数年ぶりに「ひとり」で寝てみた
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
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記事:よめぞう(ライティング・ゼミ特講)
「お、お前ら……」
日課のゲームを終えて、ベッドに入ろうとするところだった。
いつもなら、旦那も同じタイミングでベッドに行くけれど、今日は疲れているので先に休んでいた。ダブルベッドの上には、娘と旦那が二人。大きな大の字と、小さな大の字が並んでベッドを占拠していた。
普段、壁側から旦那、娘、私と「川の字」に寝ている。けれども、娘の寝相が悪すぎて、ベッドの上はカタカナの「ト」が描かれていた。
「私の寝るスペースは無いんかい!」
さすがに深夜2時の寝静まった部屋なので、小声でツッコミを入れた。ここでいつもなら、ここで「ト」の字の飛び出た小さい方を、大きい方と平行にしてベッドに入る。けれども、今日は違った。私の中で、別の感情が湧き上がってきたのだ。
そうだ、一人で寝よう……!
それが良い、今がチャンスだ。結婚してからほぼ「ひとりで寝る」ことはなかった。旦那も私も、決して寝相は良いとは言えない。だけど、ダブルベッドで喧嘩になることはなく、寝相が悪いながらも、互いの眠りを妨げることなく「共存」してきた。けれども、娘が生まれてからは「幸せ」と引き換えに「穏やかな睡眠」を失うことになった。1歳になるまでは、授乳のために数時間おきに目を覚ました。1歳をすぎると、保育園に行きだして「親と会えない寂しさ」からか、夜泣きまではなかったけれど「寝言泣き」で目を覚ました。さらに2歳をすぎたこの頃では、私たちの血筋をしっかりと受け継いだようだ。寝相が悪く、痛みで目を覚ますと、顔の上に娘のかかとがある、なんてことが頻発するようになった。それだけならまだマシだ。ひどい時は「ママ! あっち行って!」とギャン泣きされながら、枕を使うことを許されず、ベッドから落ちそうな体をなんとか支えながら、ベッドの角で体を丸くして寝ることだってあるのだ。
私の頭の中は「ひとりで寝たい欲」で満たされていた。さすがに、別の部屋で寝るのは娘が起きた時が心配だ。けれども、同じ部屋でベッドの横に布団を敷いて寝るくらいなら、バチは当たらないだろう。私だって大の字で寝たい。顔を蹴られることなく、ベッドの角に追いやられることもなく……堂々と寝たい!
思い立ったら即、行動だ。敷布団の代わりに、ちょうど暑くなってきたから外した羽毛の掛け布団がある。これを敷布団がわりにしよう。かける毛布は自分のヤツが使われてなかったから大丈夫。枕は……いいや、なくても平気。深夜2時過ぎ、アラサーの人妻子持ち女がニヤニヤしながら寝床をこさえる。はた目からみれば、だいぶ痛い。けれど、寝床を独り占めできる快感は、ニヤニヤが止まらなくなるくらい尊かった。数分もせずに、今晩の寝床が完成した。
「良い……凄く、良いよォ……」
掛け布団を敷いて毛布を乗せただけの寝床。見た目は随分とおそまつだ。けれども、随分と快適な眠りを妨げられてきた私にとっては、それが高級ホテルのスイートルームにある、お高いベッドと同じくらいの価値があった。私は、ドキドキしながら寝床に入り込んだ。そして、思いっきり体を大の字にググッと伸ばした。
「はぁ……たまんない」
ベッドに行かなかった後ろめたさと、誰にも遠慮することなく寝床を支配できる満足感で、私はある種のエクスタシーを感じていた。寝返りだって気にせずできるし、手足も満足に伸ばせる。ああ、幸せ。快適に寝られるって、こんなに幸せなことだったのね……。快感を味わいながら、5分もしないうちに私は眠りについた。だけど、幸せは一瞬だけだった。
悪夢だ。普段、悪夢なんてほとんど見ないのにどうしてだろう。悪夢にうなされて、1時間置きに目が覚めた。独り占めできて嬉しかったはずの寝床は、悪夢の後は、怖いのと寂しいのしかなかった。私が望んでいたのは、こんなはずじゃなかった。誰にも、邪魔されず快適に眠れることだった。家族を置いてひとりで眠ることがこんなに寂しいことだとは思わなかった。よっぽど、顔を蹴られてベッドの隅に追いやられて「やれやれ」なんて言っている方が幸せだった。いつも「当たり前」に過ごしていて気づかなかった。家族と寝ることで得られる「安心感」はどんなものにも代え難いものだということに、私はようやく気がついた。早くベッドに戻りたい気持ちもあったけれど、今日はこのまま「自分への戒め」として、頑張ってひとりで朝を迎えた。
寝覚めは最悪だった。体を伸ばして眠れたはずなのに、あちこち体は痛い。悪夢のせいで頭はぼーっとしている。
「ねえ、昨日なんでベッドで寝なかったの?」
夜、ベッドで旦那が不思議そうに尋ねた。どこか寂しそうだった。
ごめんね、と事の次第を話すと「やっぱり、いないと寂しいもんだよ」と言われて、私は罪悪感でいっぱいだった。私もひとりで寝るのは結果、寂しかった。それよりも、私のせいで家族が寂しい思いをするのはもっと辛い。「ごめんね」と言葉を返した時には、寝付きの良い旦那は既に夢の中だった。
多分、私はもう自分から「ひとりで寝よう」と思うことはないだろう。娘が一緒に寝てくれるのも、もうそんなにないかもしれない。たまに、足をうんと伸ばして寝たいし、夜中に顔を蹴られて目を覚ますことなく、寝たい。だけど、それ以上に家族から得られる「安心感」をもっと大切にしていきたいと、今日も布団の隅っこで思うのだった。
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