メディアグランプリ

14年ぶりに再会した兄弟の話


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記事:齋藤のりよし(ライティング・ゼミ平日コース)
 
 
「ふざけんじゃねーよ」
「兄貴に向かって、その口の利き方はなんだこら!」
 
ちょうど14年前の大みそか、毎年恒例の年越しの日にそれは起こった。長男である私と次男、長男次男の奥さん、両親と三男と四男、合計8名による大乱闘が始まったのだ。それは、たった10畳の狭いリビングで起こった。
原因は、些細なことだった。今思い出すのも恥ずかしいくらい、どうでも良いことだった。
 
弟は、ある精密メーカーに入社し、高校卒業と同時に家を出て一人住まいをしていた。毎年一回、母親の手料理が何よりも楽しみだと言って、西東京から車で2時間以上かけて実家に来ていた。
 
その日も、母親の手作りの料理が、これでもかと食卓にならんでいた。我が家の正月料理は重箱などに詰められた豪勢なものではなく、大きなお皿に黒豆や伊達巻、かまぼこや栗きんとんなどを盛り付けた簡単なものだ。その中でも母親の郷土料理である“のっぺ”これが何だかたまらなく美味いのだ。
 
新潟出身の母親は、鶏肉、サトイモ、ニンジン、コンニャク、ゴボウ、シイタケ、タケノコ、ギンナン、レンコン、カマボコなど、これでもかと贅沢に食材を煮込む、このシンプルな料理が自慢の一品だった。
 
「具材からうま味が出るから、余計な味付けはしなくていいのよ」
と言って、めんつゆだけで味を調えていた。
 
情けないことに兄弟4人、そして父といったダメな男連中は誰一人として手伝わず、しかも家族6人が正月5日までこれを食べていたのだから、相当な量を母一人で仕込んでいた。
 
我が家の男連中は基本無口でおとなしく、母一人がケラケラ笑って家族にどうでも良い話を振ってくるというパターンなのだが、年に一回のこの日だけは男連中が饒舌になるのだ。
 
特に日本酒が大好きな次男が、お正月ということで新潟の超高級なお酒を6本くらい買ってくるのだ。一升瓶を、である。
とにかく別人のように流暢になって、ものすごく声がうるさい。しかもだ、仕事の話が延々続くのだからかなりめんどくさい。
 
俺は社長に認められているだの、同期で一番成績がいいだの、有名な社長と商談しただの、どうでも良い自慢話が延々と続くのだ。
 
酒の席だからというが、こちらも仕事がうまくいってないというか、まだ若かったから自分の思い通りに仕事が進まない苛立ちを抱えていて、自慢話など聞きたくないわと、だんだんとイライラがたまってくる。しかも優秀な弟と、ダメなアニキという構図は、とうてい我慢がならなかったのだ。
 
「そんな零細企業で何言ってんだよ。そのぐらいやれんの当たりまえだろ。その程度で自慢しないでくれる、ダセーから」
「はあ?」
 
長男と次男の大ゲンカが始まった。しかも当時は、長男組と次男組で派閥ができていて、そこに奥さんがそれぞれいたものだから、両陣営3対3のバトルロイヤルという状態だった。
 
もう殴り合いのケンカになっていた。男4人、奥さんと両親が間に入って止めるが、なかなか収まらない。怒声と悲鳴、ドッタンバッタンともの凄い音が町内に響きわたる。そしてしまいには、警察がやって来て事情聴取を受けることになった。夜中の家の周りはパトカーのサイレンと、野次馬の人だらけとなった。
 
体中がアザと傷だらけになり最悪の正月を迎えた家族は、私と次男そして陣営が別だった三男は、それ以降、一切顔を合わせず口もきかない状態が続くことになった。
 
 
今思えば、ずっと一人で、仕事も忙しくて、家族を養っていかなければならないという責任感、上司や取引先からキツイことを言われてもグッと我慢して頑張ってきたという、そんな心の余裕のなさが、そういう本当かどうかもわからない自慢話をしていたんだと、この安心できる場所でストレスを発散していたんだと、今なら弟の気持ちが身に染みてわかる……。
 
 
昨年、母が亡くなった。
 
体調が悪くなる前に私にこんなLINEを送ってきていた。
「兄弟が仲良くしていてくれたら、どんなに嬉しいことか。それが母の最大の願いです」
 
ごめん、お母さん。ほんと、ごめん……。
 
もっと大らかで魅力的な人間になりたかった……でもダメだった。つまらない意地がジャマをして、声をかけることがどうしてもできなかった。
 
母がいなくなった日、次男が駆け付けた。久々に顔を合わせた。こんな時だが、やっぱり照れくさい。かなり老けたな……もう立派な中年か、43歳じゃ。
 
私が喪主になったものの、葬儀屋と打ち合わせは酷いものだった。初めてのことでどう判断したら良いか分からないし、とにかく頭がボーっとしている。親戚や会社にも連絡をしなければならない。何から始めて良いか分からず、ある種の思考停止状態になっていた。
 
そんな時、弟が、家族が集まってきて、もうそこにいるだけでとても心が安らいだ。そして家族全員で力を合わせて、何とか無事に執り行うことができた。
その時、心の底から思った……兄弟が多くて、家族がいて本当に良かったと。
 
昨年の年末は、14年ぶりに兄弟家族が実家に集まった。
男兄弟4人の慣れない手つきで、初めて“のっぺ”を作った。味は今一つだったが、みな母親のありがたさを感じていた。
 
お母さん、もう大丈夫だから。
 
来年もみんなで作るから……そう母の写真に向かって献杯した。

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2018-04-05 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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