僕は200円に負けたのか?
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記事:小﨑夏実(ライティング・ゼミ平日コース)
カレンダーを見て、もうそんな時期かと思った。
妻が自分の作業机や財布、手帳をゴソゴソとしはじめた。確定申告の時期が近付いている。
こんもりと山になった領収書やレシートを見て、「こまめにやればいいのに」とも思うが、それは心の中にとどめておくことにした。
領収書たちの山の中に、同じレシートが何枚もあるのに気がついた。それは、コーヒーショップのレシートだ。内容はどれも同じ、200円のモーニングコーヒー1杯だけだ。
1日200円。しかし1ヵ月にしてみれば2400円ほどになる。瞬時にその計算をして、「優雅な朝をおくっているな」と感じ、ほんの少しイラっとした気持ちを隠して、そのレシートについて尋ねた。
すると妻は、週に3日勤務しているアルバイトが始まる前に飲むのだと教えてくれた。
さらに、「このモーニングコーヒーはマラソンの給水みたいなもの」と熱く語り始めた。
妻は2年ほど前にフルタイムでの勤務をやめた。
結婚を機に正社員として働いていた会社をやめ、その後は派遣社員としてフルタイムで働いていた。子どもが生まれてからも、子どもを保育園に預けながら、フルタイムで働いていた。
しばらくすると、「このまま働いていけるだろうか」「自宅でできる仕事はないか」と不安に感じた妻は、在宅の仕事を掛け持ちするようになった。家事・子育て・フルタイムの仕事に加えて、新しい仕事。新しい仕事をこなす時間は夜しかなく、まさに寝る間も惜しんで働いていた。
そんな日々が半年続いた頃、当時の職場の上司から正社員の誘いがあった。しかし、妻は迷うことなく断り、退職した。
この決断には、正直驚いた。
仕事に意欲的に取り組むタイプの妻は、職場に対する不満をもらすことはなく、その時の仕事にもやりがいを感じているように見えた。それに、結婚し子どもがいると、正社員になる機会は少なく、このチャンスを逃すとは思わなかった。
その2ヶ月後、妻は週3日のアルバイトを始めた。
在宅での仕事を始めたころ、妻のまわりには起業する人が多く、妻も「いつかは自分も」と考えていたので、この決断にも驚かされた。
仕事の前にコーヒーを飲むようになったのは、この頃だった。
9時に子どもを保育園に預け、10時から始まる仕事に向かう。
職場の近くのコーヒーショップに立ち寄り、窓際の席にすわり、外の様子を眺めたり、本を読んだり、時には店員さんとの会話を楽しみながら、30分ほど過ごすようになった。
朝早く起きて、お弁当を作ったり、娘の保育園の準備をする。その合間に、自分の身支度をする。時間になれば、娘を後ろに乗せ自転車を懸命にこぐ。そんな慌ただしい朝が終わってホッと一息つける時間なのだろうと感じた。
しかし、200円のモーニングコーヒーが妻にもたらしたものは、それだけではなかった。
モーニングコーヒーを飲みながら、妻は「私は起業がしたいわけじゃない。こうやってゆっくりと自分の時間をすごしたかったんだ」と感じるようになったと言う。
フルタイム勤務をやめてからは、週3日、しかも10時~16時の短時間のアルバイト。
収入は依然より少なくなった。しかし、時間に追われていた日々が驚くほど穏やかになった。そして、1つ1つのことにしっかりと目を向けることができるようになった。
今まではなかなか作れなかった自分の時間があることで、家にいるときは家族との時間を精一杯楽しむことができるようになった。アルバイトがない日は、自宅で仕事をしたり、友達と出かけたりして過ごし、たくさんの刺激をもらっていた。
そうやって妻は、これまでの「自分」としての生活と、「妻・母親」としての生活のバランスを保つことができるようになった。
改めて考えてみると、妻の生活は結婚を機に大幅に変わった。結婚してから、僕は転職していない。職場の人や友人との関係も変わっていない。
しかし、妻は仕事を変え、その度に新しい人間関係を築き続けた。それは職場だけでなく保育園でも同じだ。毎年変わる担任の先生、同じクラスの人と良好な関係築き続けている。
そんな妻に200円のモーニングコーヒーが与えたものは、1日のリフレッシュタイムだけではなく、これから「妻・母親」として生きていく上で必要な給水ポイントだったのだろう。
「妻を支え力を与えていたのは、夫の僕ではなく、200円のモーニングコーヒー」
改めて考えなくては、気づかなかったこの事実に、僕は複雑な気持ちになった。
僕にも夫として、プライドがある。
今回の給水ポイントは200円のモーニングコーヒーに譲るとして、次に訪れる給水ポイントは僕が力になってやると、考えていることは妻には秘密だ。
妻は、そんな僕に気づく素振りもなく、楽しそうに領収書を仕分けている。
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