人に怒鳴られて、うれしかったこと
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
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記事:大國義弘 (ライディング・ゼミ平日コース)
私は名医ではないが、どんな医者にも取り柄はあり、病棟勤務当時の私の取り柄は、患者さんを治せない代わりに天国に送るのが下手ではないことだった。
今までに患者さんやご家族に叱られた経験は多々あるが、怒鳴られてうれしかったのは、多分うまく天国に送れたと思う肺癌患者のMさんだけだ。
臨終間際、患者さんが苦しんでいたら、ご家族にだけ説明して、本人には黙って眠り薬を使うという方法は、間違いではないかも知れないが、山﨑章郎先生の「病院で死ぬということ」を読んでからは止めて、患者さんの希望と家族の承諾の元に、最期は眠り薬で眠って頂くのを常としていた。
その方がより人道的と思えたからだ。
Mさんにも、将来、今よりもっと苦しくなったら、治す方法は無いけれども、眠ることによって、楽になる方法はあります、と伝えておいた。
これには次のような説明が必要で、患者さんが極力落ち込まないように言うのは難しい。
「眠ることによって楽になる方法とは、眠り薬の点滴です。点滴を止めたら意識が戻り、また苦しくなるから、一度始めたら止められず、一生、ご家族とは口が利けません。なので悔いのないように、と言っても、無理な話ですが、出来るだけ、思い残すことの少ないよう、今のうちに沢山ご家族とお話し下さい……」
俺はこんな話を聞かされるほど、お迎えが近いのかと思われてしまうことから、いつ、どのようにこの話をするかは注意を要する。
しかし、この”山﨑流”は、人道上、必要と思い、いつでも出来るように、予め、家族の許可を得ていた。
すなわち、今後、病気が進むと苦しくなる可能性があり、本人にその場合は我慢するには及ばず、言ってくれれば、鎮静剤で眠ることが可能であるが、一度始めたら事実上、止められず、一生家族とは口が利けないことを本人に伝えたい、話しておけば本人が無用に苦しまなくて済む、と。
本人ががっかりするから、黙って眠らせてくれればよいというご家族もいたが、本人に思い残すことなく、しゃべってもらうためだから、と言うと大方の家族は納得してくれた。
本人に言うタイミングは、本人から次のような質問が出た時だ。
「このまま病気が進むと、自分はどうなるのか」
「苦しくなったらどうすればいい?」
家族の許可を得てあれば、その場で、本人に楽に往く方法があるということをお伝え出来る。
本人にこの話が出来るもう一つの条件は、本人が天国に往く覚悟ないし予感を持ったと思えた時かも知れない。
そのような予感が無い人、この世でやり残したことがまだある、という人には、楽になるには一生、意識を失ったままでいるしかないという知らせは衝撃以外の何者でもない。
従ってこの話をするは本人が亡くなる覚悟を持っているかどうか見極めることが必要そうだ。
Mさんも、お迎えが近いと悟ったのかどうか、このまま苦しくなったら自分はどうなるのか、と聞いてきたので説明し、理解し納得してくれたように見えた。
内心では衝撃もあったであろうが、同時に、苦しみながら死ななくて済むという安心感を持ってもらえたと思う。
Mさんにはウソになるが、ご家族にも伝えておきます、と話し、ご家族にも、本人に聞かれたので正直にお伝えしたと連絡をした。
そして遂にその日が来た。
先生、もうダメだ、息が苦しい。
偶然か、必然か、ご家族がいる前で話をしてきたので、家族の承諾もその場で得られた。
ご家族も、「本人がこう言ってますので、寝かせてやって下さい」
もうちょっと頑張れるのではありませんか、と喉まで出かかって、止めた。
今までもう十分頑張ってこられたのだ。
本人が言ってきたのは、朝だった。
苦しいからと真夜中に家族を呼び寄せ、夜中に私を起こしては悪いからと苦しくて眠れないにもかかわらず、私を呼ばずに、朝まで家族と会話をしながら私の出勤を待っていたのかも知れない。
私は、分かりました、看護師に薬の準備を頼んできます。少々時間を下さい。私も何年かしたら参りますので、次はあの世でお目にかかりましょう、とお話しして、外来に向かった。
昼を過ぎて、あと数人で外来が終わるかな、という頃、病棟看護師から電話があった。
先生、外来まだ終わらないですか、Mさんがお待ちです。
え、とっくに寝てるんじゃないの?
眠り薬が効かないのか?
何で待っている?
何を待っている?
私の頭の中は?マークだらけだった。
まだMさんに意識があるということが不思議で、そそくさと残りの患者さんの診察を終え、病棟に駆けつけた。
看護師に聞くと、まだ点滴を始めていません、ご家族が待ってくれと言われるもので……。
訳が分からないまま、訪室すると、いきなりMさんに怒鳴られた。
「先生、遅いよ!!!」
済みません。
何で謝らないといけないのかと思いつつ、つい、謝ってしまった。
ご家族が笑顔で解説してくれた。
「看護師さんが楽になる点滴を始めてくれようとしたら、この人が、待ってくれ、もう一度、先生に御礼が言いたいと言うんですよ。なので、こんなに苦しいのに先生の外来が終わるのを待っていました」
え、そんなことの為に、苦しいのも我慢して、点滴開始を引き延ばしたのか。
怒鳴るくらいの元気があるなら、まだ頑張れるんじゃないの。
心の中でそうつぶやいたが、勿論口には出せない。
怒鳴った本人を前に、ご家族が解説を続けてくれた。
「怒って済みません。本人が苦しいから先生を早く呼べって言うんですよ。先生はまだ外来だからといっても聞かなくて、苦しいなら点滴してもらえばいいのに、それはダメだと……」
握手をしてMさんが、感極まった顔で、
「先生、お世話になりましたよお」と言ってくれる顔を見たら、こちらも目から汗が出そうになった。
後にも先にも、点滴開始の指示を看護師に出して、待ったがかかり、再度、”お別れ”をしたのはMさんだけだ。
このような看取り方を教えてくれた山﨑章郎先生には御礼の言葉もない。
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