メディアグランプリ

パリ、そこはスマホ新人研修の場


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記事:布村さわ子(ライティング・ゼミ日曜コース)

 
 
 今年3月中旬、私と娘はオペラ座近くのホテルのフロントにいた。冷たい雨に迎えられ、飛行機が遅れた事もあり、チェックインのために、ホテルに着いたのは、夜遅く、とにかく、早く部屋でゆっくりしたかった。
 
 娘の大学卒業前、最後の親子旅行を思い立ち、フリープランで、ホテル4泊分の宿泊と飛行機のチケット、ホテルと空港間の送迎だけを旅行会社に頼んでいた。フロントは英語対応もOK。代理店から送られて来た書類を見せ、さっとチェックインを済ませ、後は部屋にと思っていたのに、フロント係に言われたのは、「予約はすべてキャンセルされてる」の一言。
 
頭が真っ白になるってこういう事? 何が起こっているか分からないって、こんな感じ? こんなに夜遅く、しかも外は雨。外の気温は0度近い。年頃の娘を連れて、フランス語も話せないのに、ここで泊めてもらえなかったら、どうすればいい? とりあえず、何かの間違いではないかと抗議する。でも、ホテル側に予約のキャンセルの書類を見せられ、「うちに落ち度はない」と繰り返されるだけ。
 
とにかく、何とかしなければ、焦って、スマホを取り出す。フロント係が、旅行会社と話すように言ってくれたから。娘と二人、治安の良くないと言われるパリで、雨の中、野宿するわけには行かない。必死の気持ちで娘を見ると、スマホをいじり、我関せずという感じ。妙に落ち着いた姿に、日本を発つ前に言われた事を思い出した。
 
「パリでは、私は観光担当。お母さんは、語学担当。会話や交渉は任せた」そういえば、
そうだった。部屋の交渉は私の仕事。そして、空港から、ここに来るまでの娘とのやり取りが、一気によみがえる。海外でのデータ通信のためのスマホの設定の仕方。Wi-Fiルーターの使い方。国内と海外でスマホに関して何をどう使い分ければいいかなど、娘の説明は、
簡潔だけど、早くて、聞き返せない雰囲気。自分自身のスマホのやり取りで忙しそうで、こちらは分かったふりをして、うなずくだけ。
 
 まるで、先輩社員か上司が、新人に研修をしている感じ。苛立ち、隠れてため息をつかれている気配を感じていた。私は一生懸命覚えようとするのだけど、メモに取らないと専門用語が多くて、分からない。
 
しかも、語学担当なのに、空港で、すでに一つミスをしていた。係員の英語が聞き取れず、まさか手荷物を受け取りに電車に乗る必要があるなど想像も出来ず、もたついた。娘がつぶやくように言った「使えない」の一言が脳裏によみがえる。
 そんな事ばかり考えている場合ではなく、とにかく、スマホを取り出し、旅行会社に電話をする。つながらない。スマホでの国際電話のかけ方が分からない! 次は、フランス国内の旅行会社の窓口に電話する。日本語が使えるはずの番号だからとほっとしたのも束の間。今、日本語が話せる担当は席をはずしているから、通訳を入れて、トラブルに対処するという。電話越しに始まった3人での会話。責任転嫁の応酬。結局、旅行会社の人とフロント係に直接、フランス語で話をしてもらい、へとへとになりながら何とか部屋は確保できた。
 
 その間、およそ1時間弱。さぞ不安だろうと娘の方を見ると、スマホの画面を見つめて、笑みまでもらしている。さながら、新人研修の上司が、「さあ。このトラブル、新人君はどう切り抜けるかな?」と傍観していた感じ。後で娘に聞いたら、最初にフロント係が、「空き部屋はある。料金は別にいただく事になる」と言ったので、何も心配していなかったとの事。逆に「お母さんのうろたえぶりが面白かった」と言われ、鬼上司のような娘に何も言い返せなかった。
 
 なぜ、そんなにうろたえてしまったのか? 実は、このチェックインの前、パリの空港からホテルまでの車の中、ドライバーから「パリはクレジットカード決済中心。カードを使う時は4桁の暗唱番号を忘れずに」と聞かされていた。ちゃんとカードは持って来た! え、暗唱番号? 思い出せない。だから、支払いは持って来たユーロだけなのだと不安になっていたのだ。
  
 最初にフロント係から、「部屋は空いているけど、自腹になる」と言われた時、部屋代が分からず、カード払いになるとまずいと焦ってしまったのだ。二つ目の課題、トラブル対応は、見事に失敗。冷静で的確な判断出来ていなかった。新人社員が、自分の未熟さを痛感するがごとくうなだれたて、薄暗く狭い部屋へと入っていった。
 
 最後のスマホ研修の課題は、部屋でホテルのWi-Fiをつなぐ事。娘は、スーツケースを開ける前にさっと、つなぎ終えた様子。「さすが、先輩、仕事が早い」と心の中でつぶやき、シャワーを浴びる。出て来た時には、風邪気味だった娘は、疲れて眠っていた。さあ、ここからは、1人でWi-Fiのセッティング。楽勝なはず。とにかく、Wi-Fiにつないで、日本の主人と連絡を取り、クレジットの暗唱番号を聞かなければ。
  
 ところが、ここでもまた大きな壁が……。つながらない。英語での説明を読み、多分、
ここをクリックしたら、いいのだろうと思うのだけど、自信が持てず、怖くて出来ない。
寝息をたてる娘を見て、「こんな事で起こしてはいけない」と、そっとスマホをベッドサイドに置いた。
  
 帰国後、我ながら少し強くなった気がする。今までなら避けていた人間関係、よく分からないし面倒だと見ないふりをしていた仕事、パリのあの夜に比べたら、この位なんて事はない! 怖がらずにやってみよう! そういう気持ちで物事に取り組めるようになった。
 
 非日常の特別な体験は、ハプニングやアクシデントがつきもので、その渦中にいると逃げ出したくなる。でも、何とかそれをこなした時、自分の中に新しい扉が一つ開く。自分の可能性が大きく拡がっていく。ゴールデンウイーク、自分で日常から離れた特別な時間や体験を選べば、それがどんなに大変でも、新しい自分に出会えるかもしれない。

 
 
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2018-04-27 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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