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モネの池で見えたもの


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:羽田さえ(ライティング・ゼミ平日コース)
 
ずっと昔、まだSNSもインターネットもなかった頃のことだ。
岐阜の山奥に暮らす子供だった私にとって、夏の楽しみと言えば川遊びだった。
 
板取川という川がある。いたどりがわ、と読む。福井と岐阜の県境から始まり、山あいを流れたあと長良川に合流する。青というより深く澄んだ緑に近い、不思議な色合いをしている。急流で、水は夏でも冷たい。
 
夏休みになると、山を分け入ってその川へ行く。
泳いでいて寒くなると、中洲の岩によじ登って日光浴をする。暑くなるとまた水に飛び込む。泳ぎ疲れて陸に上がると、川の水で冷やしておいたスイカやブドウで、おやつの時間になる。
 
おやつの後は、手ごろな大きさの石を対岸に向かって飛ばして遊ぶ。水面で何度も飛び跳ねさせて、出来るだけ遠くへ飛ばす。いわゆる水切りというやつだ。父は水切りの名人で、石たちは対岸までするすると水を打って飛んでいく。私はいつまでも飽きることなく、その様子を眺めていた。
 
そんな夏だった。何もない山奥の田舎に、ただただ美しい川が流れていた。
 
あれから、30年あまりの時が流れた。
 
岐阜から遠く離れた九州に住んでいる。帰るのは、年に1度か2度だ。
 
2015年頃、岐阜にあるという「モネの池」が話題になり始めた。透明度の高い池の水に、たおやかなスイレンの花が浮かぶ。緑の水草の間を、色とりどりの鯉が泳ぎ回る。クロード・モネの絵画「睡蓮」を思い起こさせる景色なのだという。
 
モネの池はSNSで拡散され続け、あっという間に人気の観光スポットになった。テレビ番組などで紹介されるようになり、岐阜県内だけでなく隣の愛知県、あるいはもっと遠くから訪れる人も増えたと聞く。
そしてその池があるのは、小さい時によく泳いだ板取川のすぐ近くだという。
 
そんなすごいものが、あの川の近くにあるなんて信じられない。本当に、そんなにきれいなのだろうか。わざわざ遠くから見に来るほどの絶景なのだろうか。
旅行情報サイトの口コミを見ても、言うほどすごくないとか、がっかりしたとかいうコメントがたくさん並んでいる。
 
どんなものか気になって、1年ぶりに帰省したついでに、行ってみることにした。
「別に普通の池だよ 」
「ちょっとインスタ映えするだけだよ 」
インスタグラムをやったこともない両親はそんなことを言いつつも、モネの池まで連れて行ってくれた。
 
両親の話によると、スイレンの花がきれいな季節には、周辺の道路がひどい渋滞になるのだそうだ。それなのに辺りには、コンビニや道の駅などの寄り道スポットもない。市があわてて作った駐車場と公衆トイレがあるだけだ。
 
その商売っけのなさは、とても岐阜らしいと思う。ここぞとばかりに自分の土地を有料駐車場にしたり、モネの池まんじゅうとかを作ったりする人はいないのである。
 
林に囲まれた小さな神社の足元に、その池はあった。
 
何とも言えない、独特の色合いだ。池の水はその場で湧いていて、おそろしいほど透き通っている。冬の日差しを受けて、池の底までくっきりと見える。水中植物の間をぬって、鯉が泳ぐ。
 
美しい。
 
絶対にしょぼいと思っていたモネの池は、びっくりするほど美しかった。
 
おそらく、大雨が降ると濁りやすいのだろう。濁ってしまうと、たぶんものすごく普通の、田舎の溜池である。SNSに映える写真を撮るには、晴れが続いて風の強くない日が良さそうだ。がっかりしたという人は、状態の悪い日に来てしまったのかもしれない。
 
もともと、湧き水を灌漑用に貯めている池である。近くの苗木屋さんが試しに植えたスイレンが広がり、独特の景観を作りだした。ゆうゆうと泳ぐ鯉は、飼いきれなくなった周辺住民が、この池に放したことが始まりなのだという。
 
そんなゆるい偶然が重なってできた池。すごいようなすごくないような、そんなところも何とも岐阜っぽいような気がする。地元の人は何とも思っていなかったのに、人気の観光地になった。
 
モネの池、というのも通称で、本当は今なお、名もなき池なのである。1980年頃に整備されたというから、自分が子供の頃にはすでにあったはずだ。当時は誰にも注目されず、SNS経由で拡散されることも、次々にテレビの取材が来ることもなかったのだ。
 
嬉しいような淋しいような、複雑な気持ちになった。
 
本当は、がっかりしたかった。
しょぼいね、さすが岐阜だね、なんて言いたかったのだ。それなのに、モネの池は信じられないくらいにきれいだった。じわじわと心にしみるような、懐かしいような切ないような、そんな美しさだった。
 
何だかくやしい。インターネットの時代になったせいで、私だけが知っているはずの岐阜の美しさがみんなにばれてしまった、という気がする。
 
岐阜の美しさに目を向けることもなく18歳で飛び出したくせに、そんなことを思う。
身勝手だけれど、ふるさとって、そういうものなのかもしれない。
 
岐阜を離れたことは間違いではなかったと信じつつも、胸の奥に小さなトゲがささっているような、かすかな痛みがずっと残っている。その正体は、よく分からない。
モネの池の透明感は、その痛みを思い出させる。
 
私の美しいふるさとに、また帰ってこよう。近いうちに。
 
***

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2018-03-16 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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