メディアグランプリ

私を救ってくれた白い神様


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:久保明日香(ライティング・ゼミ特講)

 
 
お腹が空いたなぁ……そう思って目を覚ました。
枕を見ると血だらけだった。
 
なんの血だ!? と一気に飛び起きるとズキズキと痛む口内。
あぁ、そうだった、と昨日の記憶が蘇る。それは抜歯をした口から出た血だった。痛み止めを飲んでも聞かず、痛い痛いと辛い思いをしながら横になり、気づかないうちに寝ていたのだが、口が開いていたようだ。傷口から出た血が唾液と混ざり、その隙間からこぼれ出て、私の枕を赤く染めていたのだ。
朝、目にしたその光景は今でも忘れないくらいちょっとしたホラーだった。
 
抜歯をすることになったのは、歯の矯正を始めたからである。
歯並びに関して自分ではあまり気になっていなかったのだが、祖母は私を見て「歯並びがよければねぇ……」と度々言っていた。そして、毎回、前歯を両手で押された。そんなに押しても前歯の向きなんて変わらないよ、とあの頃は思っていたのだが、祖母にとっては変わらないとわかっていても手を出してしまう程、気がかりなことだったのだろう。
 
「ねぇ、そろそろ歯の矯正行ってみない?」
この言葉は祖母が他界してから母の口癖になっていた。祖母が母に乗り移っていたのかもしれない。次第に母は私の歯並びを話題に出すことが増えていった。その度に私は、「今、部活動が忙しいから」とか「受験のこんな忙しい時に治療に通うことなんてできない」とか、「同級生に矯正器具を付けているところを見られたくない」とか理由をつけて、矯正治療を拒んでいた。
 
だが、大学生になって、ついに言い訳が尽きた。
そうして私は歯の矯正治療に取り組むことになったのである。
 
矯正器具を歯に取り付けて、歯が動くのを待っていれば良い、そう思っていたのだが、現実はそんなに甘くなかった。
「奥の歯が、歯並びの邪魔をしていますね。親知らずも見えてきていますので……全部で奥歯を3本抜きましょうか」
まるで“今日はいい天気ですね”という位の軽いテンションでそう私に説明する歯科医の先生。拒否権なんて私にはなかった。まずは右奥の歯を2本同時に、そこが完治したら左奥を1本、抜くことに決まった。その日の帰りに受付で大学病院への紹介状を受け取った私は後日、抜歯へと向かった。
 
大学病院では歯の治療専門のフロアに案内された。そこでは何十という診察台があたり一面に並んでおり、みんなが診察台の上で口をあけていた。その風景を目の当たりにして、私の緊張も和らいだ。みんなやってることだから大丈夫。
 
「久保さん、どうぞー」と私の番がやってきて診察台に寝転んだ。
 
麻酔を打たれ、歯の根元の神経が弱ったところを引っこ抜く。治療自体は全く痛くなかった。そう、麻酔が切れるまでは。
 
「1時間ほどすると麻酔が切れてきますので、もし痛かったらこの痛み止めを飲んでくださいね」そう渡された痛み止め。そのときはまだ麻酔が残っており、口の中が少し苦いな、抜歯の出血で鉄の味がするな、くらいにしか感じていなかった。
だが1時間後、鋭い痛みが私を襲ってきた。何をしていても右の歯の奥がズキズキと痛む。それに比例して口の中では血の味も濃くなってきたようだった。これはやばい。そう思って急いで痛み止めを飲んだ。しかし全く効かないではないか! 数時間経っても痛みは和らぐことはなかった。
 
痛みが引かないため、だんだんイライラが募ってきた。
加えてイライラを加速させる空腹問題が私の前にたちはだかった。
 
上下の歯を一度に抜いた私。いわば口の中に穴が2つあいた状態だ。一応穴はふさいでいると聞いたが、鏡で見てみると完全にふさがっているわけではなさそうだ。
そんな状態では何も噛むことができなかった。噛んだときに別の歯が傷口に当たるとあまりの痛さに涙がにじむほどだった。飲み物も、水以外のものはしみる。左側だけで飲もう、食べようと頑張ってみたのだが失敗に終わった。その日は結局何も食べることができなかった。
 
次の日の朝、お腹が空いた私は何か食べられるものを求めてスーパーへと向かった。食べられそうなもの、食べられそうなもの……と物色していると、豆腐が目にとまった。
 
「……いけそう」と直感が働いた。
 
豆腐は、口の中ですりつぶすことができる。最悪、つるっと飲み込むことができる。豆だから大豆の栄養も取れる。試しに豆腐を購入し、家に帰った。
 
そして私の直感は正しかった。
 
一口、口に含んだとき、ひんやりとした気持ち良さを感じた。まだ口の中に残っていた血の味もスルッと絡めて忘れさせてくれる、そんな効果もあった。それに、傷口に染みるような調味料は使われていないので痛みもない。なのに、舌の上にはほんのりと豆の味が残る。
 
豆腐ってこんなに美味しいんだ。
 
私はその時初めて豆腐の素晴らしさに気がついた。前日、水しか口にしておらず、空腹だった私にとって豆腐は最高のご馳走であった。こんなに美味しいものがあったのかと思うくらいの感動だった。正直、今まで、湯豆腐や冷奴を心の何処かでバカにしていた。
「これで一品ってどうなの?」と。
その考えが払拭された今、豆腐にきちんと謝っておく必要がある。今までバカにしていてごめんなさい、と。
 
豆腐に感謝を捧げながら1週間程過ごすうちに、ようやく痛みもおさまってきた。傷口もふさがり、柔らかいものであれば食べられるようになった。
口内の右奥が完治した後、左奥の歯を抜いた時も、豆腐のおかげでつらい時期を乗り切ることができた。
 
歯を抜いた直後はこんな辛い思いをするくらいなら矯正なんてやめておけばよかったと思った。だがこの辛い思いをしなければ、豆腐のありがたさに気づくことも無かっただろう。
私は神様、もとい“お豆腐様”に心とお腹を満たされ、救われたのである。
 
 
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2018-03-23 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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