メディアグランプリ

春を買い戻せ!


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記事:コバヤシミズキ(ライティング・ゼミ平日コース)
 
 
春眠暁を覚えず、とはよく言ったもので。
春は眠くて仕方が無い。だから、しょうがないのかなとも思う。
私が朝以外にも、なにか大きなものを忘れてしまうことも。
息をするようにTwitterを開くと、タイムラインが嘘であふれかえっていた。
「あ、もう四月か」
どうしても春になったことを見落としがちな私は、それでも例年より早く春の訪れに気づいた。それと一緒に、万年の悩みも思い出すのだけれど。
「しまった、今年も着る服がない!」
 
私は春物の服を持っていない。
ベージュのスプリングコートだとか、シフォン素材のブラウスだとか。1枚たりともタンスに入っていないのだ。そんなもんだから、パステルカラーとは縁遠い人生を歩んできた。
つまり私のタンスの中身は、夏が来るまで冬景色のままなのである。
それでも桜色のシフォンブラウスを見かけるたび、いいなとは思うのだけれど。
「・・・・・・たまには、綺麗な色も着てみても良いかな」
ちょっとだけ沸いた女心に、少し自分でも驚く。決して女を捨てたわけじゃないけど、びっくりした。
だって、私はあまりにも春を蔑ろにしてきたから。
 
思い返せば、私は春をゆっくり楽しむことをしてこなかった。
気づけば桜はとっくに葉桜だし、花見にだって行ったことがない。満開の桜をちらりと横目で見て、そそくさとその場を去るのだ。ちょっとだけ、罪悪感。別に桜に対して後ろめたいことがあるわけではない。桜の誘いに乗る余裕がなかったのだ。
・・・・・・それもこれも全て、私が青春を音楽に捧げてきたからだけど。
 
私の春は、いつだって夏だった。
苦しい春を越え、夏になってようやく努力が実る。音楽は特にそれが顕著だった。
夏のコンクール。
これこそが私を苦しませ続けた原因である。特に私が苦しんで苦しんで、必死にもがいたのは、高校三年生の春だった。
 
高校三年生の春、私は飽和状態に陥っていた。
当時合唱部に所属していた私は、4月、死ぬほど忙しかった。新入部員の獲得、ミュージカルの脚本作成、夏のコンクールに向けての練習。お気楽二年生から三年生へ進級した途端、一気にこれらが押し寄せてきた。毎年こんなもんだと分かってはいるけれど、それプラスのプレッシャーが何よりも辛かった。
「努力は実る。だけど報われるとは限らない」
それを知っているから、なおのこと必死になった。最後の年だから、せめて全国大会に行きたい! そう思うのは必然だったのだ。
目標がある。みんながいる。苦しいのは私だけじゃない。
大丈夫、大丈夫。春は始まりの季節。始まりがあるなら終わりだってある。
それまで耐えよう。耐えて、耐えて、耐え抜こう。
「春なんて、気づいたら終わってしまう」
いつのまにか、私にとって春は越えなきゃいけないものになっていた。
 
そんな青春を過ごした私の19度目の春はひどく穏やかだった。
夏のコンクールは、結局全国大会に行けなかった。私たちの“春”は九州大会ダメ金という結果で幕を下ろしたのだ。今でも、思い出すだけで胸が苦しい。過ぎる自責は身を滅ぼすのは分かっているけど、私は彼女たちに「ごめん」と一言言いたかった。・・・・・・結局言えず終いだけれど。
高校を卒業して、入学した短大は良くも悪くも穏やかな場所だった。こんなことを言うと怒られるかもしれないけど、生ぬるい。
だから、私も良くも悪くも拍子抜けしてしまったのだ。良い意味で、気が抜けた。そこで冒頭の問題に戻る。
「あ、明日着る服がない」
 
春も夏も、関係なく毎日制服を着ていた。
だから、洋服の季節感とか忘れていたのだ。
「まあ、こればっかりは仕方ないよね」
平日は制服。土日も遊ぶ余裕なんて無かったから、当たり前のように制服。そうでなくとも学校指定ジャージを着ていた。模範的な学生である。決して愛校心の結果とかではないけど、それでも毎日制服を着ていた。
でも、短大に入るとそうはいかない。私服で学校に行かなくてはならない。
青春を音楽に費やした私は、着回せるほど服を持っていなかった。ましてや春物である。わずかな希望を胸に探してみたけれど、1枚も見つからなかった。
「参ったなあ。春物買わなきゃだめかなあ」
私の青春に浪費された春が、今になって小さな仕返しをしてきた。
よっぽど私のことが憎いんだろう。
でも、それにちょっとわくわくしている私もいる。
だって、こんな春、初めてだ。
 
春なんて、気づいたら終わってしまう。
「すぐ暑くなっちゃうんだから。困っちゃうよね」
鹿児島に住んでいる限り、春が長く続くことはない。桜はあっという間に散るし、道は火山灰と桜でぐちゃぐちゃになっている。掃除しても掃除しても、夏が来れば毎日灰色に塗り直されるのだ。
「コバヤシは今日何狙い?」
そう聞いてきたのは、一緒に買い物に来たファッションフリークの気がある友達だ。実は目的もなく彼女を誘ったのだ。だって、彼女とのショッピングは楽しいから。ただそれだけ。でも、「特にない」じゃ面白くない。どうせなら、粋な一言を。だってその方がかっこいい。軽く溶けた脳みそをぶん回して、私はようやく彼女に向き合った。
「春色のブラウスを」
そして、心の中で一言。
「それと、春も買い戻そう!」

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2018-04-06 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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