メディアグランプリ

心臓の鼓動で目覚めた朝


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記事:蔵本貴文(ライティング・ゼミ日曜コース)
 
「ドック、ドック、ドック」
これほど大きな心臓の鼓動は聞いたことがない。
 
寝ている時だった。自分の心臓の音で目が覚めた。
時計を見ると朝の6時。目覚ましをセットしていた5時を1時間過ぎていた。
こんな大切な日に二度寝をしてしまった。5時半に寮を出る予定だったのに。
 
心臓の鼓動は最高潮。すでに身体は戦闘モードに入っている。
全速力でワイシャツを着た。だがネクタイを締める時間が惜しかった。だからネクタイを、歯ブラシ、整髪量と一緒にかばんに詰め、ドアを開けて走り出て行った。
起きてから1分もかかっていなかったと思う。
 
 
その前日、僕は初めての出張を心待ちにしていた。
社会人になって2年、工場への初めての出張だった。
行き先は東北の山形県。仕事で飛行機に乗るのも、ホテルに泊まるのも初めての経験になる。僕は乗り物に乗るのが好きだ。だから、社費で乗り物に乗れる出張っていいなと、無邪気に喜んでいた。
 
同行する先輩と「出張先に持参するお土産をどうするか」と話したり、上司に工場に着いてからの行動の流れを確認したり、説明に必要な資料の確認をしたりと、慌しいながらも充実した1日を過ごした。
 
少し早く寮に帰った。朝1番の飛行機なので朝が早い。
持ち物は全て前夜に準備しておくことにした。チケットや資料、ノート、財布などをかばんにつめ、明日着るネクタイ、ワイシャツ、スーツなどもハンガーに用意した。明日はこれを着て、かばんをもって出かけるだけだ。
 
目覚ましを5時にセットして11時にはベッドに入った。
しかし、なかなか眠れない。明日は早いのだから、早く寝ないと。そう思えば思うほど目がさえてくる。途中トイレにいったり、水を飲んでみたりと、結局寝ついたのは夜中に1時を回っていた。
 
しかし、浅い眠りだった。何か夢を見ていたように思う。現実と夢の中を行ったり来たりという不思議な夢だった。ある時、夢の中でベルがなった。手を伸ばし、止めた。ああ、もう起きる時間か。その後の記憶はない。
 
そして、次の瞬間、心臓にたたき起こされたわけだ。
 
 
今でもこの時の身体を不思議に思う。僕の脳は寝ていたが、身体は確実に危機を認識していた。人間の場合、脳が身体を指令するというのが一般的な認識だが、この時は明らかに違った。
熱いモノを触ったときに、脳に信号が送られる前に筋肉が手を引っ込める「反射」という動きがある。この反射と同じように、脳以外の身体が、全力で脳に危機を伝えていたのだ。
 
 
寮を飛び出た後は必死で走った。そして駅にたどりついた。幸いなことに駅についてすぐに来た電車に飛び乗った。
朝早いので、席はガラガラであった。しかし、座る気にはならなかった。立ったままで、ひたすら電車に速く走れと念力を送っていた。
 
そのうちに気づいた。空港でお土産を買う時間がないことに。この時に初めて、同行してくれる先輩に電話をした。スマートフォンは無い時代なので、電車の時間を調べることはできない。つまり、この時点では間に合うのかどうか全くわからない。しかし、携帯電話は持っていたので、先輩と連絡を取ることができた。
 
「すいません。寝過ごしてしまいました。間に合うかどうかはわかりません。ただ、間に合ったとしてもお土産を買う時間はないので、先に買っておいてください」
普通、こんな時、先輩は「何、やってんだ」と怒鳴るくらいはするところだろう。しかし、僕の声のあまりの緊迫度にそれを忘れたらしい。「わかった」とだけ答えた。
 
電車は川崎駅に着いた。電車だとここから京急線に乗るところだが、タクシーという選択肢はどうかと考えて、まずタクシー乗り場に向かった。
 
「すいません、羽田空港まで15分で着きますか?」
地理を知らないとは恥ずかしいものである。タクシードライバーは的確に答えてくれた。「無理だよ。どんなに急いでも30分はかかるよ」
 
この時点で搭乗時間まで約50分。30分で着くと20分はあるから、何とか間に合うかもしれない。しかし、車だ。少し渋滞しているとそれでアウトだ。僕は「ありがとうございます。それなら電車で行きます」と駅に駆け込んだ。
 
そこからは電車だ。また、席にも座らずに、速く走れと必死に念力を送っていた。
空港についた。搭乗開始20分前だった。チェックインはまだできるのだろうか。自動チェックイン機には目もくれず、女性の係員にチケットを見せた。
 
「これ、まだ搭乗できますか」
「あっ、大丈夫です。でも、かなりお急ぎいただくことになります。私についてきて下さい」と言って走り出した。
 
速い。このスピードは僕が寮から駅まで、走ったスピードより速い。しかも、羽田空港は広い。マラソンのようなものであるが、僕も必死だし、女性の係員に離されるわけには行かない。必死になって走って、ようやく搭乗口に着いた。
 
そこでは、先輩が待っていてくれた。
「おお、お前のチェックイン、一番さいごだったぞ」
息を整える間もなく、搭乗ゲートをくぐることができた。
 
 
こうして事なきを得ることができた。
しかし、僕の身体も憎いことをしてくれるものだ。起きるのが5分遅れると、もうアウトだったのである。本当にギリギリだった。僕の身体は時間を計算していたのだろうか。脳だけでなく、身体も賢いのだ。
 
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2018-03-09 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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