解離性障害は憑依である
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記事:大國義弘(ライティング・ゼミ平日コース)
「Aくん、Aくん」
僕の呼びかけに友人Aは全く反応しなかった。
急に意識が無くなって、ぐったりしてしまったのだ。
え、さっきまで普通に楽しく話していたのに、何で急に寝ちゃうんだよ……。
焦った僕は懸命に揺り動かしたが、全く目が覚めない。
僕は彼の家に遊びに来て、夕飯をご馳走になっていた。
食べ終わって楽しく話をしていたら急に彼が眠り込んでしまったのだ。
もしかして、と思い彼の母親や彼のおばあちゃんの顔を見ると、二人とも落ち着いている。
これが彼から聞いていた解離性障害か。
Aはあるとき病院に見舞いに行き、病院の中で意識が無くなり、そのまま救急外来に連れて行かれ、しばらくして意識を回復。
脳のCT検査で異常はなく、結局、その日はどこも悪くないから、と家に帰された。
後日、倒れた原因を調べるために神経内科の外来に行き、いくつもの検査のため何回か通ったら、最終的に解離性障害という耳慣れない病気と診断されたのだ。
これは、てんかんではなく、脳卒中でもなく、お医者さんからはこの病気には、薬はありません、何も飲まなくていいですと言われたそうだ。
この解離性障害という病名がつくまで、彼のお母さんは、急に息子の意識が無くなるものだから、何度か救急に連れて行ったのだが、時間が経つと毎回意識が戻るものだから、もう意識が無くなっても驚かず、病院にも連れていかなくなったと聞かされていた。
でも僕にとっては、そんな病気は聞いたことがなかったし、そんな人を見たこともなかったので、ビックラこいたという訳だ。
そうか、そのうち目が覚めるからほっといてもいいんだと安心していたら本当に彼の目が覚めた。
ところが目が覚めた彼はいつものAではなかった。
普段は明るくて、冗談ばかり言って、怒ることなんて滅多に、というか見た記憶が無いくらいに明るい彼が、意識が戻ったと思ったら、目つきが違っていたのだ。
にらむような怖い顔で、下を向いていたと思ったら、むくっと起き上がり、亡くなった彼のおじいちゃんの写真の方に行こうとしていた。
驚いて、思わず彼の腕に手を置いたら何と彼は僕の顔も見ずに邪魔だと言わんばかりに僕の手を払いのけるような仕草をした。
仲のいい僕に取る態度では絶対に無かった。
もう全くの別人である。
彼は完全に僕を無視し怖い顔でゆっくりとおじいちゃんの写真の方に向かっていき、位牌を握った。
間違いなくAではない、別人だ、と思った瞬間、憑依という言葉が思い浮かんだ。
そうか、これが憑依か。
これが、僕が憑依を初めて見た瞬間だった
よく青森のイタコという人達に憑依現象が起こると聞いていた。
けれども、イタコが、あのお婆さんたちの名演技である可能性を否定できない僕は、本当かどうか確かめようがないから、憑依というものが本当にあるのかどうか、考えないようにしていた。
しかし現実に見せつけられて直感的にこれが彼の演技ではないとわかった。
彼があそこまで演技が上手いとは思えないし、そもそもAには演技をする理由、必要、動機が無い。
呆然として見ていると位牌を手に取ったと思ったら、今度は自分の母親に近づき首を締め始めた。
え、こいつは、Aのお母さんに恨みでもあるのか、と焦った僕は彼に近づいて近くで二人を観察すると、母親は首に手をかけられながらも、やはり平然としている。
彼の恐ろしい形相に肝を潰した僕は本当に母親の首が絞められてしまうのではないかと恐ろしくなり、いつ制止しようか、いつ止めようかとハラハラしながら待ち構えていたのだが、慣れっこの母親は、誰が彼の肉体の中に入ったのか見極めようとしたようで、
「〇〇さん? ○○さん?」 と相手が誰か探るように、しかし、穏やかな顔で話しかけていた。
こいつは、Aではない。別人だ、と思った時から、また心臓が飛び出そうなくらいにバクバクしていた僕は母親が落ち着いているのを見て、少し落ち着いてよく見たら、彼は実際には力を首には入れておらず、ただ締めるような仕草をしていただけなのだ。
すると、なぜかAも、いやAの中にはいりこんだ、そいつも落ち着いてきたと見えて、首を絞める仕草もやめ、元いた自分の場所にゆっくりと戻り、また寝込んでしまった。
ほんの少しの間だったと思うのだが、彼が目が醒めるまで、とても長く感じた。
そして目覚めた後、AはいつものAに戻っていた。
彼の顔つきを見て、いつものAに戻った、と分かった僕は彼に話しかけた。
「Aくん、今寝てしまっていたみたいだけど覚えてる? 」
「いや覚えてないよ」
いつも通りの、いつも僕に見せる穏やかな表情と言葉遣いだった。
これが噂に聞く憑依だったのか。
彼の母親も彼のおばあちゃんも落ち着いて、今のはダレソレだったね、などと話している。
どうも何度も登場しているらしい近親者のようだった。
これで僕は、解離性障害とは憑依であると確信し、それを彼のお医者さんに教えてあげようと思った。
もしかしたら僕が人類で初めて、解離性障害という病気の本質を発見し歴史に名を残す人間になるかも知れない……。
しかし、歴史に名を残す夢はあっけなく崩れ去った。
それから間もなくのある日、本を読んでいたら、何とそこに解離性障害は憑依であると書いてあるではないか。
これ、俺が知らなかっただけでもう既に知られていることなのか。
ちょっと大げさにいえば自分でリンゴが地面に落ちるのを見て、
<これはきっと地球とリンゴが互いに引き合った結果なのだ。
俺は発見したぞ、これは重力と名付けよう、俺は人類で初めて重力を見つけたぞ、どうやってこの発見を他の人たちに教えたらいいだろう>
と考えていたら、物理の教科書に重力というものの存在が書いてあるのを見つけたような気分だった。
実は憑依というものが存在すること、そしてそれが解離性障害と呼ばれるような病気の症状を引き起こしていることは知っている人の間では常識だったのだ。
歴史に名を残すのは難しい。
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