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メディアグランプリ

おばちゃんは魔法使い


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:小川栞璃(ライティング・ゼミ平日コース)

 
 
行きつけのチケットショップの名も知らぬおばちゃんは、不思議な力を持っている。
 
おばちゃんが働くチケットショップは、バックヤードを含めて畳4~5枚分程度の小さな店だ。おばちゃんが休みの日に代わりの人が店に立っている時を除いて、おばちゃんは雨の日も晴れの日も風の日も、その小さな店で朝から晩まで切符やら商品券やらをひたすら売りさばいている。
 
「はい、いらっしゃい! 何にしましょう」
 
私がおばちゃんのチケットショップに行くのは、たいてい出張先までの新幹線の切符が必要な時だ。
お店の制服は白いシャツに黒のパンツスタイル。すらりスマートな立ち姿は若々しくて年齢不詳ながら、おそらく60歳前後といったところだろうか。おばちゃんの接客は、いつもとにかく明るくてちゃきちゃきと威勢がいい。
 
「新横浜まで往復ください」
「はい、1万××××円ね! 領収書は?」
「お願いします」
「OK!」
 
カウンター越しに目的地を告げると、即座に金額が返ってくる。それと同時に、おばちゃんはショーケースから必要な切符を取り出し、客から差し出されたお金を受け取ると、紙幣計数機に受け取ったお札を通して釣銭を準備する。
 
「はい、新横浜まで1、2枚ね。期限は○月×日まで」
 
そう言いながら、おばちゃんはカウンターの上に切符と釣銭を差し出し、あらかじめ準備してある領収書に日付と金額を書き込んで客に手渡す。
新幹線の発車時刻が迫って少し焦っているような時でも、全くフラストレーションを感じさせることのないスピード感。流れるようなおばちゃんの手さばきは、惚れ惚れするほど無駄がない。春夏秋冬、朝昼晩、どんな時にもムラのない仕事ぶりは、いつ見てもプロだなあと思わされる。
 
でも、おばちゃんがすごいのはそれだけじゃない。
 
「今日はいいお天気で、お出かけ日和でよかったね」
「次の新幹線は○分だから、ちょっと急いだほうがいいかも」
 
次々に訪れる客をハイスピードでさばきながら、おばちゃんは必ずひとりひとりに何かひと声かけて送り出す。
 
ある朝、おばちゃんの店を訪れたとき、私は恐ろしくどんよりした気分だった。
仕事やプライベートでうまくいかないことが続いてちょっと落ち込み気味だったところに、能天気な電話をかけてきた家族に思わず八つ当たりしてしまい、大喧嘩。ただでさえ落ち込んでいたところに自己嫌悪まで重なって、これからクライアントに会いに行かなければいけないというのに、さっぱり気力が湧いてこない。
 
「いらっしゃい、毎度!」
「東京まで往復お願いします」
 
行き先を告げてから領収書を受け取るところまで、おばちゃんの動きはいつも通り、手慣れたものだ。
 
「午後から雪になるみたいだから、あったかくしてね」
「はい、ありがとうございます」
「気を付けて、行ってらっしゃい!」
 
元気な声に送られて店を後にしてから、ふと、ずいぶん気分が軽くなっていることに気が付いた。朝から些細なことに苛立ってみたり、自己否定のスパイラルに入り込んで泣きたくなってみたり、ざわざわと目まぐるしかった心が凪いでいる。ついさっきまで、この世の終わりみたいな気分だったのに、今なら自然に笑えそうだ。
東京までの往復切符を買うためにお店に入ってから外に出てくるまで、たぶん1分にも満たなかっただろう。おばちゃんとだって、何か特別な会話をしたわけでもない。
たったそれだけのことで、なんだかおばちゃんに魔法をかけられたような気分になる。
 
人の気持ちは、連鎖する。
 
人間は感情の生き物だから、毎日生きていれば落ち込むことだってあるし、怒ったり苛立ったりすることも誰にだってある。ただ、私たちはともすると、そんな負の感情を、身近な誰かに安易にぶつけてしまったりしがちだ。
 
たとえば、私が八つ当たりしてしまった家族が、そのフラストレーションを職場の誰かにぶつけないとは限らない。そしてその誰かが、さらに家族や恋人に八つ当たりしたり、ネット上で暴言をばら撒いたりするなんていうことになれば、苛立ちの連鎖が私からどこまでも続いていってしまうことになる。もしかしたら、その連鎖の先のどこかで、知らない誰かへの暴力やハラスメントが生まれたりすることだってあるかもしれない。
だけど、もしそんなときに、別の誰かから親切にされたり温かい言葉をかけられたりして心がふっと和らいだら、その連鎖を途中で止められることもあるだろう。苛立ちの連鎖を、ささやかなやさしさの連鎖に変えることだってできるかもしれない。
 
おばちゃんが、あの小さな店の中で日々繰り返しているのは、そういうことなんじゃないかと思うのだ。
サラリーマン、中小企業の経営者、大学生、子育て中のお母さん、お年寄り、留学生、チケットショップには、毎日いろいろな人が訪れる。おばちゃんのかける魔法に元気をもらっているのは、きっと私だけじゃない。
 
おばちゃんだって、疲れている日もあるだろうし、毎日が楽しく明るいことばっかりっていうわけじゃないだろう。でも、私たちに元気をくれるおばちゃんの明るさや威勢の良さはいつだって揺るがない。
そんなおばちゃんの魔法の向こうには、やさしさや笑顔の連鎖が続いていっているはずだ。
 
1分間の不思議な魔法で世界にやさしさの種を播く魔法使い。それがおばちゃんの本当の姿なんじゃないかと、最近、私は密かに思っている。
 
 
***

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2018-03-10 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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