飲み会という競技でメダルを取れない男
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
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記事:ユウキビート(ライティング・ゼミ平日コース)
気づいてしまった。
最近飲み会がつまらない。
お酒とおいしい料理が好きだし、面白い話を聞いたり話したりすることも楽しい。飲み会が何より待ち遠しいイベントだった時期も、かつてあった気がする。
今は逆だ。飲み会が億劫で億劫でたまらない。評価を下げず、存在感も失わずに不参加が許される魔法があったら、ルーラやメラゾーマより先に覚えたい。
飲み会は競技だ。
居酒屋はスタジアムだ。
宴の席が、勝敗を求めて争うトーク・バラエティ・バトルロワイヤルに感じられてならない。
「乾杯!」
高らかに試合開始のホイッスルが鳴る。参加者は選手でありオーディエンスだ。
試合開始直後は展開が読みづらい。場の空気をいち早く読み、適した言葉をちょうどよいサイズに丸めて転がさなくてはならない。
巧みなボールさばきで得点を入れたのは生まれついてのフォワード女子。参加者の関心の高そうなトピックを瞬時に選び、抜群の嗅覚でゴールを決める。今宵も絶好調のストライカー。オーディエンスが沸き立ち、「いい試合になりそうだ」という高揚が居酒屋の個室に充満してゆく。
次々に運ばれるビールジョッキと同じ数のゴールを重ね、ストライカーは早くもメダルを視野に入れた。
しかし選手たちの頬が夕日の色に染まるころ、試合は新たな局面を迎える。ストライカーにラフプレイが目立ちだし、不穏な空気が漂い出したのだ。スタジアムはあきらかにゲームメイカーを欲していた。
この時を待っていたと言わんばかりにギアを入れたのは、3杯目のハイボールを傾けるイケメン。
やはり真打ちはこの男。好感度の鬼神。キングオブ・パーティーピープル。コミュニケーション・モンスター。数々の異名をもつこのイケメンは、前大会の金メダリストでもある。
ボールを持っただけでスタジアムの空気が変わる。ふふっ。天性のファンタジスタめ。
彼は荒れ始めていた試合を完璧に支配した。トークテーマを自由自在に操り、それぞれの選手にベストなタイミングでパスを出す。ゴールをアシストしたかと思えば自らロングシュートを決める。嫌味のない笑顔、キレキレのギャグ。いじってもいじられてもオーディエンスを惹きつける。この日試合をコントロールしていたのは紛れもなく彼だった。
「じゃあ、お疲れさまでした!」
試合終了の笛がなるころには、彼の首にはすでに金メダルが光っていた。技術点も芸術点も満点。姿の見えない審査員が札をあげた。
僕はといえば安堵していた。なんとか自分に課していた及第点をクリアできたからだ。
この夜僕が目指したのは「失言しない」「試合の流れを壊さない」「自分のもとにきたパスはゴールにつなげる」の3つを守る選手だ。ヘトヘトに疲弊しながらも、なんとかノルマは達成できたように思う。
……。
このように。
飲み会は競技だ。
そして僕はどうやらこの競技ではメダルを取れない選手だ。
かつては僕にも、自分はストライカーやファンタジスタだと思える夜があった。だからこそ受け入れられのはつらいが、この試合ではっきりと自覚した。僕はこの競技の敗北者なのだ。
事実を見つめると、とてもみじめな気持ちになった。
メダリストへの嫉妬心にも気づいた。
ああこれが、飲み会を競技だなんて捉える原因か。
僕は負けていたのだ。何度も何度も。場を盛り上げる能力バトルに負け、自分の傲慢な心にも負けていた。
やりきれない気持ちにふたをするため「飲み会は競技でしかない。疲れる」という檻を作って逃げ込み、いつしか参加するだけの選手に成り下がったのだ。
つまらないのは飲み会ではなく僕のほうだった。
情けない。情けないけど、不思議と清々しい気持ちも芽生えた。
なぜなら飲み会という競技でメダルは取れないと分かったからだ。メダルに色気を出すから、理想が叶わないときに疲れるのだ。
降りてしまえ。飲み会で活躍するだけが人生ではない。この道には逆立ちしても勝てないスーパースターがいる。
完敗を認めて早々に競技場を立ち去るのだ。この競技に参加したところで得られるのは、肝臓へのダメージと嫉妬だけさ。
そもそも億劫に思うこと自体、誘ってくれた人に失礼だ。人でなしだ。イモムシだ。
新たな競技に立ち向かうんだ。
これまで飲み会に費やしてきた時間を、お金を、もっとも好きな競技に投資した方が有意義だ。
自分の目指すべきオリンピックは居酒屋になかった。それに気づけたのだから収穫じゃないか。
二日酔いの脳みそに火を灯すため、スマホでブラウザを開き、ブックマークからいつものメディアを選択した。大好きな男性ライターさんの新作記事を読み声を出して笑う。続いて開いた女性ライターさんのエッセイが心をえぐる。
僕が志す競技のメダリストたち。
やっぱり嫉妬はするけれど、これは憧れとも呼ばれる感情だ。
書くことはすごい。ネガティブな気持ちも、敗北の事実も、心の闇ですらコンテンツになってしまう。書くことの競技者になりたい。
飲み会という競技でメダルを取れない男は、メダルを取れなかった経験を燃料にして別のメダルを目指すのだ。
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