プロフェッショナル・ゼミ

ターニングポイントは、和牛《プロフェッショナル・ゼミ》


*この記事は、「ライティング・ゼミ プロフェッショナル」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

【4月開講】人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ《日曜コース》」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:久保明日香(プロフェッショナル・ゼミ)

「結局さ、このプレゼンで何が言いたいのかよくわかんないよね」
「……えっと、新商品として季節商品を入れたいです」
「俺はその目的とか方向性を知ってるけどさ、初めてこのプレゼンを聞く人は、現状の売上把握の説明のところで多分飽きちゃうよ?」

私は洋菓子メーカーの企画部で働いている。担当している商品はクッキーやマドレーヌなど焼き菓子全般だ。焼き菓子を担当してから1年間、売り上げは横ばいだった。しかし、1年を過ぎた頃、売上がじわじわと落ち始めていた。店頭からもなにか対策を打って欲しいという声があがっているとの報告もあった。そこで、秋に向けて新しい季節限定のクッキーを展開するべく、資料を作成し、課長に提出した。これは焼き菓子担当になってから初めてのプレゼンテーション用資料であり、ここでOKが出れば、部長の確認へと進むことができる。

だが、「ここ、説明長すぎ」、「このスライド、いらない」とばっさばっさと私の資料は切り捨てられていく。結局、課長のチェックによって残ったスライドは当初の三分の一ほどの量になっていた。
「もし、このままの資料で行くならこの残りのスライド、わかりやすくまとめ直しね」
あんなに時間をかけたのにやり直しか、と思うと悲しく、落胆しながら残りの資料を受け取った。その日は暗い気持ちを抱えたまま帰宅した。

朝起きても、どんよりとした気持ちは心の中から去っていなかった。出勤したら昨日のスリムになった資料を一旦整えて、それから……。そう考えるだけでため息が漏れた。

めざましテレビを横目に、テンション低めに身支度を進めていると、週に1度の特集コーナーで2017年のM1グランプリで準優勝だったコンビ、“和牛”が『今、一番チャンピオンに近いコンビ』として取り上げられていた。
私は元々、漫才が好きだ。コントよりも断然、漫才派。M1グランプリは大会が始まったその年から毎年楽しみにしている。もちろん2017年の冬も多くの漫才に笑わせてもらった。あのテンポ感とメリハリのあるネタ、約4分という短い時間の中で緊張に打ち勝ち、目の前にいる観客をあそこまで引きつけることができるなんて漫才師ってすごいなと昔からずっと思っていた。彼らはきっと昔から面白く、みんなからの人気者だったんだろうなとその姿を想像すると羨ましく思うことだってあった。

ところがその特集をみていると、少なくとも“和牛”は天性の面白さを持っていただけではなかった。彼らはしっかりと努力をしていたのである。

“一日に同じ劇場で3本、漫才を行うスケジュールの時はその3回すべてのネタに関して、ベースは同じだが、内容を微妙に変えている”とインタビューで話していた。
一つのネタを3つに派生させるとすると、おのずとゴールも3通り出てくるはずだ。ということは3通りのパターンを覚えなければならない。1つ覚えるだけでもきっと大変なのに、その3倍も! 彼らはプロだから、持ちネタの本数×3パターンと考えると……練習量にゾッとした。その隠れた努力に今まで気づいていなかった。
そのように変化を加えるのもすべては見に来てくれるお客様のためだろう。面白いネタは何度見ても面白いが、そこに微妙な変化をつければ観客は飽きなくなる。楽しませたいという気持ちと努力の結果、同じ日に公演を何度も依頼される、人気のコンビへと成長を遂げたのである。

今まで漫才をただ笑って見るだけだった私。だがその日、“和牛”の特集を見たことによって漫才に対する考え方が少し変わったような気がした。
会社に向かう電車に揺られながら漫才について考えた。ネタが1本できるまで、一体どれほどの時間がかかるのだろう。ネタを起こし、暗記し、突っ込みや間の取り方を何度も何度も練習する。そこまで準備が整って初めて人前で披露するレベルに、プロとして舞台にあがることができる。見えない努力を続けられるのはきっと、拍手や歓声、そして観客の笑顔が明確なイメージとなり、モチベーションへと変えられるからだろう。

その時、はっと気づいた。私はどうだろうか。課長に超スリムにされたプレゼンテーションの資料を思い出す。あの資料を使ってプレゼンテーションをしたとき、みんなの心をぐっと引き付けられるだろうか。季節商品を入れた結果のイメージは湧くだろうか。
……無理だ。だってあれは、単なる“説明書”だもの。現状説明を淡々とされても「……で?」と言われるのがオチだろう。もちろんプレゼンテーションは通らない。
そう気づいたとき、新しい変化を待っているお客様や店頭のイメージが頭に浮かんだ。
いつもと変わり映えのないラインナップを見たつまらなそうな顔や企画部は何の対策もしてくれなかったという落胆を感じている様子。

イメージすべきはこれではない。私には真逆の未来を描くための努力が全然足りていなかった。プレゼンを通すことばかりに気を取られ、大切なことを忘れていた。それは、目にした誰もがワクワクするような商品をつくること。企画担当の私が買いたい! と心の底から思えるような、そんな提案ができていなければいくら時間をかけたっていい資料何てできっこない。

そのことに気付いた私は電車を降り、会社に電話を掛けた。
「おはようございます。急で申し訳ないのですが、本日、市場視察に行ってきます」

最終的に商品を購入してくれるのはお客様だ。彼らが日頃、クッキーを買うときに何を見て何を感じ、どんなものを好んでいるのか、私はわかっていなかった。ずっと会社にこもって資料を作っていたため他社が出している商品や自社商品についての現状をしらなかった。近隣の自店にだって足を運べていない。だから、生の声を聞いてプレゼンテーションに盛り込めば説得力の増す資料が作れるはずだ。

私はその日、朝から晩まで関西のあらゆるお店へ行き、クッキーを見て回った。
お客様が見て「わぁ可愛い、買いたい!」と思うのはどんな商品なのだろう。視察する店の先々でひたすら考えた。各店では購入前のお客様同士の会話も耳にすることができ、そこから購入の決め手となるポイントがわかってきた。
明日出勤したらいい資料が作れそうだ。そんな手ごたえを感じて帰宅した。私の頭の中には昨日まで作成した資料とは全く別の、企画案がむくむくと浮かんできていた。あとは、上手く資料に落とし込むだけだ。

目覚めがよかった次の日、私はいてもたってもいられなかった。
出勤するとすぐに、付箋に“お客様がワクワクするようなクッキー”と書いた。その横には小さく画を描いた。私が考える新商品のクッキーのイメージ図である。それを常に資格に入る位置に貼り付けた。そして頭の中で一晩あたためた構想をアウトプットしていく。付箋のおかげで軸が一本通ったプレゼンテーション資料を作成することができた。

「ご確認お願いします」
「お、昨日の市場視察の成果か? 夕方までにはチェックして返却するから、そこ置いといて」

そしてその日の夕方、課長から資料内容について合格が出た。
「まるで別人が作ったようによくなったじゃないか」と久しぶりに人に褒められた。机の下で私は小さくガッツポーズをした。

やり切った感でいっぱいのその日、帰宅して真っ先に向かったのがテレビの前だった。録画機の電源を入れ、リストを確認する。……あった! 2017年のM1グランプリがまだ残っていた。とりあえず最初から見よう。そう思って見始めた。
すると、漫才の音を聞きつけた夫がやってきた。
「あれ、いつもならドラマの録画みてるのに、漫才見てるなんて珍しいね。息抜き?」
「ううん、息抜きじゃなくてね……勉強!」
そう言いながら夫を見ると、頭にははてなマークが浮かんでいた。

4分間、淡々と話し続けるだけなら機械にだってできる。だがそこにテンポや抑揚を盛り込められるのは感情を持った人間だけがなせる技だ。今日完成した、私だけのオリジナルの“ネタ”のワクワク感を部長にしっかり伝えるため、4分間に詰まった努力の盗めるところを盗むのだ! その一心で真剣にM1を見直した。

本番まであと4日。まだまだ練習時間はある。
プレゼンテーションが通り、新商品のクッキーがヒットしたそのご褒美には……せっかく関西に住んでいるのだから、なんばグランド花月に漫才のライブを見に行こうと思う。

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