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メディアグランプリ

忘れられない言葉


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:増田圭織(ライティング・ゼミライトコース)
 
 
「きっと、これから先あなたにはいいことがある。だから今は、悲しくても笑いなさい」
 
ふっと、この言葉を思い出す瞬間がある。それは、決まって自分が負の感情を抱えている時。本当に心が痛くて、辛くて、でも誰のせいでもなくて、どうしようもないくらい辛いことがあった時、私はいつもこの言葉を思い出す。しかし、その言葉をかけてくれた人は、もうこの世にはいない。
 
この言葉をくれた人と私はずっと仲が良かった。小さい時から私と彼女はずっと一緒で、彼女はいつも私と遊んでくれて、私に自分が今まで行った外国の話など面白い話をたくさん聞かせてくれた。私はまるでお姉さんのように彼女を慕っていて、子供の時からずっと尊敬していた。だが、私が成長するにつれて次第に会う機会が減り、小さい時は毎日のように会っていたのが、私が高校生になる頃には長い休みに一度会って互いの近況報告をする程度に会う回数は減っていた。でも、私は彼女に会うといつも安心できて、家族の次に気を許せる人だった。そして、高校一年生の時、私は彼女に窮地を救われた。
 
高校一年生の冬、母が持病である統合失調症を発症した。この病気は私が生まれた時に発症したもので、小さかった時私は父に、「お母さんはいつもはすごく良いお母さんだけど、時々ちょっと心が弱くなって、ある時火山みたいに噴火することがあるんだ。でも、お母さんは病気だと思って許してあげようね」そう言われて育ち、私が小学生の時に2回この『噴火』は起きていたが、その時は標的が私ではなかったのでそこまで強烈な記憶はない。だが、この時は、とうとう私が母の標的になった。
 
「あんたは、いつもわがままで自分勝手で他人思いなんかじゃない。そのくせいつもいい子ぶって先生に気に入られようとして点数稼ぎする、ほんとに最低な子。あんたの性格が悪いことなんて、お母さんはあんたを産んだ時からわかってる。そもそもあんたなんて、こんな手のかかる子なんて、産まなきゃよかった」
 
母は、私に『噴火』の矛先を向けた。立て続けに「あんたは悪い子だ」、「今までこんな子を育ててきた私は偉い、もっと感謝しろ」、「あんたを産まなければこんなひどい気分にはならなかった。なんであんたなんて産んだんだろう」と繰り返し繰り返し私に言ってきた。いつも優しく私の話を聞いてくれる母の豹変ぶりに私は驚き、動揺し、そして何よりもひどく悲しかった。父には「病気がお母さんに言わせているんだ、だから気にすることはない」と言われたが、病気だと分かっていても、いつも心から信頼している大好きな母から自分の存在そのものを否定されるのは辛くて、私は黙って泣きながら母の言葉に刺されていた。
 
2時間くらいずっと母は私に向かって喚き続け、やがて糸が切れたようにその場に座り込んで眠りだした。私はずっとその間自分の存在を否定され続け、途中から泣くことにも疲れ、心がコンクリートみたいに堅くこわばったままそこにいた。悲しい・辛いという感情を乗り越えた先に浮かんだのは、あきらめだった。私なんて、この世に生まれてこなきゃよかったのかも。こんな最低な私に生きていく価値などないかもしれない。そう思い、私は人生に絶望していた。何の感情も頭には浮かんでこなくて、心は空っぽ。そんな私を見かねたのか、父は私を「家族の次に安心できる、私が大好きな人」の所に送り出してくれた。そう、彼女のもとへ。
 
「いらっしゃい、どうしたの?」
彼女はいつものように優しく迎えてくれた。その彼女の笑顔を見た時、私の中で何かが爆発した。言葉もなく、私はその場に座り込んで泣き出した。さっき枯れたと思ったのに、新しい涙はあとからあとからあふれてきて、今度こそもう止められなかった。彼女は黙って私の肩に手を置き、家に迎え入れてくれた。
 
私から全ての話を聞いた彼女は、一言こう言った。「辛かったね、よく頑張ったよ」そう言って私の頭をなでてくれた。彼女に頭をなでられて安心しきった私の目からは、もう涙は出なかった。ただ、先ほど浴びせかけられた言葉にだいぶ打ちのめされて、もはや生きる気力を失いかけていた。昔からいろんなことを良く知っていた彼女なら知っているかもしれない、そう思って私は彼女に問いかけた。「ねえ、本当に心が痛くて、辛くて、でも誰のせいでもなくて、どうしようもないくらい辛いことがあった時、人はどうやってその先の人生を生きていくの? 今もう私には明るい未来なんて見えない」彼女はその問いかけに少しだけ考えるそぶりを見せた後、こう言った。
 
「今、あなたは本当に自分が不幸のどん底にいるって感じると思うし、確かに今すぐ楽しいことは考えられないかもしれない。でもきっと、これから先あなたにはいいことがある。だから今は、悲しくても笑いなさい」
 
もう、これから先いいことなんてないのかもしれない、そう絶望していた私にとって、彼女の言葉は大雨が降った後に出た虹のように、私の心に希望の橋を投げかけた。もし他の人から同じことを言われたら、ひねくれ者の私はあんたに何がわかるんだ、と反発したかもしれない。でも、彼女だから、私が絶大な信頼を寄せる彼女だから、私はこの言葉を信じることができた。「ありがとう、今は無理かもしれないけど、そうやって考えてみる」そう、小さくお礼を言ったら彼女は優しく微笑んでくれた。
 
 
月日はたち、私は大学生になった。母親は持病を抱えながらも幸いあの時以来『噴火』はしていなくて、私達は穏やかな関係を築いて暮らしている。そして、私は今でもあの窮地を救ってくれた彼女に心から感謝している。私がお姉さんのように慕っていて、子供の時からずっと尊敬していて、今年の2月に高齢で亡くなった、私の祖母に。
 
おばあちゃん、ありがとう。きっと私はあの日の言葉を忘れないよ。
 
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2018-03-10 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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