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メディアグランプリ

この世界の片隅に、大好きだったおばあちゃんがいた。


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:瀧本将嗣(ライティング・ゼミ平日コース)
 
 
「俺、今晩おばあちゃんのベッドで寝るわ……」
 
大好きだった祖母の通夜で俺は親戚の前でそう言った。
もしも霊というものが存在するならば……
そして霊感の全く無い自分が霊に出会えるとしたら……
それは今夜だ。絶対に今夜しかない。
そんな確信を持って、おばあちゃんの使っていたベッドにもぐりこんだ。
ちょっとカビ臭い枕が涙で濡れ、俺は眠りに落ちた。
 
翌朝、目を覚ますと母親が聞いて来た。
 
「どう? おばあちゃんに会えた?」
「……」
 
ちくしょう、なんで幽霊が出ないんだよ。
やっぱり幽霊なんていないんだ。
いや、最近物忘れが多くなっていたから俺のことなんか忘れちゃったか?だから昨夜は来てくれなかったのか?
ああ……
なんでもう1日待ってくれなかったんだよ。
 
そんなことを考えながら火葬場を後にした。
 
俺にとっておばあちゃんは初めて自分を認めてくれた人だった。
両親が共働きだったこともあり、夏休みになるとおばあちゃんの家でずっと過ごした。
俺たち孫のために、大量の捨てられた漫画雑誌を拾ってとっておいてくれた。おかげで漫画が大好きになった。
裏が白紙のチラシも大量にとっておいてくれた。
だから絵を描くことも好きになった。
おばあちゃんがその才能を伸ばしてくれ、そしていつも褒めてくれた。
それが嬉しかったし、唯一の心の拠り所だった。
 
おばあちゃんには海岸によく連れて行ってもらった。
潜水艦や護衛艦が浮かぶ呉の海。
海辺に打ち上げられた海藻を拾って帰った。
なんでそんなことをするのかと不思議だった。
海藻を重ね合わせ、天日で干した。それをコンロで炙って食べた。
ああ、海苔ってこんな風に作るのかと知った。
 
おばあちゃんとは海岸だけではなく、家の近所も一緒に散歩した。
小さくて急な山に古い木造の住宅と畑が、貼り付くように密集していた。
木漏れ日の中、漫画雑誌を近所のゴミ収集場に拾いに行った。
ゴミ収集場は裏山にあって木の格子で塞がれている小さな洞窟の前だった。
それは防空壕といって、戦争中にB29が爆弾を落とした時にみんなで避難した。今は中に入れない様にしてある。
 
小さな山の上にたどり着くと瀬戸内の海が見える。
潮風が心地よい。
おばあちゃんは俺に戦争中のことをよく話してくれた。
おじいちゃんは戦艦大和の大砲の弾を作っていたこと。
あっちの方向に海軍工廠があったこと。
呉の街がB29に空襲され、空が真っ赤に燃え上がったこと。
原爆が落とされた日、こっちの方向に広島があって、キノコ雲が見えたこと。
昔話を聞きながら蝉の鳴く音を背に、小さな山を下った。
 
大学を卒業して上京した俺にとって、故郷の広島はたまに帰る場所だが、おばあちゃんの街、呉に行くことはもう無かった。
 
あんなに好きだった絵を今は描かなくなったが、漫画はずっと好きだった。
あるとき、こうの史代さんの漫画“この世界の片隅に”が映画化されると知った。もちろんコミックは既に読んでいた。
映画が完成し上映されると早速、観に行った。
 
映画は緩やかでユーモラスのある心地よいテンポで始まる。
広島や呉の街の空気感がリアルに描写されている。
“のん”の広島弁もいい感じだ。
 
あっ……
 
眼の奥に熱いものがこみ上げてくる。
 
それは海辺で海苔を作るため海藻を取り天日干しするシーンだった。
 
呉の海岸で海藻を一緒に拾った、おばあちゃんとの記憶が脳髄を貫いた。
おばあちゃんが亡くなってからもう20年近くが経つというのに……
 
広島から呉へ嫁いできた主人公の“すず”は絵を描くことの大好きな女性だ。
絵を描くことが好きだった自分自身と重ね合わせてしまう。
海岸線のすぐそばは急峻な山になっている呉の風情が懐かしい。
その山には段々畑があり人々の営みがある。
 
映画は続いて呉の空襲になる。
ああ、おばあちゃん、空が真っ赤に燃えたんだよね。
防空壕へ逃げたんだよね。
 
そして最後は原爆投下。
呉の街からも見えたというキノコ雲……
 
絶望的な状況ながらも、たくましく生きていく“すず”のひたむきさに心打たれる。
しかしそれだけではない。
あの通夜の日、来てくれなかったおばあちゃんが
 
……来てくれた。
 
大好きだった、おばあちゃんのことを。
20年以上経ち風化してしまった自分の大切な思い出を。
まさか突然、映画館で思い出すなんて。
 
結局、映画は2回観た。
2回目は妻と息子と一緒に。
実はおばあちゃんが亡くなったのは結納の日の朝だった。
結納が済めば呉に行くはずだった。
もう1日待ってくれれば報告できたのに。
だから、妻にはこの映画をどうしても一緒に観てもらいたかった。
 
その後、ひさしぶりに母親に電話した。
 
「“この世界の片隅に”って映画、知っとる?」
 
母はすでに観たらしく、気に入って知人に薦めまくっているらしい。
しばらく母親と電話で語り合った。
おばあちゃんのことを。
 
どんな人だったのか?
どういう想いで、夏休みに俺たちと過ごしてくれたのか?
自分の知らなかった、おばあちゃんの人物像を知ることができた。
 
図らずもおばあちゃんと再会した映画“この世界の片隅に”。
この作品に出会えてよかった。
そして、あの小さな山頂から瀬戸内の海を見たくなった。
いつかまた呉の街に行ってみようと思っている。
今度は子供達を連れて。

***

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2018-04-05 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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