショパンのノクターンは、フィギアスケートの浅田真央ちゃんが使っていた曲だ。真央ちゃんが大好きなので、彼女が美しく滑っている姿を勝手に想像しながら、練習している。まだ右手だけしか弾けないが、練習は自分のペースでよいから苦にならない。子供の頃は、先生も他の生徒さんと比較しながら指導するし、なんだかこちらも義務感でやっていたような気がする。好きな曲を好きなペースで練習するという自由はなんと心地よいことだろう。ショパンの美しい曲を弾いていると、心に羽が生えたような気分になる。自分自身が「音を楽しむ」ことの意味が少しわかるようになった。仕事や家事の合間にショパンを弾きながら、束の間の自由を満喫する。1日10~20分くらいだが、今の私の最高の贅沢だ。
 
そういう楽しさは伝わるのだろう。
「はーちゃんもショパン弾きたい」
と娘が言い出した。
「もう少ししたらね」
と、少し意地悪な答えをしてしまったのは、不自由さを味合わないと、自由の価値がわからないと思っているからかもしれない。
 
「はーちゃん、ピアノ練習したの?」
「後でやる〜」
という会話は、実は今日も続いている。
しかし、彼女は私よりずっと早くトンネルを抜け、この自由な感じを味わうような気がする。

 
 
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2018-02-24 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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