メディアグランプリ

美容師さん、勝手に使ってごめんなさい!


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:久保明日香(ライティング・ゼミ 特講)

 
 
「いい加減髪切ったら?」
食堂で昼食を取っている時、私の向かい側にいた友人にこう言われた。
しかし私には、髪がもこもこになるまで美容室に行かないある理由があった。
 
美容室とはお金を払って身なりを整えてもらう、そんな場所である。だから支払った分、満足して帰りたいと思うのが普通だろう。だけど私は今まで、美容室に行って大満足で帰ってきたことがなかった。支払った金額に対して満足感よりも疲労感を多く感じてしまうのである。
 
美容室でのカットが終わり、家に帰るとどっと疲れが現れるサービスを受けて、もちろんある程度はスッキリしているのだが、驚くほど疲れるのだ。家に帰るとと体の節々が痛むし、大抵次の日、熱が出る。体が美容室にたいして拒否反応を示しているようだ。だが、社会で生きていくために身なりを整えなければならない。髪を伸ばしっぱなしにしておくことはできない。だからいつも必要最低限ぎりぎりまで我慢してから美容院へ行っていた。
 
では私はなぜこんなに美容室が苦手なのか。
私は多分、パーソナルスペースが人よりも少し、広いのだと思う。通い続けている美容室で美容師さんのことを見知ってはいるがあくまでも“他人”である。だから距離を詰められると構えてしまうしビクビクするのだ。時には耳の後ろや首元なんかに手が当たると急な攻撃に鳥肌が立つ。緊張状態はカットが終わるまで続く。
これが最低1時間、髪を染めたりパーマをあてたりする場合は2~3時間、椅子に座ったが最後、逃げることができない。そしてその椅子の上で他人に髪や頭に触れられ続けるのである。逃げ場なんて無い。あぁ、早く終わってくれとそんなことばかりを思っている。
 
それに加えて、会話をしなければいけないのも億劫である。
以前にカットをしながら話した出来事を半年後、そっくりそのまま質問されることだってある。いやいや、それ前に話しましたよね? なんて言えないがために、また同じ話を繰り返ししなければならない。美容師さんは沢山の客を相手にしているので、たかが一個人と話した内容をすべて覚えてくださいというのは酷な話だが、距離感が縮まっていない感じがして緊張感から開放されることがない。
 
「ということで、できればあまり行きたくないんだよね。そろそろ行くけどさ」
「なるほどね。じゃあさ、パーソナルスペースに暗示をかけて狭くすればいいんじゃない?」
「狭く……?」
彼女曰く、パーソナルスペースは自分が好意を寄せている人に対しては狭くなるのだという。だから、美容師さんが自分の好きな人であると錯覚することができれば髪を切られている間、楽しめるのではないかということだった。
なるほど。確かにそうかもしれない。
そこで私は美容室へ行く道中、憧れの大好きな彼に今から髪を切ってもらう、そんな姿を想像し続け、勇気を出して美容室へと足を踏み入れた。
 
私が通っている美容室ではカットの前にまずシャンプーをする。早くも道中のシュミレーションが力を発揮するチャンスタイムである。というのもシャンプー中は仰向けで顔の上にガーゼがかけられるため、目を閉じてより自己暗示に集中できるからだ。椅子が倒されてすぐに私は自分の意識を愛しの彼へと集中させた。
 
今、髪を優しく濡らしているのはあの人。この指使い、素敵だなぁ……。
そう思い込むことでいつもは緊張でガチガチだったシャンプーの時間が急に気持ちの良い時間に思えてきた。そこで私は閉じていた目をうっすらと開ける。そうするとガーゼ越しに人の輪郭が見えてきた。その輪郭に憧れの彼を重ね合わせる。あぁ、なんて距離が近いんだろうか!
 
大人になると誰かにシャンプーをしてもらう機会なんて美容室くらいしか無い。そんな滅多とない機会を大好きな人がしてくれていると思うと心のドキドキが止まらなかった。何たる贅沢! いつもなら早く終わってほしい、思う時間が全く苦ではなかった。むしろもっともっと続けばいいと思った。
 
「はい、起こしますね~」
美容師さんの声で私はハッと現実へ引き戻された。
倒されていた椅子がウィーンという音とともに元の状態に戻される。
仰向け状態が自動的に終了する。
「気持ちよかったですか? すごくリラックスしていらっしゃるみたいでしたけど」
「あ……はい」
 
鏡を見ると、そう思われてしまうのも当然だ、と納得するくらい顔が緩んでいた。
危ない危ない。私は慌てて顔をキュッと引き締める。
その後、髪を切られている途中で会話が途切れた時や、美容師さんが別の道具を取りに行った時には先程の『至福のシャンプー時間』を思い出していた。そうすることで椅子の上にいる間も度々、リラックスすることができた。
 
「え、ほんとにやったの? 冗談だったのに!」
美容室を楽しめた報告を友人にしたのだが、ちょっと引いているようだった。
「いや、私あんな助言したけどさ、なんだかちょっと変態チックだったかなと思ってて……」
「それは、重々承知です」
 
友人の言うことは間違っていない。美容師さんもまさか髪を洗っている自分がそんな妄想の手助けをしていたなんて思っていないだろう。でもその日、家に帰ってからの疲労感は今までと格段に違っていた。次の日、熱も出なかった。
やっぱり、心が癒やされたからだろうか。それに、あの至福の時をもう一度、感じたいと、そう思っている私がいる。だから今後も……いや、美容室に慣れる日が来るまで、この“心の癒やし”をサービスの一部とみなして許していただけるとありがたい。
 
 
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2018-03-16 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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