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砂を噛む日々《プロフェッショナル・ゼミ》


*この記事は、「ライティング・ゼミ プロフェッショナル」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

【4月開講】人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ《日曜コース》」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:高浜 裕太郎(プロフェッショナル・ゼミ)
※このお話はフィクションです。

星の見えない夜だった。
いや、星なんて見えた試しがあっただろうか。私が覚えている限り、この場所で星が見えたことは1度もない。ここ、福岡という地は、東京ほどビルが並んでいないものの、それでも地方の中心都市である。夜遅くまで、ビル群は光を放っていた。
せめて、星が見えていたならば。
私はそう思った。もしも、星が見えていたらならば、この人混みから、少しでも意識を離せるかもしれない。都会で空を見上げても、どうしても人の影がちらついてしまう。私は、「人」という存在に、うんざりしているのかもしれない。

その日は、職場でこっぴどく怒られた日だった。
もうすぐ入社して3年が経つ。後輩も、少ないながらも出来た。けれども、仕事の精度は一向に向上しない。私はまるで、錆びついた刀のようだった。いくら刀といえども、錆がついてしまえば、切れなくなり、全く使い物にならなくなってしまう。まさに、職場での私を表すにふさわしい言葉だと思う。

「おい、なんでこんなのも出来ないんだ!」
上司の声が飛ぶ。それを見て、陰で後輩がクスクス笑っている。私から隠れて笑っているつもりだろうけれども、丸見えである。
上司は、呆れた表情を見せた。まるで、天に許しを請うような、そんな表情だ。
その表情を見たのは、もう何度目だろうか。初めてあんな顔をされた時は、今よりももっと落ち込んだものだった。今でも私は、上司のその顔が嫌いだ。私が、人間ではない、虫か何かだと思われているようで。
その日の帰宅時間は、夜の22時。いつもより、少し早いくらいだった。まるで鬱蒼とした森のように広がっている、福岡というビル群を、私は歩いている。

「なんてつまらん人生だ……」 
森の中で、私はこう呟いた。街を行く人々は、それぞれ、何か話している。楽しそうな話をしていたり、別れ話をしている人達もいる。そんな状況の中で、私がこんなことを呟いても、誰も気にも留めないだろう。だから、私はその言葉を、何度か呟いた。
「なんてつまらん人生だ……」

何度かそう呟いているうちに、家に着いた。買っておいた缶詰と、カップ麺で夕食を済ませて眠る。まるで、機械の電源が切られたかのように、眠りに落ちる。

そして。翌朝になると、また機械は起動する。その、性能が決して良いとは言えない機械は、また同じような1日を過ごす。後輩に笑われたり、上司に怒鳴られたりを繰り返しながら、1日、また1日が終わっていく。
「なんてつまらん人生だ……」
その日の帰り道も、私はこう呟いていた。つまらない人生。まるで歯車のよう。規則的な動きを繰り返すだけ。そして、歯車が錆びついて、動かなくなったら、そこでゲームオーバー。私の人生って、それだけなのだ。
まるで、砂を噛むような人生だと、自分でも思う。噛んでいる実感が無いのだ。よく冷遇されている人を、「冷や飯食い」なんて言ったりするけれども、私の人生はさらに酷い。冷や飯なら、噛んでいる実感があるだけまだマシだ。私の場合、「砂」だ。噛んでいる実感すらない。生きている実感が無いのだ。なぜ、生きているのか、理由をすっかり失ってしまった。

自分でも、こんな砂を噛むような日々をどうにかしたいと思っていた。今の仕事を辞めてしまえば、少しは違った日々が過ごせるのかとも思った。数か月間、海外に行って、見聞を広げれば、違った自分に会えるのかもしれないと思った。それは、おそらく正しかったのかもしれない。私が、そう出来る人間だったなら、今とは違った人生を過ごせていたのかもしれない。

けれども、私は現状を変えることをしなかった。いや、現状を変えることを恐れたのだ。
「景気もそんなに良くない中で入られた会社なのに、そんなに簡単に辞めてしまっていいの?」
「辞めたらどうするの? 家賃は? 食費は? 奨学金の返済は?」
私の中の「現実的」という、天使か悪魔か分からない存在が、私にそう囁くのだ。そして私は、「そいつ」の言う通りにしていた。
そいつの言う通りにしていれば、生きてはいけた。家賃も食費も、奨学金の返済だって出来た。ただ、砂を噛むような日々は続いていた。

どうすれば現状を変えることが出来るだろうか。どうすれば、生きている実感を持てるだろうか。考えているうちに、そう考えるのも辛くなってきた。長く考えても分からない、数学の問題を解いているかのような気分だった。

今思うと、友達に悩みを打ち明けてもよかったのかもしれない。けれども、私は友人を避けていた。活躍している友人を見ると、自分がより一層、可哀そうに思えたからだ。
「今期の営業成績、俺1位だったよ」
「こんど、東京で表彰されることになった!」
今はSNSがはびこっている、嫌な時代だ。アプリを開くだけで、「友人だった人達」がどんな日々を過ごしているか分かる。
そいつらが、あまりにも私とかけ離れた生活をしていたから、連絡を取る気すら失せてしまったのだ。

ある時を境に、私は風俗店に通うようになった。
元々、会社の忘年会の後、上司に連れていかれたのが最初だった。それから、何だかあの甘い匂いのする空間の虜になってしまったようだった。花の蜜に群がる蝶と言えば、聞こえは良いが、そんな綺麗なものではない。私は単純に、話し相手が欲しかったんだと思う。
「ねぇ、どんな仕事をしてるの?」
その店で働いている子は、私のことを、いかにも興味あり気に、根掘り葉掘り聞いてくる。おそらく、それも仕事の一環なのだろうが、私にとって、それが嬉しかったのだ。別に、サービスはどうでもよかった。ただ、なんだかあの甘い匂いのする空間では、自分は正直になれるような気がしたのだ。

「仕事は順調?」
「ねぇ、趣味は何?」
そんな何でもない質問さえ、私にとっては嬉しかった。まるで、小さい頃、親から買ってもらった、何でもないおもちゃのように、大切なものだった。その質問に、答えることが、私の楽しみになっていた。
こうして、私の「風俗通い」は始まってしまったのだ。

あの時、食費や光熱費、奨学金の返済等、必要経費以外は、全て風俗店に注ぎ込んでいたと思う。「風俗通いが趣味」と言えるほど、通っていた。今思うと、それは私が寂しかったからだろう。もっと、自分のことを相談出来る人間を見つけていたなら、風俗通いはしなくてもよかっただろう。けれども、もう遅い。

風俗店に通うことは、私を「砂を噛むような日々」から、一時的に開放させた。まるで、追い詰められた人間が、麻薬へと手を伸ばすように、私は風俗店へ通うようになったのだ。
それが、「砂を噛むような日々」の根本的な解決にならないことは、私にも分かっていた。こんな生活を続けていたって、未来なんてないことは、私にも分かっていた。けれども、止められなかった。なぜなら、私は砂の味に飽き飽きしていたから。

そんな日々を続けているうちに、季節はめぐり、私は30歳になっていた。
この5年間はあっという間だった。思い返してみても、仕事と風俗にしか行った覚えがない。四季がどのように移ろったか、その歳年にどんな出来事があったか、今は遠い昔を思い出すようだった。まるで、色あせた写真を見るかのように、その当時の記憶がない。あるのは、仕事と風俗の記憶だけだった。

仕事では、少なくとも怒られなくはなったけれども、勤務態度は未だに不真面目だった。そのせいもあって、後輩の方が早く出世をする始末。確実に、会社のお荷物になっている感覚が感じられたが、今更それをどうかしようとする気も無かった。

けれども、ふと周りを見ると、そこには地獄が広がっている。
30代になって、結婚をした奴。家を買った奴。親になった奴。出世をした奴。起業をした奴……。ふと周りを見ると、敵ばかりだった。私のように、「砂を噛むような日々」を誤魔化し続けた人間は、おそらく少なかった。
それを見ると、以前にも増して、自分が可哀そうに思えてしまった。けれども、そんなことを今更思ったって仕方が無い。もう生き方を変えることが出来ないのだ。

そうやって、風俗に通う日々を、いつも通り過ごしていたある日、ふと熱が出てしまった。
「あら、風邪か?」
今まで何年も、風邪なんか引いたことがなかっただけに、珍しいなと自分でも思った。おそらく、仕事か何かで、知らないうちにストレスがかかっていたのかもしれない。その日は会社を休んで、養生することにした。
ところが、10日程経っても、熱は下がらない。インフルエンザかと思ったけれども、今は真夏だ。時期的にあり得ないだろう。

不安になって、インターネットで検索をかけてみた。すると、1つの可能性が浮上した。
「HIV……!」

HIV、すなわち「ヒト免疫不全ウイルス」である。免疫に必要な細胞に感染して、「エイズ」を引き起こすウイルスだ。感染率はごく僅かだというもの、風俗に通っている以上、他人事ではない。

私はすぐに病院へ行き、検査をしてもらった。
「どうでした……?」
検査結果を待っている間は、まるで時空が切り離されたかのように、長い時間だった。採血をされてから、検査が始まるのだが、早ければ1時間程度で検査結果は出る。けれども、その1時間が、2時間にも、10時間にも感じられた。
「お気の毒なんだけれども……」
医師がそう言った瞬間から、私の記憶は分断されてしまったようだった。そこから、何が起こったのか、今でも覚えていない。
ただ、今まで私が過ごしてきた日々が、走馬燈のように駆け巡った。上司に怒られ、部下にさげすまれ、「なんてつまらん人生だ……」なんて言って、福岡を歩いていたあの日々。どうして、もっと前向きに生きることが出来なかったのだろう。どうして、「砂を噛むような日々」を、自分で打開しようとしなかったのだろう。どうして、風俗店という「麻薬」に逃げてしまったのだろう。
様々な後悔が、私の頭の中を高速で駆け巡った。そして、私は気付いたら泣いていた。自分の境遇に泣いたのか。自分の過去に泣いたのか分からない。ただ、「あの時、ああしとけばよかった」という後悔の念が、まるで活火山の噴火のように爆発したのだろう。

今は、自分の人生を、どうすれば豊かに出来るのか、精一杯考えている。けれども、今でもあの日々を後悔している。
あの砂を噛むような日々。そして、その日々から逃げていた5年間。
5年もあれば、色々なことが出来たのではないか。自分の人生を変えることが出来たのではないだろうか。

けれども、そんなことを言っても、後の祭りだ。それは分かっている。
これからの人生を、どう生きていくかの方が大切だということも、分かる。
それでも私は、あの砂を噛む日々と、そこから逃げた5年間を、後悔せずにはいられないのだ。

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2018-04-26 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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