満開の桜は一瞬にして散ってしまった
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
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記事:増田圭織(ライティング・ゼミライトコース)
「好きです。僕と付き合って下さい」
満開の桜の下、夜の公園で。少女は大好きな人から告白されました。1年間ずっと思い続けていた大好きな彼から。
ですが、少女はこう答えました。
「ごめんなさい、今の私はあなたと付き合えない」
本当は好きなのに、彼の気持ちに答えたいのに答えられない。そんな理由が彼女にはありました。
彼と会う日の前日。単身赴任から久し振りに帰ってきた父から、彼女は家族と共にこう言われました。
「来月からうちの会社がシンガポールで新しい事業部を立ち上げるんだが、俺はその責任者に選ばれた。普通じゃありえない昇進で、給料も今の2倍位になる」
「え、お父さんすごい!」
少女は母と2人で手を取り合ってはしゃぎました。
ですが、父が次に続けた言葉に少女の顔は一気に強張りました。
「でも今みたいに年に一度帰ってくることは難しい。プロジェクトが軌道に乗るまで最低でもシンガポールに3年は駐在していなければならない。そうするとお前達にもずっと会えない状況が続くし、俺もそろそろ一緒に暮らしたい。だから、来月から一緒にシンガポールに来てくれないか。3年経てば、日本に帰れると思う。それまでの辛抱だと思って許して欲しい」
そこで一度言葉を区切り、父親は深く頭を下げました。思いがけない言葉を聞いて、少女は呆然としていました。来月からって、そんな唐突な。学校だって辞めなければいけなくなるし、友人ともしばらくの間お別れだ。それに……、
大好きな彼に、会えなくなる。そう思った瞬間、少女はいたたまれなくなって両親と共にいたリビングを「ちょっと、一人で考えたい」と言って抜け出しました。両親には、特に父親からは心配されましたが、少女はそんな両親の様子も視界に入らないくらい混乱していました。
部屋で一人になってから、少女は明日、彼と約束したことを思い出しました。初めての彼とのデートを、少女はずっと楽しみにしていました。そして、あわよくばこれからも二人でどこかに出かけられないか、とぼんやり考えては嬉しくなって、そのことを考えるだけで幸せでした。その幸せは、先ほどの父の言葉を聞いてから、希望の見えない真っ暗な闇に包まれました。つい先日、デートに誘われた時はあんなに幸せだったのに。少女は深くため息をつきました。
ある日。たまたま彼と下校時間が被り、お互いいつも一緒に帰る友達が部活でいなかったので、その日は二人で並んで帰っていました。季節は春で、期末テストが終わってしまえば春休みを迎える時期だったため、二人は春休みお互い何をして楽しむか、の話題で盛り上がっていました。その時、二人は通学路の途中にある桜の木がたくさん蕾をつけて春を待つ姿を見つけました。
「あ、桜の蕾! もう春もすぐそこだね」
「春休みにお花見とか友達と行ったりしないの?」
「んー、友達とはタイミングが合わなくて。きちんとしたお花見は行きたいんだけどいけてないんだよね」
「じゃあさ、もし良かったら今度一緒に行かない?」
彼の何気ない一言に、少女は息が止まるかと思いました。え、これってもしかして、私、好きな人からデートに誘われてる……?
動揺していることを悟られないよう、少女は彼と目を合わさずにできるだけさりげなく、
「いいね~行きたい!」と控えめに言いました。
それからずっと楽しみにしていたのに。まあでも、明日からシンガポールに行くわけじゃないし、明日は普通に楽しもう。そう、少女は心の中で誓いました。彼に会えなくなるという未来を嘆くより、今の幸せを味わう方が絶対に良いはずだ、と思って。
そして、お花見当日。朝から満開の桜を楽しみながら、彼ともいつも以上に会話が弾み、少女は楽しい一時を過ごしていました。今日が、ずっと終わらなければいいのに。これからも、ずっと一緒にいられたらいいのに。そんな気持ちは頭の片隅にありましたが、少女は今、この瞬間を楽しむことに一生懸命になろうとその考えを振り切りました。
その日の夜、満開の夜桜までも堪能していた帰り道、公園で。
「好きです、僕と付き合って下さい」
思いもかけず告白されてしまったことに少女は驚きましたが、素直に嬉しく思いました。普通なら、これからもずっと日本にいられるなら、私は彼と付き合うのに。でも、その願いは叶わない、だからきちんと断らなければ。
「ごめんなさい、今の私はあなたとは付き合えない」
そこまで言えたのは良かったのです。ですが、好きなのに断らなければいけない自分が悲しくて、辛くて、少女はつい涙をこぼしてしまったのです。はらはらと涙をこぼす少女に対し、彼は優しく静かに語りかけました。
「どうしたの、何かあったの?」
そこで少女は自分が父親の会社の都合で来月からシンガポールに行くこと、3年は日本に帰ってこられないことを話しました。そして、自分が彼にずっと片思いしていたことも。
話を全て聴いた後、彼はこう言いました。「そんなに気にしなくて大丈夫だよ。ずっと会えないわけじゃないし、俺は遠距離恋愛でも構わないから君と付き合いたいな」
少女には思いがけない言葉でした。満開の桜は一瞬にして散ってしまったと思ったのに、この人はまた桜の花を咲かせてくれた。しかも、大輪の。私、この人と付き合っていいんだ。一緒にいていいんだ。そう思うと嬉しくて、少女は微笑みながら言いました。
「遠く離れていても、私はあなたのことを大切に思い続けたい。これからもよろしくね」
先のことは全然わからないけれど、私は今この人を大事にしよう。そう、少女は心に誓いました。
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