うまのまくらと心のブレーキ
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
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記事:テラダサオリ(ライティング・ゼミ日曜コース)
「あれ? いつの間にか寝てるよ……!」
夫にそう声をかけられ気がついた。
ある日曜日の昼下がりのことだった。
居間で一人遊びをしている息子を横目に昼ごはんの後片付けをしていると、さっきまで遊んでいたはずの息子は、いつの間にか眠ってしまっていたのである。
その瞬間、驚きと同時に、私たち夫婦には喜びがこみ上げてきた。
「まさか、本当に、こんな日が来るなんて……!」
たかが、赤ちゃんが一人で寝た、というだけの話だ。
されど、一人で寝た、ということには大きな意味があった。
眠い時、大人であれば「寝ればいいじゃない」と言いたくなるが、赤ちゃんというのは眠り方さえ知らずに生まれてきているため、自分で眠りにつくことができない。だから、泣くのである。
まれに一人で勝手に眠る、いわゆる「セルフ寝んね」をしてくれる赤ちゃんもいるのだと聞いたことがあるが、それは神話だと思っていた。
それくらい、息子は、この「寝ぐずり」がひどかった。
それまでの寝かしつけというと、昼寝の場合、息子があくびをしたりまばたきのスピードが落ちてきたりしたら「そろそろ眠くなってきたよ」というサイン。
このサインを見逃さずに、すかさずオーディオプレイヤーのボタンを押して「エンヤ」の曲を流す。
これは、もっともっと息子が小さな新生児だったころ、たまたま母が聴いていたエンヤのアルバムを流したところ、それまで泣いていたのがウソのようにピタリと泣き止み、眠くなってきたことがきっかけである。
それからというもの、我が家で、エンヤの曲は寝かしつけには必須となった。もし赤ちゃんの寝かしつけに困っている方がいれば、試しに子守唄代わりにエンヤの曲を聴かせてみることをおすすめしたい。
そうやって曲を流しながら、息子を抱っこし、ダイニングテーブルの周りをぐるぐる徘徊したり、スクワットをしたり、おしりや背中を一定のリズムでトントントン……しばらくして深い眠りについたであろうと、ベッドにそうっと下ろすが、たいてい背中スイッチがオン。
泣き出した息子を慌てて抱っこし、再びぐるぐる徘徊からスタート……いった具合に、あの手この手を使い必死で寝かしつけをしていた。
寝かしつけをする大人も眠い深夜なんかは、もっと悲惨な状況である。
生まれたばかりのころは、2〜3時間おきに「お腹が空いたよー」「寂しいよー」と言わんばかりに泣き出す。そのたび、息子を抱き上げ、授乳し、ときにはバランスボールに乗ってみたりしてゆ〜らゆら、ゆ〜らゆら。
家じゅうが寝静まり、暗闇と静寂の中で息子とそうしている時間は、とにかく長く感じる。
いつまで続くのか、このまま朝が来ないのではないか。
この世界には私一人と手の中に抱くこの子だけ取り残されたような、そんな感覚が襲う。
だから、あの日曜の昼下がり、一人眠りについたということは、息子にとって大きな成長の証であり、我が家にとって大きなできごとだった。
そして、あのとき、息子が眠るために一役買ってくれたのが生まれたときから使っていた「うまのまくら」である。
右手はうまのまくらの後ろ脚を掴み、左手は指しゃぶりしながら眠りにつく。赤ちゃんは生まれる前からおなかの中で指しゃぶりしていて眠くなると本能的に指しゃぶりをするらしく、そんな器用な格好で眠るのが、息子の一人寝んねスタイルとして定着した。
いつから、こうやって一人で眠りにつくことができるようになったのだろう。
たまたま、あの日曜日が訪れなければ、うまのまくらを使っていなければ、今でも、私たちは「息子は一人で眠りにつくことができない」と決めつけ、眠くなったときには今までどおり、反射的に「抱っこしなきゃ」と思っていただろう。
そのとき、息子の限界を決めていたのは、私たち親だったのだと気がついた。
しかし、それは、わが子に対してだけでなく、自分自身にも言えることだった。
大学受験のとき。
受験本番も差し迫った高校3年時の模試の合格判定で、第一志望の大学はいつまで経っても最低レベルのE判定だった。特に、自分自身、苦手だと思っていてまだまだ実力がない、合格レベルに達していないと思っていた科目である日本史は伸び悩んでいた。
その当時の私はというと、「まだ問題集や過去問をやるようなレベルではない」と決めつけ、とにかくインプットばかり時間を費やしていた。
ところが、問題集を解きはじめアウトプットをするようになってからは、成績は右肩上がりで上昇。最後に受けた模試の成績は辛くも、本番では、何とか合格ラインギリギリで、志望の大学に滑り込むことができたのだった。
もう少し、アウトプットをはじめる時間が遅ければ、結果は違ったのだと思う。
「一番の敵は自分」という言葉があるが、これは自分自身の弱さや不安要素によって、自分のできることや限界を決めてしまうことなのかもしれない。
「心のブレーキ」をかけているのは、自分自身なのである。
そして、できると信じはじめると、意外にも、ただ自分で決めていただけの限界は、簡単に突破できてしまう。そんな「根拠のない自信」こそ、成長へ通じるいちばんの近道なのかもしれない。
そのことを、私は、息子とうまのまくらから教えてもらったのである。
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