ピントのずれているボクを救ってくれた先生のはなし
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
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記事:渡邊法行(ライティング・ゼミライトコース)
*この記事はフィクションです
問い
『Good medicine tastes bitter.』
この英文を和訳しなさい。
答え
『良い手品師はタネを見せない』
「君、この答えは真面目に書いたのかい?」
「は、はい。何か書かなければと思って……」
「今まで色々な答えを見てきたが、こんな珍解答は初めてだよ」
もう20年以上も前になる。あれはボクが高校1年の時。
場所は、英語準備室。
目の前に座る中山先生を上目使いに見ながら、ボクはひたすら小さくなっていた。
高校に入学してから、職員室に何度か行ったことはあったが、英語準備室なるものがあるのは、その日まで知らなかった。
中山先生に呼び出されるまでは……。
その日は水曜日。
月曜日の英語の授業で行われた小テストの点数があまりにひどかったため、授業終了後に中山先生がボクの机の前にやってきた時、いやーな予感がした。
「昼休みに英語準備室に来なさい。ああ、お昼ご飯を食べてからでいいからね」
「は、はい……」
あー。やばいことになったぞ。
昼休み、気もそぞろでお弁当を食べ終えたボクは、先生に教えてもらった通りの場所に英語準備室があったことに胸をなでおろして、小さくノックして扉を開けた。
「中山先生、もうお昼ごはんは済みましたか?」
「ああ、いいよ。入りなさい」
中山先生はひょろっと背が高くスマートな人で、足を組んで座る姿は『品のいいおじさん』といった印象だった。
「それにしても『良薬口に苦し』が、『良い手品師はタネを見せない』になるとはね。一瞬何のことか分からなかったよ」
「すいません。medicineがマジシャンにしか見えなくて……」
「先週配ったプリントは見なかったのかい?」
先週、金曜日の授業で、日本のことわざを英文にしたプリントが配られて、次の小テストはそこから出す、と予告されていた。
しかし、週末のボクはそれどころではなかったのだ。
「実は、日曜日にコンサートに行ってたんです。予習しなきゃ、とは思ってたんですけど、コンサートのことで頭がいっぱいになってました」
「ほう。誰のコンサートだい?」
「AC/DCっていう、オーストラリア出身のロックバンドです。ボクは軽音楽部のバンドでドラムをやっているんですけど、AC/DCの曲もコピーするぐらい大ファンで、待ちに待った来日だったんです」
コンサートの話を始めたボクは、説教のために呼び出されたことをすっかり忘れてしまい、アンガス・ヤングのエネルギッシュなギタープレイがいかにカッコ良かったか、フィル・ラッドの派手さはないが正確無比なドラムがどれだけクールでしびれたかを、一生懸命に話していた。
そんな、言い訳にもなっていないボクの話を、中山先生は意外にも楽しそうに聞いてくれている。
「でも、君。英語の歌詞の意味が分からないだろう?」
「そうですね。確かに歌詞の意味が分かったらいいなって、思うことはありますけど」
それを聞いた中山先生はふっと小さく微笑むと、
「じゃあ、こうしよう。これから毎週この時間にここに来なさい」
「えっ?」
「このテキストを渡しておくから、毎週1ページ分を和訳して持って来ること」
「えっ? えーっ!」
てっきり怒られると思って構えていたところに、予想外の方向からパンチが飛んできた感じで面食らったボクは、
「は、はい。わかりました……」そう答えるしかなかったのだった。
次の週から中山先生の特別授業が始まった。
毎週水曜日、昼休みに英語準備室に課題を持って行くと、
「おお、来たね。添削するから、その間これでも舐めて待っていなさい」
そう言って大粒のアメ玉をくれるのが定番になっていた。
最初の頃は、アメ玉を口の中でコロコロさせながら、添削してくれている先生を待っている自分が、おつかいに来た子供みたいで居心地が悪かった。
しかしそんな状況にも慣れてくると、毎週水曜日が楽しみになってきたのだった。
と同時に、何で先生はボクにこんな事をしてくれるのだろうか、といつも不思議に思っていた。
「先生。あの時、てっきり怒られると思っていました。なのに、怒りもせずにこうやって添削をつけてくれるのは、どうしてなんですか?」
ある時、そんなことを聞いてみた。
すると先生は、
「もちろん、ふざけてあんな解答を書いたようなら怒っただろうね。でも、君が最初にこの部屋に来た時、ちゃんとノックしただろう? そうして、私が昼食を終えているか確認した。
でね、どうやらこの子は少しピントがずれている所はあっても、真面目な子らしいな。そう思ったんだよ」
「ピント、ずれてますか。やっぱり……」
中山先生は小さく微笑むと、
「それにね。もう一つタネがあるんだけど、それは最後に置いておこう。なにせ『良い手品師はタネを見せない』って言うらしいからね」
こうして、高校1年の3学期が終わるまで、中山先生の特別授業は続いた。
先生のおかげで英語の成績も良くなったが、何よりも英語そのものを好きになれた。
「今日で特別授業は終わりにしよう。続けられるかな、と思っていたが、君も最後まで頑張ったよ」
「ありがとうございました。それで、先生……」
「ん?」
「最後のタネ明かし、お願いします」
「ああ。あれか」
中山先生は、少し懐かしむような表情を見せると、
「実はね、私が英語を好きになったきっかけは、ビートルズなんだ。学生時代に夢中になってよく聴いたよ。武道館のコンサートも行きたくてしょうがなかったな……。
でね、当時の私は君と同じように歌詞の意味が分からなくてね。それで一生懸命、英語の勉強をしたんだな……。あの時、君の話を聞いてそれを思い出したんだよ」
「じゃあ先生は、英語の歌を聴いて歌詞の内容が分かるんですか?」
「ヒアリングってことかい? そりゃ、ある程度なら分かるさ」
珍しく自慢げな表情をする先生を見て、嬉しくなったボクはあることを思いついた。
「先生。明日もう1回だけ、添削をつけてくれませんか?」
「ああ。いいが、何をだい?」
「それは、明日ということで……」
翌日。
英語準備室に、3つの物を持って中山先生を訪ねた。
大粒のアメ玉がいっぱい入った袋と。
AC/DCの『バック・イン・ブラック』というアルバムを録音した、カセットテープと。
タイトル曲『バック・イン・ブラック』の歌詞を自分で和訳した、最後の添削課題と。
「よろしくお願いします」
中山先生は優しく微笑むと、
「よろしい。では、これを舐めながら待っていなさい」
いつも通りアメ玉をくれた先生は、カセットテープをデッキにセットし再生ボタンを押したのだった。
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