メディアグランプリ

「教えない教育」が部下の未来を作る


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

【4月開講】人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ《日曜コース》」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:諏訪太郎(ライティングゼミ・平日コース)
 
 
パートスタッフの鈴木さんが、下を向いて私のところにやってきた。全体から負のオーラが漂っている。こういう時は、たいてい悪い話をされる。
「また、ミスをしちゃいました……」
鈴木さんはうつむきながら、聞き取れないぐらいの小さな声で話し始めた。
 
私は「またか!」と思った。なぜなら、今月に入って3度目のミスだからだ。1回目はお客様の名前を聞き間違え、2回目は売上金額の記入を忘れ、今回は書類の日付を間違えたのだった。
 
「なんで、間違えちゃうか自分でも分からなくて……」
一番ショックを受けているのは本人だった。「なんで、こんなミスをしたのだろう」と悔しい思いをしたかもしれない。「同じようなミスが起こったらどうしよう」と不安な気持ちを感じたかもしれない。そんな思いから鈴木さんは、仕事に対する自信を失いかけているように見えた。
 
私は鈴木さんに、仕事に対する自信を取り戻して欲しかった。私に何が出来るだろうか。色々と考えたが、アドバイスをするぐらいしか思いつかなかった。そこで私は「こういう風にしたらどう?」、「ああいう風にしたらどう?」と具体的にいくつかのアドバイスをしたのだった。
 
話を聞いてもらい、応援されたことでホッとしたのか、話が終わるころには鈴木さんの表情は明るさを取り戻しつつあった。「次はミスをしないように気をつけます!」と言うと、鈴木さんは職場に戻っていった。そんな鈴木さんの様子を見て「もう大丈夫だろう!」と思っていた。が、そう上手くはいかなかった。
 
「また、ミスしちゃいました……」
2週間ほどたって、鈴木さんが暗い表情で再び私の所にやってきた。書類の日付を間違えてお客様に送ってしまったのだ。前回、あれだけ色々なアドバイスをしたのに、2週間もたたないうちに同じ間違いをしたのだ。
 
「2週間前にアドバイスをしたのに……」
私の中に怒りがこみ上げてきた。そんなに難しいことは要求していない。なぜ、それが出来ないのだ。考えれば、考えるほど怒りの感情が広がっていく。その怒りを収めたのは、たまたま目に入ってきた鈴木さんのうつむいた横顔だった。申し訳なさそうな、自身のなさそうな横顔を見ると我に返った。俺が怒っても何も始まらない、と。
 
私は上司として、鈴木さんに何が出来るだろうか。アドバイスだろうか。いや、アドバイスは前回もした。同じアドバイスをしても変わらないだろうし、前回以上のアドバイスは思い浮かばない。他に何が出来るのか。色々と考えてみたが、良いアイデアが浮かばなかった。
そこで私は「どんなことをしたらミスがなくなると思う?」と、鈴木さんの意見を聞いてみようと思った。鈴木さんは何も言わずに考えていたが、しばらくしてこう言ったのだった。
 
「日付を間違えないようにカレンダーで確認してから書類を作ろうとしていたのですが、近くにカレンダーが無かったのです。探しに行くのも面倒だから、ついつい見ないで日付を書いてしまいました。明日からはカレンダーをポケットに入れて、仕事をするようにします。」
 
この言葉を聞いて、私は恥ずかしくなった。なぜなら、鈴木さんのすべてを知っているかのようにアドバイスをしていたが、鈴木さんの事を全く分かっていなかったからだ。そして、同時に驚きもした。それは、鈴木さんの考えた改善策がとても良かったからだ。
 
もしかしたら、今まで部下にしてきたアドバイスの多くは、部下にとって的外れなアドバイスだったのかもしれないと思った。現状を一番分かっているのは当事者の部下だ。その部下が自分で考えた改善策の方が良いに決まっている。それなのに、上司の私が意見を言うことで、部下の考えを潰していたのではないだろうか。
 
そんなことを考えていた時に、「教育」について聞いた話を思い出した。教育とは「教える」と「育てる」と書く。それは基本的なことを「教える」ことから始め、基礎が出来るようになったら部下を「育てる」ことに変えていく。「教えて」、「育てる」から「教育」と書くのだそうだ。
 
鈴木さんとの出来事があってから、私は「教育」を意識するようになった。部下に「教える」必要がある時にはきちんと教え、「育てる」ことが必要な時には教えずに、部下の意見を尊重して見守るようにしたのだ。
 
でも「育てる」ことは想像以上に大変だった。部下は成功するよりも、多くの失敗をする。だから、時間をかけて一緒に悩んだこともあったし、お客様のところまで一緒に謝りに行ったこともあった。「私がやっていればこんなことにはならなかったのに」と思ったことも何度もあった。そんな時に部下たちが、それらの失敗を通じてどんどん成長していることに気がついた。積極的に提案してくるようになっていることに気がついた。
 
今ではそんな部下たちの成長をみることが、私の一番の楽しみに変わった。
「教えない」ことで一番成長したのは、私なのかもしれない。

***

この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加いただいたお客様に書いていただいております。
「ライティング・ゼミ」のメンバーになり直近のイベントに参加していただけると、記事を寄稿していただき、WEB天狼院編集部のOKが出ればWEB天狼院の記事として掲載することができます。

http://tenro-in.com/zemi/47691

天狼院書店「東京天狼院」
〒171-0022 東京都豊島区南池袋3-24-16 2F
東京天狼院への行き方詳細はこちら

天狼院書店「福岡天狼院」
〒810-0021 福岡県福岡市中央区今泉1-9-12 ハイツ三笠2階

天狼院書店「京都天狼院」2017.1.27 OPEN
〒605-0805 京都府京都市東山区博多町112-5

【天狼院書店へのお問い合わせ】

【天狼院公式Facebookページ】
天狼院公式Facebookページでは様々な情報を配信しております。下のボックス内で「いいね!」をしていただくだけでイベント情報や記事更新の情報、Facebookページオリジナルコンテンツがご覧いただけるようになります。



2018-03-31 | Posted in メディアグランプリ, 記事

関連記事